台湾初の国産潜水艦「海鯤」(ハイクン)の進水式(写真・2023 Bloomberg Finance LP)

台湾初の国産潜水艦の命名・進水式が2023年9月28日、同国最大の造船会社・台湾国際造船の高雄造船所で開かれた。艤装(ぎそう)や2024年4月に実施予定の最初の海上試験などを経て、2025年に就役する予定だ。

台湾は1960年代からアメリカをはじめとする海外の潜水艦取得を目指した。しかし、中国の反発や国交断絶による外交的孤立などが響き、なかなか思い通りには事が進まなかった。

このため、2014年に馬英九前総統が自前潜水艦の建造計画を表明。今回の進水は待ちに待った悲願の一歩となった。台湾初の国産潜水艦の主要任務は、現実味を増す台湾有事の際、中国海軍艦隊による太平洋進入を阻止したり、台湾周辺海域の包囲封鎖を阻止・突破したりすることにある。

台湾国防史上、重要な意味

台湾初の自主建造潜水艦計画は、馬英九前政権時代から2016年発足の蔡英文政権に引き継がれて着実に進められてきた。台湾の国防史上、極めて重要な意味を持つ一里塚のイベントとなるため、蔡総統自らが9月28日の進水式に参加し、除幕した。式典は台湾の報道機関が運営するオンラインストリーミングサービスで生中継された。

蔡総統は式典の中で、「自前建造は『不可能な任務』と考えられてきたが、われわれは成し遂げた」「(国産潜水艦は)海に深く潜り、静かに祖国を守り、自由と民主主義を守る力になるだろう」と挨拶した。

艦名は伝説の超巨大魚にちなんで「海鯤(ハイクン)」と命名された。艦番号は711。台湾の潜水艦は「海龍」「海虎」といったように、「海」の後に生き物の名前を付けて名付けられている。

欧州の海軍専門メディア、ネイバルニュースの9月28日付の記事によると、「鯤」は台湾島を上品に表現している。 また、「大きい」「ステルス性」「予測不可能」という意味もあり、新たな攻撃型潜水艦としてぴったりの名前だと同メディアは伝えている。

建造費は約494億台湾ドル(約2280億円)。これは、海上自衛隊の最新鋭「たいげい」型潜水艦の建造費約700〜800億円に比べてもかなり割高だ。

台湾国防部は今回進水した海鯤と同型艦7隻の計8隻を建造、就役させる計画だ。2番艦は2027年までに就役する予定だ。

台湾防衛当局は艦名以外の詳細は明らかにしなかった。イギリスの軍事週刊誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」の分析によると、潜水艦の全長は約70メートル、全幅は約8メートルで、満載排水量は約2700トンとそれぞれ推定される。

海自のたいげい型(全長84メートル、全幅9.1メートル、基準排水量3000トン)には及ばないものの、通常動力型潜水艦としては大型となる。

台湾の自主建造潜水艦は新型コロナウイルス禍の2021年11月に起工され、2025年に台湾海軍に配備される予定だ。台湾国防部(MND)が9月12日に発表した隔年の「国防報告書2023」によると、新潜水艦は2023年後半に船体の溶接と装備システムの試験を実施する予定だ。

通常動力型としては大型

進水式の映像や画像では、艦尾舵がX字型となっていることが確認できる。これは海自の主力潜水艦「そうりゅう」型とその後継となるたいげい型と同じで、従来の十字型の艦尾舵よりも水中運動性に優れ、着底しても舵の損傷が少ないことがメリットとなる。水深の浅い台湾海峡をはじめ、浅瀬での優れた操縦性を潜水艦に持たせるためと考えられる。


海上自衛隊の潜水艦「ずいりゅう」。「そうりゅう」型の5番艦で、艦尾の舵がX字型になっている(写真・海上自衛隊ホームページ)

台湾の国章となる太陽の12条の光の紋章を標した幕が潜水艦の艦首を覆っているが、これはおそらく魚雷発射管の詳細が明らかにならないようにするためだと思われる。

ただし軍事情報専門の「ネイバルニュース」は、6つの魚雷発射管が装備されると伝えている。またロイター通信によると、ロッキード・マーチン製の戦闘システムを利用し、アメリカ軍が使っているMK48魚雷を装備。3番艦以降にはミサイルを搭載する計画だという。

ジェーンズの分析によると、進水式の映像では、台湾がソ連/ロシア海軍のキロ級など他のディーゼル電気潜水艦(SSK)に見られる均一な円筒形の形状要素の代わりに、やや箱状の前部と上部を採用したことを示している。

