スタートアップへの転職について、家族から理解を得るためにはどうしたら良いのでしょうか?(写真:metamorworks / PIXTA)

スタートアップへのキャリアチェンジを考えたとき、スタートアップに良いイメージを持たない人から理解を得られないケースがあります。
特に家族から反対にあったとき、どのようにすれば賛同してもらえるでしょうか。
成長産業支援事業を推進するフォースタートアップス代表・志水雄一郎氏の著書『スタートアップで働く』から一部を抜粋・編集し、スタートアップ転職における家族の説得について具体的に考えてみます。

“家庭版”損益計算書と貸借対照表を作成

あなたが自身のキャリアを自分だけで決められるのであれば、すぐにでもスタートアップへの転職に向けて行動を始めていくことをすすめたい。

一方で、すでに所帯を持っているなど、転職に対して超えなくてはならない理由がある場合の、僕なりの考え方を伝えよう。

代表的なところでは、「スタートアップ転職を決意した後の、家族の説得方法」である。特に、安定を感じやすい大企業からスタートアップへ転職する場合に、家族からの反対を受けるケースはよくある。

僕がすすめているのは、3年から5年の家庭P/L(損益計算書)と家庭B/S(貸借対照表)を作成してみることだ。できれば家庭キャッシュフロー計算書もあったほうがいい。作成した家庭P/L・B/S・キャッシュフローを用いて「転職の経済合理性」を説明していく。

転職を考える場合、どうしても直近1年の年収の振れ幅を考えてしまいがちだ。そのため、「今より給料が下がるのはダメ」という理由で家族から反対されることも多い。

確かに、大企業からの転身であれば、年収は下がってしまうケースのほうがまだ多いだろう。ただ、近年はスタートアップの給料水準は急上昇しているため、大企業より水準が高くなることもある。

トップのスタートアップ群は、一般的な中小企業とはまったく異なるため、給与水準もアップしている。いずれにしても、現職であなたの実力が発揮され、評価された年収が妥当なものであれば、同様の条件の提示を受けることも珍しくなくなってきた。

要は、実力に見合えば、それなりの給与水準を出してくるはずだ。

だが、まだまだ「知らない悪」がはびこる日本では、家族や友人などのスタートアップに対しての理解がない場合は、危ういイメージを持たれてしまうこともあるだろう。

そこで、作成した家庭P/L・B/S・キャッシュフローで「転職の経済合理性」を説明しながら、時間軸を直近1年間ではなく、5年ほどの期間に延ばして説得をしていこう。

スタートアップに転職する場合、一生涯を同じ企業で過ごすことは少ないはずだ。上場しているテック企業の平均勤続年数が4年強のため、一度は5年で期間を区切る。企業にもプロダクトやビジネスのライフサイクルがあるため、その5年間をベストなサイクルに当てていく。

家族の説得も「交渉」だ

たとえば、以下のように問いかけてみよう。

「現職だと給与報酬が700万円×5年で3500万円。スタートアップに行くと600万円×5年で3000万円。でも入社から5年後に上場したら、スタートアップならキャピタルゲインが5000万円近く入る可能性がある。どちらのほうがいいだろう?」

会社の事業計画と同じように、楽観シナリオ、標準シナリオ、悲観シナリオを作り、5年後のみずからのポジションや企業価値に応じて、どう家庭P/LやB/S・キャッシュフローが変わるかを家族に示すのも一案だ。

不安を抱える家族を本気で説得したいのであれば、これくらいの努力は必要になるだろう。そうすれば、当初は反対していた家族をうまく説得でき、応援さえ得られるかもしれない。

パートナーにあなたがまず伝えるべきことは「自分は今後、もっとやりがいに燃えていきたいから、もし良いオファーがもらえたら、一緒に判断してほしい」と最初に共有しておくことだ。

転職活動の結果も共有することで、パートナーにも転職活動を間接的に体験してもらい、ともに進めるように動いていく。家族にとっても大事な選択だから、常に共有しながら動くことだ。

家族の説得も、つまるところは「交渉」であり、あなたにとっては大切な仕事に他ならない。お客様や社内の同僚をはじめ、自分が関わる環境の人たちをステークホルダー(利害関係者)だと捉え、その人たちへ自分の生き方を説明するのも仕事のうちといえる。

