引っ越し当時の東京の住まい。狭くてボロい部屋でも、自分たちの好きなものに囲まれた空間なら楽しく暮らせることを再確認した部屋でした(筆者撮影)

ロスジェネ世代で職歴ほぼなし。29歳で交通事故にあい、晩婚した夫はスキルス性胃がん(ステージ4)で闘病中。でも、私の人生はこんなにも楽しい。なぜなら、小さく暮らすコツを知っているから。

先が見えない時代でも、毎日を機嫌よく、好きなものにだけ囲まれたコンパクトライフを送る筆者の徒然日記。

港区「30平米・築50年」での小さな暮らし

前回から当連載「小さく暮らす」を始めさせていただきました。大木奈ハル子です。京都府出身で、現在は東京都港区在住。年の離れた夫と私、保護猫と預かり犬の、2人と2匹で暮らしています。


「チェーン店最強のモーニングを探して」の大木奈ハル子さんの短期集中連載(予定)です。連載一覧はこちら

港区在住と言うと「さぞ金持ちなんだろう」と思われるかもしれませんが、まったくもってそんなことはなく、古くて狭くてボロいワンルームマンションをDIYで整えながら、財布の紐をむんずと縛り、小さく質素に暮らしています。

また、私自身の人生も、「勝ち組」とは程遠いもの。ロスジェネ世代で、貯金と職歴のろくすっぽない負け組の人生を、結婚でリセットしようと婚活に取り組み、40歳を目前に出会い系サイトで知り合った現在の夫と結婚。

しかし、実は夫も貯金ゼロで借金は1000万円以上。給料は人並みだけど金遣いはセレブで「通帳残金3万円だけどメルセデス・ベンツのオープンカーに乗っちゃうぜ!」という、バブルの残り香漂う、宵越しの金は持たないタイプの無計画男だった……ことを、前回の記事ではお伝えしました。

1人ずつだと人生詰んでた私たちですが、手を取り合って人生の再建をはじめます。

【画像】「30平米・築50年」でも、センス次第で素敵になる…中年夫婦の部屋を見る(12枚)


だんだん荷物を減らし、引っ越しして2年後にはダイニングテーブルも断捨離しました。ものを減らすと、身も心も軽くなるんです(筆者撮影)

もともと、大阪に住んでいた私たち夫婦。夫が所有するマンションは85平米の4LDKで、夫婦で住むには広すぎる……と思いきや、ものが多すぎて、「広いのに窮屈」という状態でした。

そこで、まずはこの85平米のマンションと、高級車を売却してローンの残債をリセット。その残金と私のなけなしの貯金プラス、夫の親からの借金で50平米で2DKの事故物件を購入し、新生活をスタートさせました。

最初は50平米の家にあふれていた夫の荷物ですが、家のサイズに合わせていらないものを手放しながら貯金に励み、「部屋が広ければいいってものじゃない」「むしろ、小さい暮らし、なかなかいいぞ」と気づいたのです。

そんな矢先、夫にまさかの(東京への)出向辞令が…


お風呂場は昭和レトロなバランス釜。引っ越し直後は、排水口のトラップが壊れていて悪臭がすごかったため、テープで封印していました(筆者撮影)

1年ほど経ち、家は整いはじめ、親への借金も完済。ようやく通帳が100万円を超え、生活が落ち着き始めました。

「しめしめ、このまま定年までいけば、老後資金もどうにかなりそうやで……」

そんなことを思っていた矢先、アクシデントが発生します。なんと夫に、東京へ2年間の出向命令が出たのです。

2年で戻ってくる予定だったので、当初は別々に暮らすことも考えたのですが、生活費が二重にかかるのは避けたい……そんな流れで、私も同行することになりました。

そうして選んだのが、築50年オーバーの、約30平米で2Kの狭小マンションでした。家賃は8万円です。

初めて見た日のことは、今でも鮮明に思い出します。そのマンションは高層ビル群の中で取り残されたようにひっそりと存在していました。古さはもちろん、壁にはヒビ、階段のタイルは剥がれ、管理も行き届いているとは言いがたい、まごうことなきボロ物件でした。


住民も日本人より外国人のほうが多い、あやしげなマンションでした。ただ、ワラのような畳のおかげで、家賃は破格。設備もガタガタだったおかげで、DIYもOKだったので、逆にラッキーでした(筆者撮影)

