レクリエーションのためのスポーツは日本にもあるが、ドイツはスポーツの社会的機能を意識し、幸福の「手段」と位置付けた政策や組織化が行われている(写真:筆者撮影)

「スポーツ」というと、世界中で多くの人が「だいたい同じようなイメージ」を持っているのではないだろうか。1人で黙々とジョギングする姿、ボールを追いかけるサッカーなど。オリンピックや各スポーツの世界大会などが、同じようなビジュアルイメージを作る役割を果たしているのだろう。ところが、日常的なスポーツの姿というのは、国や地域によってずいぶん異なる。こと、ドイツの場合は、「人々を幸福にする要素」が大きい。

「ハッピー効果」をもたらすスポーツクラブ

「みんなで体を動かすだろ。まずそれで、仕事のストレスとか色んなものがリセットされて、体も頭もリフレッシュするが、それだけじゃない。仲間たちとおしゃべりをする時間がある」

そう語るのは、50代前半の男性、ホルスト・ヘリングクレーさん。同氏はエンジニアで、普段から出張も多い。しかし週に1度、合気道を行っている。「スポーツをしていてハッピーだと思うことは?」との問いに、すぐに返ってきた答えだった。

日本でも普段から、健康、リフレッシュ、楽しみとしてスポーツをしている人も少なくないだろう。古くからは草野球などがあり、比較的新しいものだとフットサルなどもそうだ。スケートボードなどはストリートカルチャーとしての側面も大きいが、おしゃれに、カッコよく、そしてうまく滑れると称え合うような雰囲気がある。スポーツには「ハッピー効果」とでもいうものが確かにある。

ドイツはその「ハッピー効果」を日本より意識したような政策や制度が充実しているのが目に付く。

その代表格が非営利法人の形で運営されているスポーツクラブだ。日本では馴染みが薄いが、スポーツの同好会やサークルが近い存在だろう。冒頭のヘリングクレーさんもスポーツクラブのメンバーとして合気道を行っており、楽しむ様子はまさに同好会に見られるものだ。「スポーツクラブはただ運動をするだけじゃない」と同氏は強調する。また1つのクラブでサッカーや水泳、テニスなど複数の競技を扱っているところも多い。


スポーツは心身の健康のみならず、社会の「繋がりのホットスポット」になる(写真:筆者撮影)

地域の一部となっているスポーツクラブ

日本でも大学や会社などにスポーツの同好会・サークルはあるが、ドイツのスポーツクラブは市民一般の組織で、その数も多い。ドイツ全国で約9万あり、自治体ベースで見ると、もう少しリアリティが出てくる。

例えばハンブルク(人口185万人)には800以上。もっと小さな町、例えば人口10万人クラスで100程度、2万人クラスでも40程度あるケースが見られる。筆者の知る範囲で言えば人口2000人といった「村」でもクラブがある。

「数」から言ってスポーツクラブは、ドイツの「ハッピー効果」のための生活の一部といっても過言ではない。実際、老若男女がメンバーになっている。

筆者の自宅近所にスポーツクラブの施設があるが、平日の午後は小学生ぐらいから10代の若者たちの姿が目立つ。これには理由があって、ドイツの学校には日本のような部活がなく、さらに日本の学校よりも早く終わる。そのため任意でスポーツをする場合、クラブに入るケースが多いからだ。学校や学年が異なることも多いので、人間関係のバリエーションも増える。

実際に試合に出場する人たちも多いが、日本の部活とは大きく異なる点がある。例えばサッカーを見ると、通常、実力にあったところに入るので、「万年補欠」「万年球拾い」といったことはなく、仲間と共に試合に出て「自分の実力を試す」楽しさがある。人間関係を見ても「スポーツを共にする仲間」という平等の考え方がそもそも強い。「自由意思」「平等」といった感覚が染み付いている。

つまりスポーツクラブでの活動はあくまでも、学校とは別で、自分の余暇(自由時間)を自由意思で充実させるためという位置付けにある。だからもし人間関係などで、解決が難しい問題があった時でもいつでも「やめる自由」もある。他のクラブや競技に変えてももちろんいい。

日本の典型的な部活は、上下関係が強調され、時には勉学さえも後回しにして、全人生をかけて「勝つこと」に価値を置く「体育会系」が優勢だ。対してドイツのスポーツ文化は「非体育会系」で、楽しむことが大前提となっている。

割安な会費を支えている存在

スポーツクラブの会費は割安だ。2020年の調査によると毎月の会費の平均は子どもが3ユーロ、青少年が4ユーロ、大人が8ユーロだという。ドイツの生活感覚でいえば、300円、400円、800円。もちろんクラブや競技によって違いはあるが、総じて安い。

その理由は明らかで、運営はボランティアで行われているのがほとんどだからだ。また、トレーナーに報酬が支払われることも多いが、食べていけるだけの額ではなく、「有償ボランティア」というレベル。またトレーナーもクラブのメンバーということが多い。そうでなければ安い会費では成り立たない。

就学中の子どもや若者のトレーナーを引き受けている人の中には、使命感のようなものを持っている人がいる。社会からチームスピリットが失われつつあることへの危機感や、子どもたちが安心して成長できる場を提供したいというものである。こうした活動は時に負担になることもあるが、あくまでも自主的なものであり、実践できることに充実感を覚えている人も多いようだ。

試合の時には、競技によっては会場の設営作業もある。試合会場でコーヒーやケーキを販売することもある。これはメンバーのみならず、その家族も気軽に手伝う。ボランティアには「志願」という意味合いがあるが、そこには人間関係などに気を遣って「やっぱり手伝っておいた方がいいかしら?」という空気を読むようなものは基本的にない。本当に「自由意思」の活動という意味合いが大きい。

なぜボランティア?それは楽しいから

ところで、ボランティア一般に関するある調査を見ると、その動機はさまざまなものがあるが、トップに上がるのは「楽しいから」という実にわかりやすい結果が出ている。スポーツクラブは「楽しい自主的な活動=ボランティア」を気軽にできる側面があり、多くの人を惹きつけているのだ。

ドイツの自治体や国全体から見ると、スポーツクラブはもはやなくてはならないものになっている。なぜなら人々の健康や運動機会のみならず、社会的な課題に対する貢献度も高いからだ。試合を通した競争そのものを目的にしたり、市場経済的な商機として考える以上に、スポーツが人々の幸福のための手段として捉えられているのがわかる。

コロナ禍の時、日本では試合再開を優先する傾向が強かったと聞くが、ドイツはクラブの普段のトレーニング再開が優先された。2021年にはドイツのユネスコ委員会はそんな「スポーツクラブ文化」を無形文化遺産に登録している。

(高松 平藏 : ドイツ在住ジャーナリスト)