さらに「スタートアップ転職によるキャリア価値の向上」もしっかり家族に説明すべき点である。

大企業一社に勤め続けた場合と、大企業からスタートアップに転職して活躍した場合では、どちらのほうがキャリアとしての価値が高まるのか。言わずもがな、日本のみならず世界基準で見ても後者である。

また、大企業から「成長力の高いスタートアップ」に転職した場合と、「成長力の低いスタートアップ」に転職した場合では、どちらのほうがキャリア価値が高まるのか。これも、言わずもがな、前者である。

つまり、スタートアップ転職でみずからの価値を上げるためには、成長力の高い、勝てるスタートアップに進まなければいけないのだ。

パートナーと一緒に挑戦するのも手

あるいは、夫婦共働きの場合は、揃ってスタートアップに転身することも考えていいだろう。実際、僕のもとにも夫婦で転職相談に訪ねてくることがある。

そんなとき、僕が必ずお伝えするのは「ポートフォリオのバランスをどのようにとりますか? どちらも勝負するのか、それとも片方は守りにしますか?」ということだ。

それぞれの人生を鑑みて、夫婦二人とも優秀であれば「攻めのスタートアップへ進んだらいい」と提案するかもしれないが、本人の性格や長期的な目線に立つと、そういった選択に及び腰になる気持ちもわかる。

そこで、投資のポートフォリオと同様に捉えて、リスクとリターンの観点からキャリアを組んでみるのだ。

たとえば、二人揃ってスタートアップに転身するとしても、片方がキャピタルゲインも望めるアーリーステージで勝負をして、片方は成長性や経験を考慮してレイターステージの企業を選ぶ、といった検討ができる。

とはいえ、大企業からの転職で、現在はスタートアップ経験者のほうがキャリアの選択肢も広いことを思えば、転身にかかるリスクはほとんどないといっていい。

あなた自身、そして家族にとっても、そもそもは日々良い顔をして仕事をして、良いモードで生きられることが大切だ。

子どもがいるのであれば、スタートアップに挑戦する親の姿を通して、挑戦することへの意義を示し、社会に「知らない悪」が広まっていること、そして未来をみずから切り開くことの大切さも含めて伝えられたのなら、とても素晴らしいことだと思う。

それも親の役回りであり、手渡せることの一つではないかと、僕は考える。また、今は家族がいない人でも、転職前に3〜5カ年計画を見てみることはすすめたい。

「30歳からの5年間はこのスタートアップ、その後の5年間はCxO(Chief x Officer)になっていたらそこで働き続けて、そうでなければ別のスタートアップに行くか大企業に戻る」というように5年タームで考えてみると、転職にも臨みやすくなる。

終身雇用の大企業の延長で「一生、転職先のスタートアップで働く」と思うから、転職を大げさに考えて怖くなってしまうのだ。これからの人生で「知らない悪」を乗り越えたあなたは、転職を複数回していくことは当たり前の選択となるだろう。

改めて、にはなるが、家庭P/L・B/S・キャッシュフローの作成は、あくまでスタートアップ転職に対しての一側面でしかない。

それらをはっきりさせることで、シミュレーションを行って、今後起きうるパターンを確認することは有効だと思うが、それだけが可能性のすべてでもない。ただ、これらの取り組みは、不確実な未来の可視化につながるはずだ。

住宅ローンをどうするか

もう一つ、転職の際にネックになるものといえば、住宅ローンである。

まず住宅がどうしても欲しい人は、大企業を退職する前に住宅ローンを組むべきだ。いまだ残念なことに、スタートアップに転職するとローンを借りられなかったり、条件が悪くなったりする恐れがある。

ただ、2023年5月末に、きらぼし銀行と株式会社MFSが連携し、スタートアップの役員・社員向けの住宅ローン商品の提供をスタートさせた。

現在の収益よりも成長性が考慮されるため、赤字企業であることの多いスタートアップであっても審査対象になるだけでなく、転職して1年未満であっても審査可能だという。こういった新サービスの利用も検討してみる価値はあるだろう。