ただ、いざ引っ越ししてみると、立地の良さに驚きました。それもそのはず、山手線の駅から徒歩数分という絶好の立地だったのです。

ここまで聞いて「でも、いくらオンボロでも8万円は安すぎない?」と思う人もいるでしょう。東京暮らしに慣れた今なら、私もそう思います。港区にたった8万円でペット可の賃貸物件が見つかっただけでも奇跡だと。

実のところ、建て替え予定のあるマンションのため、室内補修ゼロの期間限定貸し……というのが安さの理由でした。

85平米より50平米、50平米より30平米のほうが快適に暮らせた

このような経緯で、85平米、50平米、30平米と、引っ越すたびにどんどん狭い家に移ることになった私たち夫婦。東京への引っ越しの前は、「50平米は2人暮らしにちょうどよかったけど、30平米だとさすがに狭いかも……」と不安な気持ちでいっぱいでした。

「なんて狭くてボロい家なんだろう。出向期間の2年間をどうにかしのいで、さっさと大阪に帰ろう……」

そんな消極的な気持ちで暮らしていたものの、ある日、ふと気づきました。「この部屋が住みにくい原因は、部屋そのものではなく、ものの多さにあるのでは……?」ということに。

そうです、夫と暮らし始めた、80平米のマンションで感じていたのと同じストレスをふたたび感じていたのです。


2畳分の大きめサイズの押し入れには、大阪から持ってきた荷物でギチギチでした(筆者撮影)

もともと、2年間という期間限定の引っ越しを予定していたので、荷物をとりあえず全部持ち込んだのですが、50平米に応じた荷物の量だったんですね。どうにか収まったものの、圧迫感がありました。自分の家なのに、どこか落ち着かない理由はそこにあったのです。

当時の私は無職で暇だったこともあり、断捨離を始めることに。「コレを捨てて、空いたスペースにアレを片付けてみたら、もうちょい部屋が広くなるな」と、テトリス方式で空間を広げていくうちに、工夫することがだんだん楽しくなってきました。

断捨離で「好きなもの」に囲まれる部屋に

「なくても困らないもの」や「あまり気に入ってないもの」を、あらかた処分したあたりから、目に入るものはだいたい好きなものばかりに。こうなってくると、不思議と「嫌いだったはずの家」にどんどん愛着がわいていきました。

ある程度の空間が確保できてからは「あの絵をここに飾ってみよう」とか「缶を並べるための棚を作ってみよう」とか、さらに部屋作りの面白さが加速していったのです。

そして、部屋に愛着が生まれる頃には、「狭い部屋だからこその住みやすさ」を感じられるようになりました。狭さというデメリット以上に、ストレスが少ない環境というメリットが勝り、予想をはるかに上回る居心地のいい空間になりました。


撮影から5年。写真に映り込んでいるもののほとんどを、すでに手放しています(筆者撮影)

所有量が家のサイズに見合ったバランスになると、圧迫感や狭さを感じなくなります。冷蔵庫をファミリーサイズから1人暮らしサイズにしたり、洗濯機を5.5キロから3.3キロサイズにするなど、徐々に白モノ家電も小さいサイズに買い替えていくと、さらに開放感が増し「十分な広さがある」と感じるようになりました。


日当たりと風通しは良好で、立地は最高。小さく整ったお気に入りの家でした(筆者撮影)

どこに何があるか、自分が何を持っているかが明確になるので、管理の手間が減り、1つひとつのものに愛着も湧きます。そうなるとますます小さく暮らすことが楽しくなり、少ないもので暮らすために工夫で補うという、いい循環が生まれます。


最終的には押し入れは仕事用デスクにリノベ。荷物は半分以下まで減りました(筆者撮影)


こちらはリフォーム前の写真。高さが80cmしかない古い公団型キッチンは、写真で見るより実物はボロボロでした(筆者撮影)


こちらがリフォーム後の様子。家主の許可を得て、流し台は粗大ゴミに出し、業務用シンクとメタルラックでキッチンをDIY。高さは90cmに変更して使いやすさもUPしました(筆者撮影)

ものを減らしたら、生活のノイズや掃除の手間も減る

家にあるものは、「生活に絶対必要なもの」か、「ほかのものを処分しても残したかったお気に入り」だけなので、生活のノイズが減り、日常の質が上がりました。

物理的にもものが少なくなれば、散らかりにくく、片付けやすくなります。部屋が狭ければ、1回5分もあれば掃除機もかけ終わります。ロボット掃除機を買わなくてもOK。整理整頓や掃除の手間が激減します。


