経営を考えるうえで、数字やファクト以外に必要なものとは(写真:8x10/PIXTA)

経営者やマネジャーになれば、自分の仕事だけでなく、会社の経営についても考える必要がある。ところで、経営についての考え方を、あなたはどのようにして身につけただろうか? その考え方はベストと言えるだろうか? 外資系の事業会社やコンサルティングファームを経て、いまはビジネススクールで教鞭をとり、『武器としての図で考える経営』を上梓した筆者が、経営について考える際の重要なポイントについて紹介する。

事業戦略や組織運営、マーケティングやイノベーションなど、経営について考えるということは、企業の未来を左右する重要な意思決定をすることに他なりません。

ところで皆さんは、日々の仕事の中で経営について考える際に、次のような悩みを持ったことはないでしょうか。

「現在の延長線上でしか解決策が出てこない」

「結局、勘と経験だけが頼り」

「他社の真似か、対症療法的なことばかりしている」

このように、経営について考える際に「この考え方でいいのかな?」「もっといい考え方があるのではないか?」と不安を感じている人は少なくありません。

何をもとに経営を考えているのか?


なぜ経営について、自信を持って考えることができないのか?

どうすれば、正しい意思決定をしたり、新しいアイデアを考えたりできるのだろうか?

それについてお話しする前に、まず皆さんが、そもそも経営について、いつもどのようにして考えているかを振り返ってみて下さい。

いまどき「勘と経験」だけを頼りに経営を考えている人はいないでしょう。では、何をもとに考えているでしょうか? 経営会議の資料には、何が書かれていますか?

それは数字やファクトではないでしょうか。

ビジネスにおいて、数字やファクトは確かに重要です。数字がなければ自社の現在地や今後の展望がわかりませんし、ファクトがなければ、世の中の変化や顧客ニーズに気づくことができません。競争や変化が激しい現代社会において、これらを蔑ろにして経営を考えることは不可能です。だから、経営を考える上で、数字やファクトが必須であることは、間違いありません。

ただし、それだけでは不十分です。なぜ不十分なのかと言うと、ファクトや数字だけでは「本質」も「未来」も見えないからです。

エクセルに並んだ数字だけを見ても「上がった」「下がった」の議論しかできません。新聞や雑誌に書かれた記事(ファクト)を読んでも、現象、つまり結果論しかありません。

つまり、どれだけ数字やファクトをもとに経営について考えても、それは、表面上に見えている現象や過去(結果)をこねくりまわしているだけに過ぎないのです。

繰り返しになりますが、数字やファクトは重要です。経営を考える上で欠かせません。しかし、新しいサービスや戦略を考えたり、組織マネジメントを考える上で、より「本質」に迫り、「未来」を構想するためには、数字やファクトをもとにした左脳的思考だけでは無理があるのです。

そしてよくある過ちが「経営についてうまく考えられないのは、数字やファクトの量が、まだ足りないからだ」と、さらにその量を求めようとすることです。いくら数字やファクトが書かれた資料を分厚くしても、良い結果を生むとは思えません。下手をするとどんどん悪循環に陥ります。考えるべき要素を数え上げ、情報収集に走り、集めた情報に溺れて、さらに混乱してしまう。まったくの逆効果です。

なぜ「図」を描いて経営を考えるべきなのか

経営を考える上で、数字やファクト以外に必要なもの。より「本質」に迫り、「未来」を構想する上で欠かせないもの。それは「図」です。

ビジネスは様々な要素の関係性で成り立っています。そんなビジネスを取り巻く豊かな関係性は、左脳的な文字や文章、数字だけで捉えるには無理があります。関係性を解きほぐして原因に迫り、本当に正しい意思決定をするためには、もっと感覚的に、イマジネーションを膨らませて右脳的に見て、考えるのが効果的です。その方法が「図を描いて考える」ことに他なりません。

図を描いて経営を考えることの効用は、単なる私の思いつきではありません。ビジネスにおいて、図がすさまじい威力を発揮した幾つかの具体例をお話ししましょう。よくビジネスの成功物語には、ナプキンの裏に描いたメモが出発点になったというエピソードがついて回ります。これは典型的な、図を描いて経営を考えて大成功した例に他なりません。

