転職前提で面接受ける若手に絶句した人事の顛末
昨今、「転職前提」でエントリーしてくる若手が急増しているという(写真:jessie/PIXTA)
「『貴社をファーストキャリアとして考えています』と言われ、何とも言えない気持ちになった」
ある人事部の課長の言葉だ。昨今、「転職前提」でエントリーしてくる若手が急増しているという。
今夏、入社した女性(27歳)もその一人だった。配属先が開催した歓迎会で、
「夢は3年後に起業することです。それまでは一所懸命に頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします!」
と自己紹介した。その場にいた9人の上司、先輩たちは面食らい、トップの部長は途中で退席してしまったほど怒り心頭に発した。
「たとえそう思っていたとしても、口にすることじゃない」
と、人事部のスタッフは口をそろえる。冒頭の課長は複雑な思いだ。
「それ以前に、入社させるべきではなかったのではないか」
「しかし、人材難の時代に、選り好みなんてしていられないし」
「転職前提」の人は採用を見送る?
このような「転職前提」「起業前提」の求職者には、どう対応すればいいのだろうか。
採用すべきでないのか。それとも入社してからリテンション(雇用維持)に努めたらいいのだろうか。
実のところ、採用してからリテンション(雇用維持)に努めるのは失敗することが多い。
なぜ失敗に終わるのか。それなら、どうすれば解決するのか。今回は「転職前提」社員の採用について解説する。
最後まで読んでいただくことで、昨今の若者の価値観、ジョブ型雇用の難しさについて深く知ることができるだろう。
多くの人は意外に思うかもしれない。「転職前提」の若者を採用し、心変わりを期待しても、だいたいがうまくいかない。
あるIT企業でも同じことが起こった。
ここ数年、入社してくる若手に「主体性、積極性が感じられない」という現場からの不満が増えた。そこで募集要項に、
「チャレンジ精神あふれる人、自立している人を求める」
と記すことにしたそうだ。すると「数年後に独立するつもり」「起業家精神は高いほうです」とアピールする若者の応募が増えたという。
実際に志望動機を聞いてみると、こう答えたという。
「独立するには、ITリテラシーが不可欠と考えたからです」
「データアナリストになるうえでの経験をさせてもらえると思いました」
面接官は戸惑って、次の言葉が出てこなかった。
「わが社は学校じゃないよ」
と苦言を呈しても、どこ吹く風だ。
「いけしゃあしゃあと言うじゃないか。何様のつもりだ?」
同席していた配属先の責任者は、嫌悪感を隠さなかった。しかし、そういった声をかき消したのが人事部長だ。
「若いんだから夢を持つのはいいじゃないか。入社したら現実を知るはずだ」
時代が大きく変化しているのだから私たちも変わろう。そう言って「転職前提」の若者も積極採用した。
ところが、そんな部長の期待は大きく裏切られた。ほとんどの社員が宣言どおりに退職していったのである。
それどころか2〜3カ月で辞めた者もいた。「目標は3年後に転職」と言っていたにもかかわらずだ。
「転職前提」社員の採用 3つの失敗理由
「転職前提」の若手も、採用してからリテンション(雇用維持)に努めれば何とかなるだろう。そう軽く考えて採用活動にあたっていると、大抵は失敗に終わる。その理由は3つある。
1、本人がキャリア・アンカー型の意識が強いため
2、配属先がメンバーシップ型雇用の意識が強いため
3、配属先の士気が下がるため
まず1の理由について、キャリアの考え方「キャリア・アンカー型(どうしても譲れない価値観や欲求、考え方)」と「プランド・ハップン・スタンス型(意図された偶然)」を交えて解説してみたい。
「転職前提」で就職活動をする人は、採用面接で、
「3年以内に独立したいです。そのため○○の技術を習得させてください」
と、ここまでハッキリ口にしてくるのだ。将来のキャリアプランを明確に描いている。典型的な「キャリア・アンカー型」だ。
いっぽう「プランド・ハップン・スタンス型」は、反対だ。与えられた仕事をこなしながら、都度自分のキャリアを修正していくタイプ。
運よく偶然の縁に恵まれたら、その縁を大事にして恩返しをする。この「運」「縁」「恩」を意識したスタイルだ。
一般的に、多くの人は「プランド・ハップン・スタンス型」だ。だから縁があって入社したのだから頑張って会社に貢献するのが当然、と受け止める。それが「恩返し」だと解釈するからだ。
だから「転職前提」の若者は、「恩知らず」とレッテルを貼られ、そんな若者を大切に育てたいという気持ちは芽生えないのだ。先輩も上司も。
「転職前提」の若手はジョブ型の意識が強い
2の理由は簡単だ。
もともと日本企業はメンバーシップ型雇用を続けてきた。職に就く(就職)のではなく、会社に就く(就社)考え方だ。今もまだ根強い。
だから採用する側も、組織に必要な能力よりも、職場になじむ「人柄」を求めがちだ。
いろんな職場を経験してもらい、当社で総合的に活躍できる人材を育てようとする。
そのせいもあって若手が入社したら、周りは最初から戦力としてアテにしない。しばらくは職場に慣れるよう、いろいろな雑用を言い渡す。そのほうが、メンバーと触れ合う機会が増え、関係づくりにも役立つと思うからだ。
もちろん「転職前提」の若手はジョブ型の意識が強い。
「私はこんな仕事をするために、この会社に入ったんじゃありません」
スタンスが違うので、かなりの不満を抱くことだろう。
3年後とか5年後には別のステージが待っている。逆算して自分のキャリアプランを描いている。だから、職場の都合で仕事の中身を変えられては困るのだ。
「なぜ自分の能力を伸ばす仕事をさせてもらえないんだ」
「これでは、いつまで経っても成長できない」
自分が描いたキャリアプランを柔軟に変えられるのならいいが、それができないなら離職する。そう決断する若者もいるだろう。だから短期間で辞める若者が絶えないのだ。
3の「配属先の士気が下がる」は説明不要だ。
プロ野球でたとえてみよう。ホームラン王になったこともある他球団の4番バッターをFAで獲得したのなら、開幕スタメンを約束してもいいだろう。
しかし、まだ実力がそれほど高くないのに、
「私は2番のショートでお願いします。それ以外の打順、守備はお断り。4年後にはメジャーで活躍したいので」
という新メンバーが加入したらどうか。監督やコーチがこの新人を優遇すれば、当然チームの士気は下がる。
メンバーシップ型雇用で考える人は、これまで会社の都合に合わせて自分の役割を柔軟に変えてきた。会社から求められる能力の向上に努めてきたのだ。
いくら時代が変化したからといって、いずれ職場を去る新人の希望を優先的に叶えるのはどうか。そんなことをしたら割を食うのは私たちではないか――と、先輩や同僚が強い不公平感を覚えることだろう。
採用した若手が育たない、という問題もあるが、受け入れ先の空気が悪くなることも大きな問題だ。
だから、「転職前提」の若手でも採用すれば何とかなる、という発想は失敗に終わる。超人材難の時代だ。自分の要望を聞いてくれる受け入れ先は他にいくらでもある、と考えたらすぐまた転職するかもしれない。
では、どうしたらいいのか?
