日本企業は生産性が低いとされている理由とは(写真:ふじよ/PIXTA)

世界的に見て生産性が低いとされる日本企業。中でも、全企業の99%以上を占める中小企業の労働生産性は、大企業と比較して40%程度にとどまっています。コンサルタントの山元浩二氏はその原因を「『戦略』を仕組みとして実行できていないから」と考えています。中小企業ではなぜ戦略が機能しないのか。山元氏の著書『小さな会社の〈人を育てて生産性を高める〉「戦略」のつくり方』で詳しく見てみましょう。

戦略を「立案」しただけで満足する社長

「戦略」は組織の成長にとって非常に重要です。

しかし多くの中小企業では、「戦略」が継続的な業績向上につながっていません。その本質的な原因は次の3つです。

戦略が継続的な業績向上につながらないワケ

1.戦略で成果を出すポイントを間違っている
2.戦略を成果に導く体制が整っていない
3.戦略のゴールがない

まず、なんのために戦略を立案するのか、その目的をあらためて考えてみましょう。

A 業績につながる効果的な戦略を立案すること

B つくった戦略を実行し、目標の達成を果たすこと

もちろん、答えは「B」です。

ところが、私の実体験では、「A」を目的に戦略に取り組んでいるとしか思えない中小企業が非常に多いと感じています。

「戦略のセオリー、市場で通用するための考え方がよくわかった」

「成果につながる立派な戦略ができたので業績アップは間違いない」

「戦略を幹部と共有したので、彼らが成果を出してくれるに違いない」

戦略をつくった中小企業の社長に聞くと、このようにおっしゃる方が非常に多いです。

しかし、これは言いかえると、

「戦略の考え方や立案方法がよくわかった」

「業績を上げるための方法が理解でき、それにもとづいた戦略ができた」

「業績につながる効果的な戦略を、実行すべき社員に伝えることができた」

というところまでで満足しているととらえることができます。

まとめると、「A」を戦略の“立案”、「B」を戦略の“実行”だとした場合、“立案”に力を入れて取り組む社長が多い、ということになります。

次に、成果を出すためには戦略の“立案”と“実行”のどちらが重要か考えてみましょう。

市場の環境を緻密に分析、正しく踏まえたうえでセオリーにもとづいた効果的な戦略を立案しなければ業績につなげることはできない。これを満たした戦略をつくるのは非常に難しいので、立案のほうが大事だという方もいらっしゃるかもしれません。

おろそかになりがちな戦略の「実行」

しかし、私自身が戦略の立案・実行を20年以上支援してきた実体験から、“実行”のほうが重要かつ難易度も高いと断言できます。

理由は2つ。1つ目は、どんなに優れた戦略が立案できたとしても、実行できなければ成果は「0」だからです。もう1つは、きちんとしたプロセスを踏んで実行すれば、戦略の方向性が少々間違っていても軌道修正しながら成果を目指すことができるからです。

戦略の“立案”と“実行”の重要度を数値で示すと、2:8で“実行”のほうが重要です。

前述の「1.戦略で成果を出すポイントを間違っている」とは、ここまでお話ししたような、「効果的な戦略が立案できれば成果につながる」と考えてしまう誤解です。その結果、本来成果につなげるために必要な“実行”がおろそかになってしまうのです。わかっていても、立案だけでも時間と労力がかかるため、中小企業がついつい陥ってしまいがちな間違いです。

2つ目の原因、「戦略を成果に導く体制が整っていない」について、具体的に解説します。

中小企業には、戦略の推進担当者がいません。多くの中小企業では、戦略を学び立案するという役割を社長自身か一部の経営幹部のみが担っています。実行面についても同様です。これが戦略実行の大きな障害となっているのです。

中小企業の社長や幹部はプレイング経営者です。社長がいちばん実績を上げる営業マン、技術開発責任者、現場責任者という中小企業も少なくありません。こうした仕事をこなしながら戦略の実行、推進管理に力を入れようとしても、精神的、物理的に余裕がなく中途半端となってしまいます。

その結果、戦略を通じて成果を出すところまでたどり着けないのです。

将来の目標達成のために現場の業務より重要な戦略が、おざなりになってしまっては到底生産性の向上も望めません。

「戦略」の立案に取り組む前に明確にしなければならないことがあります。

それは、「戦略のゴール」をはっきり定めることです。これがあいまいなまま戦略に取り組んでしまうことが戦略が成果につながらない3つ目の理由です。

「戦略」は、“目標を達成するための打ち手”です。

よって戦略の立案に取りかかる前に、「目標」を明確にしなければなりません。さらに目標にも目的があります。それは、「理念」の具現化です。

企業は目標を達成することでより多くの顧客や社会から支持され、貢献度と価値を高め発展していかなければなりません。この自社の存在意義と社会への貢献の方向性を定めたものが理念です。

理念と目標を明確にする

したがって、「理念」と「目標」の2つを戦略の前に明確にしておくことが必要です。

[理念]
経営理念、基本方針、指針、社訓、行動理念、クレドなど会社によってさまざまな名称があると思いますが、会社の存在意義や事業目的、その考え方や方向性、社員に対する行動の指針などが理念の要素です。

[目標]
理念の実現に向けた組織成長過程の通過点で、到達すべき組織の状態や達成すべき業績数値や経営指標を掲げたもの。また、業績や社員の増員計画などをどうやって伸ばしていくのかを具体的な数値に落とし込んで明示します。

戦略のゴールを定めないまま立案、実行に取り組むということは、「とにかく売上を上げる」ために戦略を推進しているということになります。

これでは、ゴールのないマラソンをただひたすら走っているのと同じです。

しかもゴールがあいまいなのでコースが決められておらず、選手が勝手にルートを選択して走っているということです。組織がこのような状態であれば、成長につながらないのは明らかでしょう。

私は、650社以上の中小企業の戦略立案にかかわってきました。当初は各企業で環境分析などを行い、個別に戦略を立案していましたが、10年ほど経ってある発見をしました。

戦略の70%はどんな中小企業にも有効

それは、「戦略」の約70%はどんな中小企業も同じということ。同じ戦略を実行すれば必ず業績向上につながっていたのです。ほかの20〜25%もいくつかのパターンから選択すればよく、独自に必要な「戦略」は5〜10%しかありませんでした。この気づきは、大きな収穫でした。


私は、クライアントで成果に結びついた戦略を洗い出し、整理、分類、分析を進め、どの会社でも実行していたものを「共通戦略」としてまとめました。さらに、すべてのクライアントが取り組んでいるわけではないものの、多くの中小企業が実行して成果が出ている戦略を「選択戦略」としてリストアップしました。また、特殊な業種や地域、競合先の状況に応じて必要な独自の戦略を「オリジナル戦略」とし、事例集として提供するようになりました。

こうした仕組みができたのち、クライアントと戦略立案プロセスでやることは「共通戦略」の確認と「選択戦略」の選定、「オリジナル戦略」のみ検討、立案するだけとなりました。その結果、クライアントの成長を大きく加速させることができたのです。

ひとことで言えば、忙しい社長を戦略の「立案」から解放し、「実行」に重点を置くことを実現できたのです。

(山元 浩二 : 日本人事経営研究室 代表取締役)