これは、この潜水艦がダブルデックの2層の魚雷室を備えて設計されている可能性があることを示している。これにより、より速い発射速度で敵艦に魚雷を発射できるようになる。

X舵の配置と合わせて、この潜水艦の形状は、台湾海軍が戦闘群の護衛など烈度の高い作戦よりも、ゆっくりと静かな抑止的な哨戒を優先していることを示唆している。いざとなれば中国海軍相手の待ち伏せ攻撃もできる。

このような潜水艦の活動は中国海軍の作戦計算に大きな不確実性をもたらし、同軍が台湾領海内で過度に攻撃的になるのを阻止することになるだろう。つまり、中国海軍にとっては台湾の新たな潜水艦の登場で予測不可能性が極めて高くなり、挑発的な行動に出る前に行動を再考せざるをえなくなるだろう。

また、台湾のより大規模な潜水艦艦隊の存在により、中台関係が敵対的な制御不能に陥った場合、中国海軍は攻撃手段を再考する可能性がある。台湾沿岸を攻撃する中国軍の計画は現在、075型強襲揚陸艦や民間のRO-RO(ローロー)船など潜水艦からの攻撃に対して極めて脆弱な、低速で大型の船舶の利用を中心にしているからだ。

台湾海軍は現在、1980年代にオランダの「ズヴァールトフィス級」潜水艦をベースに建造された海龍級潜水艦2隻と、アメリカから取得した第2次世界大戦時代の老朽化した「ガピー2」型の2隻を運用している。前者は台湾海軍の海中戦能力の背骨となっており、後者は訓練目的のみで使用されている。

中国による海上封鎖の脅威が増大していることを踏まえ、水中戦は2000年代後半から台湾海軍がその能力強化に熱心に取り組んできた分野だ。台湾独自の潜水艦建造を目指して台湾政府が進める「潜艦国造(潜水艦国産、IDS)計画」は、馬英九前政権下の2014年から国民党、民進党と政権が変わっても公式な国家防衛政策となっている。

しかし、その潜水艦建造計画の詳細はベールに包まれてきた。潜水艦建造技術や装備品の輸出は非常に機密性が高く、ひとたび暴露されると中国本土からの強い反発を招くためだ。

台湾が自製能力を持たない装備品や技術の供給源は、厳重に秘密が保たれる必要がある。結局、台湾は機密を維持しながら建造を推進。とくにコロナ禍の最中であったにもかかわらず、潜水艦建造に必要なサプライチェーンを確保した。今回の進水式を迎え、台湾の軍産共同体が困難を乗り越えて、この何年間で大きく成長・発展したことがうかがえる。

台湾は、中国の侵略に対する抑止力となる潜水艦隊を構築するため、世界中から専門知識と技術を密かに集めてきたとされる。ロイター通信は2021年11月29日付の記事で、中国政府の反発を受ける危険にさらされながらも、少なくとも7カ国の防衛企業や技術者が台湾初の潜水艦建造を支援していると報じた。

アメリカが戦闘システム部品やソナーなどの主要技術を提供。イギリス企業も潜水艦の部品、技術、ソフトウェアを台湾に供給したとされる。台湾はさらにオーストラリア、韓国、インド、スペイン、カナダの少なくとも5カ国からエンジニア、技術者、元海軍士官を雇用することに成功したという。

一方、低振動で静粛性に優れ、世界有数の高性能を誇る通常動力型潜水艦を有する日本は、台湾支援に消極的だったという。台湾支援は日本でも非公式に議論されたが、中国からの反応を懸念して中止されたとロイター通信は報じた。

中国の強い反発は衝撃の裏返し

中国は台湾初の国産潜水艦の進水に激しく反発した。中国国防省の呉謙報道官は9月28日の記者会見で、進水が「(台湾は)自らを過大評価しており、不可能なことを試みている」「最終的に自滅をもたらす」と強く批判。「人民解放軍が太平洋に入るのを阻むという話は、まったくナンセンスだ」と述べた。

さらに、呉氏は「民進党当局がどれほど多くの武器を製造または購入しても、祖国統一の大きな流れは止められない」と指摘し、「国家主権と領土の一体性を守る人民解放軍の強い決心と強大な能力は揺るぎない」と強調した。

中国の反発が強い分だけ衝撃も大きいということだろう。蔡英文総統は海鯤の進水式で「今日という日は歴史に刻まれるだろう」と述べた。2年後の実際の就役の日にはさらに大きく歴史に刻まれるはずである。

(高橋 浩祐 : 国際ジャーナリスト)