「転職前提」社員の採用に関わる2つのポイント
ポイントは2つある。採用方針の見直しと採用前教育だ。
1つ目は、採用方針を見直すことだ。時代はドンドン変わるのだから、都度方針を修正していくことが当たり前の時代になった。これまで曖昧だったポイントに、言葉を足すのである。
もし「転職前提」の若手を採用したくなければ、長く勤めてくれる社員を募集する、という文章を加える。
採用面接でその方針をハッキリ伝えれば、「転職前提」の若手は当社を選ばないだろう。もしどうしても入社したいのなら「転職前提」の考え方を見直そうとするはずだ。
「ケースバイケース」
という言葉がある。ケースバイケース、状況に応じて臨機応変に対応することは何事においても大事なことだ。
しかし採用活動においては気をつけたい。採用する前に「ケースバイケース」はないのだ。残酷なまでにルールを順守しよう。
どんなに素晴らしい人材と出会っても、当社が掲げた方針と合っていないのなら、「ご縁がなかった」と割り切る。臨機応変に対応すべきではない。
2つ目は採用前教育だ。
採用した後に教育しても遅い。
「転職前提」の若手をどうしても採用したいのなら、なぜ当社が長期で働ける人が欲しいのか丁寧に説明しよう。説明という表現よりも「教育」のほうが合っているかもしれない。相手はまだ若いのだ。正しいキャリアの考え方を知ることで心変わりすることはおおいにある。
融資をお願いするのと同じである。
長期的な目線で当社に融資してほしい。そうすることで、どんな対価を得られるのかを、わかりやすく伝えるのだ。
若い人が立てたキャリアプランは否定すべきでない。夢を持つことはとてもいいことだ。だが、キャリアの考え方について言葉を尽くして教育すれば、再考を促すことはできる。
「何が何でも起業したい」
「どうしても上場会社の研究職に就きたい」
という明確で、強い熱意があるなら仕方がない。だが、たいていは、そこまでの情熱がある人は珍しいのだ。
「あなたが将来求めていることと同様の価値は、当社でも実現できますよ」
と伝えられたら、おおいに可能性は広がるだろう。
「転職前提」社員の採用で成功した事例
最後に、成功した会社を紹介しよう。
採用方針、採用基準を細かく設定して成功した会社だ。
従業員数が150名程度の、建設設備を扱う商社だ。毎年3名を通年採用している。ほぼ全員が「キャリア採用」だ。新卒採用は行っていない。
現在、年3回開催している会社説明会には、毎回50名以上の求職者が参加する。そのうち入社を希望する人が10%(5名)ほどで、毎年3名の通年採用を達成できている。肝心の定着率も、高い。
入社を希望する人の半分は「転職前提」だ。その人たちとは面接後に対話をするというルールを徹底した。
「採用前教育」を専門にする担当者をつけ、しっかりとレクチャーし、一緒になって今後のキャリアプランについて考えるのだ。
すると意外にも「転職前提」を撤回するケースが多いと聞いている。理由は、そのキャリアに、そこまでこだわっている人が少ないからだそうだ。
その陰には、徹底したマーケティング戦略があったことも付け加えておこう。当社に興味を持つ若者の母集団を増やすことに成功したことが大きかった。
昔は年に1回の説明会でさえ、30名も集まらなかった。その30名のうち、入社を希望する求職者が2〜3名しかいない。そのため、相手の希望に合わせなければ誰も当社には入らない、そう思い込んでいたのだ。
ところが、採用マーケティングに力を入れたことで、いい人材が多く集まった。いちばん驚いたのは社長だ。
「中小の建設設備会社に、こんなにたくさんの若い人が応募してくるなんて!」
営業活動も採用活動もよく似ている。目の前の相手の「言い分」にとらわれてケースバイケースで対応したり、基準を下げて妥協したりしてはならない。そんなことを続けていると、長期的に大きな問題に発展してしまう。
視座を上げてマーケットを正しく分析しよう。営業活動であれば、当社の商材に興味を持ってくれるお客様はどこにどれぐらいいるか。採用活動であれば、当社で長く勤めてくれそうな若い人はどこにどれぐらいいるか。
この視点を持って、つねに情報収集に努めるのだ。方針を明確にすることが何よりも大切なことである。
(横山 信弘 : 経営コラムニスト)