8月15日にエビデントの社長に就任した吉本浩之氏。日本の製造業での経営者経験が豊富だ(撮影 : 梅谷秀司)

「日本初の優れた技術を持つ会社を真のグローバル企業として成長させる。そんな仕事をまたやりたいと思っていたところ、ベインからいい話をいただいた」

そう話すのは、モーター世界大手の日本電産(現・ニデック)で社長を務めた経験を持つ吉本浩之氏だ。2023年8月に「エビデント」の代表取締役社長兼COO(最高執行責任者)に就任した。

エビデントは、内視鏡最大手のオリンパスが顕微鏡や工業用内視鏡を手がけていた科学事業を分社化することで、2021年11月に設立された新しい会社だ。アメリカの投資ファンドであるベインキャピタルに2023年4月、約4300億円で売却された。

日本電産の初の社長交代で抜擢

吉本氏は日産自動車などを経て、2015年に日本電産に入社。子会社社長や日本電産副社長として事業再生などの経験を積む。日本電産社長となったのは2018年6月。永守重信氏(現会長)が、創業来初の社長交代で後任に抜擢したのが吉本氏だった。

社長在任期間は約2年。関潤氏の社長就任に伴い副社長となり、2021年5月末に日本電産を退職した。その後、クレジットカード会社のアメリカン・エキスプレス・インターナショナル日本法人の社長に。エビデント社長となる直前まで務めていた。

金融から一転、再び製造業に舞い戻った吉本氏。新たに率いることになったエビデントとは、どのような事業を展開しているのか。

先述したようにエビデントは、もともとオリンパスの科学事業だった。高性能な顕微鏡の国産化を目指して1919年に設立したオリンパス(創業当時は高千穂製作所)の祖業でもある。

その長い歴史を引き継いだエビデントは現在、世界トップ級の顕微鏡シェアを誇る。とくに、採取した組織や細胞などから作った標本を基に病気の診断をする病理検査向けの顕微鏡に強みがある。

顕微鏡をシンプルに説明すると、「対象物を拡大して観察するための道具」となる。だが、その手法は日々進歩しており、さまざまな製品がある。

上からのぞくタイプの一般的な顕微鏡だけでなく、下からも観察できるものや、自動的に明るさやピント合わせをして画像の保存までできるものもある。

市場は限定的でも不可欠な顕微鏡

蛍光色素などを使って細胞内の特定の部位や物質を可視化して観察する蛍光顕微鏡のような、新たな製品の開発も進む。

医療・生物学分野の進歩には顕微鏡の進歩が不可欠であるため、「よりよくものを見たい」という需要はなくならない。エビデントの売れ筋も1台300万〜400万円ほどする研究向けの高価なものだ。

「市場は限られるが、顕微鏡の進歩なくしては科学技術の進歩はない」

エビデント会長の齋藤吉毅氏は、その重要性を強調する。オリンパス時代の科学事業部長で、エビデントとして分社化した後の1年間は社長兼CEOを務めた「その道のプロ」だ。現在、日本顕微鏡工業会の会長職にも就いている。


エビデントが強みを持つ顕微鏡は、理科室などにある筒状のものとは大きく形状が異なる(撮影:梅谷秀司)

エビデントのもう一つの代表製品は工業用内視鏡だ。奥行きのあるものを分解せず内部を点検するための装置で、航空機エンジンや建物の配管内部の点検で主に使用される。

ピラミッドや古墳の内部調査や、災害時にがれきの中に人が取り残されていないかを点検することなどにも使われているという。市場は幅広い。

エビデントはオリンパスの科学事業時代から、1000億円強の売り上げを安定して上げている。営業利益率も5〜10%の間で推移。振れ幅はあるものの収益性は徐々に高まっている。

オリンパスは現在、内視鏡などの医療分野に注力している。その過程で分社化しファンドに売却したのは、科学事業だけではない。カメラや録音機を手がけていた映像事業も同様だ。

科学事業と違って赤字が常態化していた映像事業は、2020年に分社化されOMデジタルソリューションズとなった。その後、投資ファンドの日本産業パートナーズ(JIP)に譲渡された。

元ソニーのパソコン事業であるVAIOの再生などで実績があるJIPの指導のもと、収益性の向上に取り組んでいる。オリンパス時代に映像事業部長だった杉本繁実氏が、分社後から現在まで社長として同社を率いている。

科学事業部長だった齋藤氏が会長、ベインのエリック・アンダーソン氏が社長兼CEO、その後吉本氏が社長兼COOとなったエビデントとは、分社後の道がずいぶん異なる。


意識するのは「アジリティ」

エビデント社長として自身に課せられた役割を、吉本氏は次のように自己分析する。

「過去に経営を経験した企業でも、日本発の技術を活かした製品を海外展開してきた。海外展開に必要なチームマネジメントを期待されているのでは」

エビデントに限らず多くの日本企業では、海外の市場深耕が課題だ。エビデントの海外売り上げ比率は8割超。今後も成長を続けるためには、世界の最先端の研究ニーズ、検査ニーズに沿った製品を、需要を先回りする早さで出し続けなければならない。

顕微鏡を売るだけでなく、観察や診断の効率化・高精度化に資するソフトウェアの開発にも今後注力する。技術進化の速いソフトウェア分野では、サービスを提供し、顧客にとって満足のいく形でアップデートしていくためには、これまで以上にスピード感のある組織であることが求められる。

スピード感を武器に市場を席巻してきた日本電産で学んだことは、組織の風土作りの重要性だ。日本電産では、普通の会社なら1年かけて進むことが1カ月で動くという。

「必要な早さは自分たちが決めるのではなく、顧客や競合他社の動向で決まる。『早く動くことでいいことあったよね』という成功体験を積み上げることで、どんなスピードにもついていける、アジリティ(敏捷性)のある組織にしていく」

従業員はグローバルで約4300人。事業で100年以上にわたる歴史を持ちながら、設立は2年前という若い企業。オリンパスからの独立により投資判断など素早い意志決定が可能となり、身軽になった。新社長としての吉本氏の経営手腕から目が離せない。

(吉野 月華 : 東洋経済 記者)