「新会社の社名公募」のニュースが出ているジャニーズ事務所。もし公募での社名決定が実現すれば、悪手でしかないと筆者は指摘します(写真:mizoula/PIXTA)

ジャニー喜多川氏の性加害問題で揺れるジャニーズ事務所が、芸能部門を移行させる新会社の社名について、ファンから公募するという。

筆者はネットニュース編集者として、かれこれ10年以上、ネットと緊密に関わってきた。そんな立場から本件を聞いて、まず感じたのは「もし公募での社名決定が実現すれば、これまでの経緯を考えると、非常に遅い対応かつ、悪手でしかない」ということだった。

ファンによる公募が悪手だと感じるのは、以下の理由からだ。

(理由1)ファンを巻き込むことは諸刃の剣
(理由2)ネーミングの公募は「モヤモヤ」を残しやすい
(理由3)もはや『看板掛け替え』ではイメージアップできない

これらを軸にしながら、昨今のジャニーズを取り巻く「どこか人ごとのような雰囲気」と、その打開策について考えたい。

1カ月弱を経て、ふたたび会見を開く

第三者有識者で構成される「外部専門家による再発防止特別チーム」がジャニーズ事務所に対して、調査報告書を提出したのは2023年8月29日だった。それを受けて、ジャニーズ事務所は9月7日に記者会見を行い、社長が藤島ジュリー景子氏から、東山紀之氏へと交代すると発表された。


9月7日に行われた記者会見の様子(撮影:風間仁一郎)

それから1カ月弱を経て、ジャニーズ事務所が10月2日、14時頃よりふたたび会見を開く。会見前日までの各社報道によると、現在のジャニーズ事務所は、被害者への補償業務に特化し、芸能事業は別途設立するマネジメント会社へと移る。所属タレントは新会社へ移籍し、ジュリー氏は新会社への出資を行わないという。

そして、最大のポイントが「ジャニーズ事務所の社名変更」だ。東山氏は前回会見で、改名による「再出発」の可能性にも触れ、現時点では存続させる意向を示しつつ、名称変更の余地もあると話していた。

会見が近づくにつれて、新会社や現在のジャニーズ事務所の社名についての報道が増えている。日本経済新聞などは、新会社の名称について「ファンから公募で決める方向で検討」と伝えた。一方で、現在のジャニーズ事務所については、2日未明にサンケイスポーツから、具体的な「新社名候補」も報じられている。

このコラムを書いているのは、10月2日の会見開始前であり、執筆時点ではこれらの行方はわからない。ただ、もし「新会社の社名の公募」が行われるのであれば、得策だとは思えない。なぜ筆者がそのように感じるのか。それには3つの理由がある。

ファンたちを「共犯者」にしかねない

(理由1)ファンを巻き込むことは諸刃の剣

公募でファンを巻き込むことで、より強固な「絆」が生まれる可能性もある。その一方で、一般層との温度差も広がりかねない。もしも「仲間内でキズをなめ合っているだけ」と思われてしまえば、イメージ向上は遠ざかってしまうだろう。

思いあまったファンの先鋭化を招く可能性もある。実際、性加害問題をめぐっては、体験談を告白した元所属タレントに対して、一部の過激なファンが「被害を捏造したのではないか」などと、SNS上で投げつけるケースも起きている。「私たちが事務所再生を担っている」という自負が、肥大化してしまった末に、コントロールできなくなるリスクは否定できない。

当然そんな人々ばかりではなく、大多数は良識のあるファンだろう。しかし、どこのコミュニティーもそうであるが、目立った存在は、たとえ悪目立ちであっても「界隈のモデルケース」として扱われがちだ。

加えて、甘く見てはいけないのが、ネットユーザーの「こじつけ力」だ。たとえ、意図が込められたネーミングでなくとも、どこかに「ジャニー氏のエッセンス」を感じ取られれば、ここぞとばかりに「なにも変わってないじゃないか」と集中砲火になりかねない。

もし「ファンが旧体制を忖度した」と思わせてしまえば、命名直後にミソが付いてしまう。そして、ここまで見捨てず、事務所の再生を願ってきたファンたちを「共犯者」にしかねない。非常に危ない橋を渡っていると言えるだろう。

(理由2)ネーミングの公募は「モヤモヤ」を残しやすい

そもそも公募のネーミングはもめがちで、だれしもが納得した結果には着地しづらい。読者も、2018年のJR山手線「高輪ゲートウェイ駅」をめぐるイザコザは覚えているだろう。130位、応募36件という「泡沫候補」に白羽の矢が立てられたことで、命名反対のネット署名が行われるほどの非難をあびた。