すでにローンを組んでいる人は、改めて「それほどマイホームが大事か」とみずからに問うてみてもいい。販売価格が落ちていなければ、ローン返済中のマイホームを売ってしまって、一度は身軽になるとネクストステップに進みやすくなる。

なぜなら、キャピタルゲインが望めるスタートアップで成功を収めれば、長期ローンではなくキャッシュでマイホームを買える可能性だってあるからだ。

大企業のような給与形態の場合は、遺産相続や親の援助でもない限り、長期間ローンで住宅を買うケースが大半だろう。

すでにローンを組んでいる人は、改めて「それほどマイホームが大事か」とみずからに問うてみてもいい。販売価格が落ちていなければ、ローン返済中のマイホームを売ってしまって、一度は身軽になるとネクストステップに進みやすくなる。

なぜなら、キャピタルゲインが望めるスタートアップで成功を収めれば、長期ローンではなくキャッシュでマイホームを買える可能性だってあるからだ。ローンという見通しの悪い大きな借金を背負うよりも、そのほうが気も楽というものだ。

そのためにも、ストックオプションが入社後の貢献に応じて、フェアに配分される企業を選びたいところである。

スタートアップに触れる環境へ飛び込もう

もう一つ、転職を考える際にすすめたいことがある。

転職支援で関わる際に、「スタートアップに転職したい」と言いながらも、その実態や実情を知らないままという人が意外にも多い。まずは、スタートアップに触れる機会を持ってもらいたい。

僕がすすめるのは、スタートアップ向けのコミュニティに参加したり、カンファレンスでサポーターとして携わってみたりすることだ。

そこでは起業家や投資家がプレゼンをしており、それをまた他のプレイヤーが聞きに来る。会場には、起業家、投資家、企業のCxOクラスの人やメンバーがたくさんいる。

彼らがどういった表情で声を発し、話を聞き、どのように仕事に対して向き合っているのか。今までに聞いたことがないような話が聞けたり、ものすごい熱量を感じられたりするといった体験もできるだろう。

業界にはどういったプレイヤーがいて、どんな課題が今あって、どんなことを目指していて、世界との差は何なのか。

そういったことが当たり前のように語られている場で、今まで知らなかった自分がそれらの情報に触れたときに、どう思うのかを体感してほしい。

そこで怖気づくことはまったくない。会場の誰もが、あなたと同じく、一人の人間であることには変わりないのだ。

そうして会場で見た景色や人たちを前に、「自分にもできるのではないか。後天的に努力し、挑戦した結果がスタートアップなのであれば、自分も目指したい」と思えれば、まずは第一関門はクリアといえる。

カンファレンスの参加者ではなくサポーターとして関わることをすすめるのは、一般的には経営者・投資家向けに想定されている会も多く、一般社員では参加することができないものもあるからだ。

「自分の価値観を揺さぶる人」と出会える機会を持つことは、とても重要なことだ。

心から「すごい」と思える人は、必ずしも今、成功を収めている起業家ばかりではない。今はまだ時価総額が小さくとも、社会に価値のあることをやり続けている起業家など、その挑戦の姿に影響を受けることは少なくない。

僕自身も挑戦して大変さがわかるからこそ、一人の経営者として社員を率いることの難しさ、そしてそれだけの現実を引き受ける強さを知ることもできる。

「同じ人間なのに、何が差を生んだのか」


また、僕はそういう人に会えば会うほど「まったく違う人間がやっているわけではなく、目の前にいるのも同じ人間だ。自分と同じ人間なのに、何が差を生んだのか」と考え始める。

これも大事な思考サイクルの出発点となる。同じような年齢や背格好、あるいは境遇にあったにもかかわらず、どういった差が、なぜ生まれたのかを見つめざるを得なくなる。

もし、つてをたどって、スタートアップ業界の人とつながることができるのであれば、それもいい。ただなかなか環境として難しいだろう。

それゆえに、みずから参加できるカンファレンスのサポーターなどを通じて、スタートアップのエコシステムをつくろうとするビルダーのような役割の人たちと会話をしていったほうが、より良い選択になる可能性があるはずだ。

(志水 雄一郎 : フォースタートアップス 代表取締役社長)