たとえばアマゾンの創業者ジェフ・ベゾスは、ナプキンの裏にループ図の成長モデルを描きました。GEの中興の祖ジャック・ウェルチは、ナプキンの裏にベン図の事業構想図を描きました。格安航空会社の基礎を築いたサウスウエスト航空の創業者3人は、ナプキンの裏にダラス・ヒューストン・サンアントニオを結ぶ三角形のルート図を描きました。

これらは、経営学の本やビジネス書の中で、繰り返し語られる伝説的なエピソードです。そして実際に、彼らが描いた図がもとになって、その後世界を一変させるようなビジネスができあがりました。ナプキンの裏に描かれた落書きのような図が、成功の裏側にあるメカニズムそのものだったからです。

図を使うことで右脳的な思考も使える

ジェフ・ベゾスはオンラインで本を売ることを始めたから凄いのではありません。成長のメカニズムの本質を突いたから凄いのです。

ジャック・ウェルチも、市場でNo1、No2になるという事業の選択と集中を行ったから凄いのではありません。資源有効活用のための論理モデルを創ったから凄いのです。

サウスウエスト航空も、田舎で安い運賃の飛行機を飛ばしたから凄いのではありません。大手航空会社のハブ・アンド・スポークのルート設計に対して、点と点を結ぶピア・ツー・ピアという斬新なネットワークを持ち込んだから凄いのです。

もし彼らが図を描かずに、こんな風に経営を考えていたとしたらどうでしょう。

「ライバルのA社がこんなサービスを始めた。うちはどうする?」

「今期の売り上げが○○だった。じゃあ来期は△△でいいかな?」

このようにファクトや数字だけで経営を考えていては、今のような成功はなかったでしょう。そうではなく、図を描き、右脳もフルに使って経営を考えたからこそ、世界にインパクトを与える経営を実現できたのです。

ちなみに、彼らの描いた図が、ナプキンの裏に描ける程度のものだったことは、大変示唆に富みます。ナプキンの裏には長い文章をダラダラとは書けません。経営において大切なのは情報量ではないということです。

ファクトや数字からなる膨大な資料よりも、よりよい経営を考える上で必要なのは、ナプキンの裏に描く程度の図。成功のためのメカニズムやモデル、ネットワークといった「勝ちパターン」は、ちょっとした図を描くことで手に入ることがあるのです。

図を描いて経営を考えることのメリット

図を使いながら考えると、思考の「見える化」ができ、論理の抜け漏れが見えてきます。

それに図は、頭の中でイメージしやすく、いつでもどこでも頭の中で引っ張り出してきて、粘ちっこく考えることも可能になります。

また、図を描くと、モノゴトのビッグ・ピクチャー(全体像)や、論理の関係性や、そこに作用するダイナミズムが浮き彫りになります。だから図を「ぐっ」とにらんでいると、現象の裏にある本質や、そこから導き出される未来に気付くこともあります。

もちろん図は、一人で考えるときだけでなく、複数の人と議論する際にも威力を発揮します。みんなでホワイトボードを囲んで議論すれば、議論そのものが「見える化」され、腹落ちする共通認識をつくったり、新しい発想を得ることにもつながります。

さらに図を描くことで、長期的なメリットを享受することもできます。「これはすごくいい図だなぁ」と思ったものを「モジュール化」して手元に蓄積できるからです。そんな図のストックを増やしていけば、新しい問題に直面したときに、アナロジーを働かせることができます。

最近ではビジネスへの影響因子として、社会貢献や環境、コンプライアンス、さらには地政学的な要素などが加わりました。考えなければならないことの増殖は止まりません。

ますます正しい答えが見えにくくなっています。それでもビジネスの世界では、迅速な意思決定を日々していかなければならない。我々はそんな矛盾に直面しています。

それゆえ私は、ますます「図で考える」アプローチが重要になってくると考えています。表層的なことにとらわれず、本質的なメカニズムを見据えないと、根本的な解決策やアイデアに近づくことはできないからです。

(平井 孝志 : 筑波大学大学院ビジネスサイエンス系教授)