昨今、「ハラスメント」に関する厳しい風潮も加わり、部下への指示や指導がしづらくなっている現状があります(写真:マハロ/PIXTA)

部下指導におけるハラスメントを防ぐ「マネジメント研修」や部下のメンタルケアのための「ラインケア研修」の機会は多くあるのに、管理者自身をケアしてくれる機会がないという嘆きをよく耳にします。

昨今、「ハラスメント」に関する厳しい風潮も加わり、「あれはダメ」「これはダメ」というような制限が多くのしかかっているうえに「部下の気持ちをしっかり受け止める」ことを指南されて、指示や指導がしづらくなっている現状があります。

もちろん、思いやりや相手を尊重する姿勢は大切ですが、必要以上に細心の注意を払うことや忍耐を強いられる管理者の負担は想像以上です。このように、部下への対応ばかりが注目されるのは、「ハラスメント」は上司から部下に行われるものという固定観念が存在するからだとも言えます。

「NO」と言えない、もしくは、言いづらい関係性の中で「ハラスメント」は起きやすいので、上司から部下、客先から請け負い業者、といったように権限を持つ方が弱い立場に対してハラスメントを起こしやすい傾向はあるのですが、反対に、これだけ啓蒙が行われ認知が広まり、世間の目も厳しくなったゆえに起こっている下から上へのハラスメントにも注目していただきたいと思います。

指示に従わないのもハラスメント

●よくあるケース1
上司「A社の件は、任せたよ」
部下「A社ですか。今度の担当者、なんか苦手なんですよ」
上司「この件に関して、一番よく知っているのは君だし、やってくれると助かるんだけど」
部下「そういわれても。他の人じゃダメですか」
上司「……」

●よくあるケース2(前週の報告を翌週月曜日の正午までに提出するというルールの職場で、期限日時の過ぎた夕方)
上司「先週の報告書が、まだ出てないようだけど」
新人「今、急ぎの案件やってるんで、後でいいですか」
上司「……」

ケース1も2もこれ以上言ったら「ハラスメント」と言われるのでは、と憂慮して、強く言えないことが多いようです。

部下にも権利はありますが、大前提として、その権利を得るための責任を果たさなければなりません。職務を全うしないといったことを含め、責務を棚に上げて権利ばかりを主張するのは、仕事をしていることへの自覚のなさを露呈しているも同然です。

自分に課せられている業務遂行に誠意を持って取り組まず、責務を負わないで権利ばかりを主張することは、上司に対する「ハラスメント」ともいえるのです。

他人に迷惑をかけなければよいのか?

こんなケースもあります。部下本人の残業の申告が遅れ、当月中に処理できなかった案件が続いていることを注意した例です。

上司「残業代請求を期日までに必ずするようにして」
部下「月末は忙しいので、つい後回しになってしまって。翌月に残業代が反映されずに困るのは、私なんですから、誰にも迷惑掛けていないですよね?」

このように、忠告したことに対し「何が悪いんですか?」と開き直る態度も見られます。

この場合、会社としては、きちんと残業の管理ができていないことを指摘される原因にもなり、残業代未払いとなれば、大きな問題に発展してしまう可能性も否定できません。決して個人の問題にとどまらないのです。

極端な場合は、挨拶するように促したら「就業規則に書いてありますか」と切り返されたというケースもあるほどです。

もう、こうなってくるとお手上げ状態です。

モラルハラスメントが横行

モラルハラスメントとは、言葉や態度によって、巧妙に人の心を傷つける精神的な暴力のことを指します。無視などの態度や人格を傷つけるような言葉なども含まれ、精神的な嫌がらせ・迷惑行為を含みます。よって、必ずしも組織内の力関係に左右されることはなく、部下から上司に対しても行われる可能性があるわけです。気に食わない上司に対して、部下が結束して嫌がらせをする場合もあります。

特段の理由もないのに、「依頼していた書類を期限までに提出しない」「重要なプレゼンの直前に遅刻や休みの連絡が入る」など責務を放棄することもこれに抵触します。

そのことについて、強く指摘したからと言って「ハラスメント」になることはありません。誰が聞いても明らかにひどいと認識する暴言や人格否定は避けなければなりませんが、指導や指示とハラスメントは、別物です。組織は、ルールにのっとった指示命令系統で動いています。

何でもかんでも「ハラスメント」だと認識する側の知識不足もみられますので、共通理解を得るための教育も必須ですし、責務を果たさず「ハラスメント」を逆手にとって好き放題している社員には、毅然とした対応が求められます。

そのときに、「やる気あるのか」などの精神論だと、抽象的すぎて相手にも伝わらず、それこそ「ハラスメント」と言われかねないので、「業務の範囲は○○です。△△までに仕上げてください」とはっきり伝え、やらなくていい理由を議論するのではなく「どうしたらできるか」に焦点を当てて、対応しましょう。業務遂行することにより、権利を主張できることを伝えることも大切です。

必要以上の配慮で、管理者が追い詰められることのないよう願っています。


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(大野 萌子 : 日本メンタルアップ支援機構 代表理事)