わが家の食器。色や柄、テイストなどでそろえることはせず、お気に入りだけを所有しています(筆者撮影)

その時間で何をするかというと、ゴロゴロ寝転んでスマホでマンガを読むなど、大して建設的なことはしていないのですが、こういう無駄な時間ほどプライスレス。勉強とか副業とか、やりたいことがあって時間を捻出するとかじゃなくても、やりたくないことをしないというのは、最高なのです。

水道光熱費も家が狭くなればなるほど、どんどん安くなりました。2023年7月の水道代は2439円(7・8月分で4879円)、電気代は5404円、ガス代は1871円で、合計9714円と、1万円を割っています。

ペットがいるので夏や冬は24時間エアコンを稼働しているのですが、12畳ほどしかないうなぎの寝床スタイルの室内は、熱効率がよく、安い電気代にもかかわらず、室温はつねに快適。浴槽も小さいので、毎日湯船に使っても水道代もガス代も激安です。

見栄を捨てた中高年夫婦はもやは最強である

前回の記事で、私がかつて、大量のCDを保有していたこと、そしてその存在意義が、誰かが家に来たときに「音楽詳しいんだね」と言ってもらうためだけにあったことに、手放して気づいたことを書きました。CDを手放したことで、「他者からどう見られるか?」という、自分が持っていた見栄も捨てることにつながったのです(夫も同じように大量の服を手放しました)。

さて、そんなふうに見栄から解放されたわが家ですが、引っ越した場所が「国家戦略特区」だったことを後で知ることになりました。「国家戦略特区」というのは「国や地方公共団体と民間の企業が1つとなって、あるプロジェクトに取り組んでいる街」という感じなのですが、そのため街そのものが新しく、わが家のまわりは高層ビルばかり。犬の散歩で仲良くなった人たちは、ほぼ全員がタワマン在住で、まあまあの確率で社長か社長夫人という状況が発生しました。

某テレビドラマのように、タワマン内でヒエラルキーがあるなら、壁にヒビが入った廃墟のようなマンションに住む私たちは、蔑まれていたでしょう。私も、一度は手放した「しがらみ」や「虚栄心」をふたたび手にしていた可能性もあります。

しかし、幸いなことに、そういった諍いはわが家の住むエリアにはなく、職業や年収で人を推し量るような人はいませんでした。

不定期に催されるホームパーティーには参加したいときだけするし、レストランや料亭で催される食事会は予算オーバーなので断る。見栄を張ることなく、付き合える範囲でお付き合いしています。

ヘンにこちらの懐事情をおもんぱかることもなく、深追いすることもなく、フラットに付き合ってくれるのは、東京的なのではないかなと思います。そして、その距離感が絶妙で、居心地は上々です。

さらにひとまわり小さい部屋に引っ越し、6年目

2年で大阪に戻るはずでしたが、そのまま東京に居座り続けています。夫は東京の会社に転職し、そのタイミングで同じマンション内でさらにひとまわり小さい部屋(こちらが現在も住む部屋になります)に引っ越しをして、小さな暮らしは6年目を迎えます。

わが家は狭く決して裕福ではありませんが、自分たちの暮らしを気に入っているし、好きなものに囲まれた小さな暮らしを誇らしく思っているので、周囲と比べることもなく、卑屈になることもなく、毎日のように「今日が人生で一番楽しかった」と思える日々を過ごしています。


2020年からは、日本聴導犬協会の預かりボランティアを始めました。初めてお預かりした、ビーグルの元聴導犬かるちゃんは、我が家の猫とも仲良しです(筆者撮影)

もちろん結婚するまでの暮らしが、あまり恵まれた環境ではなかったというのもあるとは思いますが、そういった人生だったからこそ、「小さく暮らすことの尊さ」を知ることができたのも間違いありません。

【画像】「30平米・築50年」でも、センス次第で素敵になる…中年夫婦の部屋を見る(12枚)

「広い家でぜいたくな暮らしをするのが幸せ」という人を否定するつもりはありません。でも、「狭い家での、身の丈にあった暮らしのなかの幸せ」もあるなぁと思う今日この頃なのです。

【編集部より】
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(大木奈 ハル子 : ブロガー・ライター)