あれだけの「大炎上」となったのは、ネーミングセンスだけが理由ではない。かならずしも多数決がすべてではないが、「選考プロセスが十分機能していたのか」といった疑念を抱かせたことが、火種を大きくしたと考えている。

命名でゴタついた件を、もうひとつ。愛知県内で2005年、ふたつの町の合併による新市名として「南セントレア市」が発表された。新市名は事前公募が行われていたが、その候補に「南セントレア市」はなく、隣の自治体に同年開港予定だった中部国際空港の愛称「セントレア」にあやかって付けられたものだった。案の定、批判が集中して、最終的には合併計画そのものが、ご破算となってしまった。

これらの例からもわかるように、公募は「納得のいく着地」がセットになっている。順位が可視化されれば、トップクラスの支持を得た候補じゃないと、批判をあびてしまう。一方で順位を隠せば、「都合のいい情報ばかり出す」「やはり隠蔽体質は変わらない」となる。どっちに転んでも地獄のイバラ道で、メリットは少ないと考えられるのだ。

社名を変えたとしてもイメージ転換は難しい

(理由3)もはや『看板掛け替え』ではイメージアップできない

そもそも、社名を変えたり、新会社を設立したとしても、もはや企業としてのイメージ転換は難しいだろう。

これだけ悪印象がついてしまったとはいえ、日本を代表する芸能事務所だ。たとえ社名変更しても、しばらくは「補償会社となった旧ジャニーズ事務所(現○○社)」や「旧ジャニーズ事務所の芸能部門を引き継いだ××社」のように、報道では併記されてしまう可能性が高い。

筆者もネットメディア編集者として、長年ニュース記事などを書いてきた。記事を書くうえで、いつも心掛けていたのは「なじみのない固有名詞には、なるべく補足をつける」こと。ここ最近でも「X(旧ツイッター)」や「旧統一教会」のような表記を見る機会があったはずだ。

こうした背景もあって、新社名が、それ単体で固有名詞として認識されるまでには、それなりの時間を要すると考えている。看板を掛け替え、どれだけ「中の人」が気持ちを切り替えたとしても、世間からの認識までも変えることは難しい。

あまりに遅すぎた発表

以上の理由から、悪手にしか思えない「ネーミング公募」。たとえ、それしか道がなかったとしても、その発表はあまりに遅すぎた。東山氏の就任発表時に、すぐ変えると宣言していれば、おそらく印象は変わっていただろう。

就任会見後、民放テレビ各社などからは、社名変更を求める声が続々と上がった。もし「外圧で変えざるをえなかった」と思わせる余地を残せば、すぐさま「一貫性や誠実さのない新体制だ」と消極的な印象を残してしまい、「『ジャニー』の4文字さえ削ればいいと思っているのでは」といった疑念を招いてしまう。

もうすでに機を逸してしまっているのかもしれないと思いつつ、社名変更ではイメージが変えられないとなれば、いっそ株式上場を目指していたらよかったのかもしれない……と筆者は考えている(もちろん、東証がそれを許すかは別の話ではあるが)。

いまジャニーズ事務所に求められているのは、「創業家資本からの脱却」と「コンプライアンス意識の向上」、そして「運営の透明性確保」だ。これらを実現するためには、やはり市場の目にさらされるのがベストに思えるのだ。

ジャニーズ事務所は今後、被害者への補償会社と、マネジメント新会社の2社体制に再編される。仮に当面テレビやCM出演が難しくなったとしても、ファンクラブ収益やツアー、舞台の売り上げはそれなりに計算できるはずだ。また近年はYouTubeや映像配信などにも、活躍の場が広がりつつあり、収益化できる場も少なくない。

被害者救済に一定のメドがついたところで、新会社の上場と、補償会社の清算をセットにできれば、復活のストーリーとしても見栄えがする。ファンコミュニティーを「推しの株主になれる場」にできれば、新たなエンタメビジネスにもつながりそうだ。

もちろん現時点で「上場を目指します!」と宣言しても、「まずは被害者補償が先だろ」「舌の根の乾かぬうちに、なにを言っているんだ」となりそうだが、長期的なビジョンとして持っていてもいいのではないか。

このところのジャニーズ批判が生まれる背景には、事務所が「人ごとのような雰囲気」を漂わせていることにある。初動が遅れ、抜本的改革(と人々が納得するような取り組み)は示されず、どこか行き当たりばったりのように感じさせ、当事者意識がないと判断されてしまう。イメージでなんぼの商売をしていたにもかかわらず、看板とも言える社名を公募してしまえば、「ブランドすら他人任せか」となる--。この主体性なきスパイラルを抜け出すことができれば、未来が見えてくるだろう。

(城戸 譲 : ネットメディア研究家・コラムニスト・炎上ウォッチャー)