経済対策について記者会見する岸田文雄首相(写真・共同通信)

岸田文雄首相は、9月26日の閣議で、物価高を受けた新たな経済対策を10月末をメドにとりまとめるよう指示した。新たな経済対策の裏付けとなる補正予算の編成が必要となる。

補正予算にはどのようなものが盛り込まれるか。

9月27日に開催された新しい資本主義実現会議で岸田首相は、賃上げ税制の減税措置の強化や、蓄電池、電気自動車、半導体など戦略分野の国内投資に対して新たな減税制度を創設することについて、具体的に言及した。

給付は物価上昇を助長しかねない

他方、一部報道で、物価高に伴う家計の負担増を緩和するために、低所得者向けの給付措置を新たな経済対策に盛り込む検討に入ったと報じられたが、松野博一官房長官は28日の記者会見で、そうしたことを検討した事実はないと否定した。

物価上昇の折、低所得者向けであろうがなかろうが、給付を増やせば消費を刺激することになって、物価上昇をあおることになる。それでは、かえって低所得者対策にならない。物価上昇を上回る賃上げが実現してはじめて低所得者の実質所得が増えて、生活水準が高まることになる。

わが国経済において、久しぶりの物価上昇局面であるから、どのように対処すればよいかについて、コンセンサスが形成しきれていない。

物価上昇期において、減税一辺倒や給付増一辺倒の財政政策では、需要を刺激するから、物価上昇を助長してしまい、逆効果になる。

物価上昇期に必要な政策は、物価上昇を緩やかにすることである。そのためには、引き締め的な財政政策を適切に講じることである。他方で、所得格差是正は、物価上昇期においても必要である。

そう考えれば、低所得者に給付を増やすなら、それと合わせて高所得者に増税することとセットで行い、全体としては増税の規模が上回る(ネット増税)措置を講じることで、所得格差を是正するとともに、物価上昇を緩やかにできる。

特に、金融政策で依然として緩和的な政策スタンスを取り続けているならば、そこに財政政策まで緩和的な政策スタンスをとると、物価上昇をますます助長する。ここが、物価下落局面とは正反対なのである。

とはいえ、本稿執筆時点では、低所得者向けの給付措置は検討した事実はないとのことなので、それが今次補正予算に盛り込まれることはないとみられる。

防衛強化&子ども予算の財源はどこから

では、岸田首相自らが発言で触れた賃上げ税制の減税措置の強化や、戦略分野の国内投資に対する新たな減税制度の創設は、今次補正予算に盛り込まれるだろうか。

税制において、年度途中で追加的な減税を行うことは、原則として困難である。税制は、租税法律主義に基づき、事前に議会で法律が議決されて執行される。すでに始まっている年度の初めまでさかのぼって、後から決まった税制措置を適用することはまずない。

特に、増税の場合は、前もって予定されていない負担増を、過去にさかのぼって後出しじゃんけん的に行うのでは、租税法律主義の趣旨に反する。

では、なぜ岸田首相は減税措置に触れたのだろうか。そこには、防衛財源や子ども予算の財源の確保の影がちらつく。

防衛力強化に係る財源確保のための税制措置では、2022年12月に閣議決定された2023年度税制改正大綱で、「法人税額に対し、税率4〜4.5%の新たな付加税を課す」と明記された。

ただし、中小法人に配慮する観点から、課税標準となる法人税額から500万円を控除することとしている。なので、法人税を500万円超払う企業、つまり法人所得が約2155万円以上の企業に対して増税をすることを予定している。全法人(約300万社)のうち6%弱が、その対象となるとみられる。

加えて、子ども予算の財源確保もある。

子ども財源で第二、第三の法人税

2023年6月に閣議決定された「こども未来戦略方針」では、徹底した歳出改革による財源確保と、構造的賃上げと官民連携による投資活性化に先行して取り組んで経済社会の基盤強化を行う中で、「企業を含め社会・経済の参加者全員が連帯し、公平な立場で、広く負担していく新たな枠組み(「支援金制度(仮称)」)を構築することとし、その詳細について年末に結論を出す」と明記された。

「支援金制度(仮称)」とは何か。その説明の冠に、わざわざ「企業を含め」と記されている。

企業に拠出を求めて子ども予算の財源を確保する仕組みとしては、「子ども・子育て拠出金」がすでにある。児童手当の支給や子育て支援のための費用の一部に充てるために事業主から徴収している。従業員の負担はなく、全額が事業主負担である。いわば「第二法人税」ともいえよう。

「支援金制度(仮称)」は、詳細について2023年末までに結論を出すべく、今後議論されるのだが、この子ども・子育て拠出金を想起させる。

こうして見渡すと、防衛財源や子ども財源を確保するために、企業に負担増を今後求めることが予見される。そうなると、経済界からは、「企業に対して今後ただひたすら負担増を求めるだけなのか」との不満や批判が出てこよう。

拙稿「日本をよそに仁義なき保護主義に立ち返る欧米」で触れたように、最近になって政策優遇を受ける欧米企業と対峙する日本企業に、防衛財源や子ども財源の確保のための負担増ばかりを強いることになれば、日本で生産や研究開発をしづらくなりかねない。加えて、コロナ後を見据えて、新たな産業構造に転換していくことも迫られている。

負担増を打ち消す「優遇」で賃上げや投資を促す

そう考えれば、わが国において活発に活動する企業に対しては、政策的な恩恵が得られるようにする必要が出てこよう。

企業の利益は増えているのに賃上げも新たな投資も不熱心な企業には、その利益に課税するなどして今後負担増を求めるが、賃上げや新たな投資に積極的な企業は、負担増を打ち消すような政策優遇が受けられるようにする。こうした政策スタンスが、前掲の岸田首相の発言の背景に見え隠れしている。

もちろん、物価上昇局面で、企業への政策支援を補助金増や減税だけを行えば、物価上昇要因になる。だから、すべての企業ではなく活発に活動する企業にのみ、物価上昇を上回る賃上げにつながる付加価値の増加、それに労働分配を促せるような政策誘導を行うなら、物価上昇の悪影響を和らげられる。

企業への減税だけを行えば、物価上昇を助長するが、防衛財源や子ども財源の確保において今後負担増を求めることとしており、それだけ物価上昇を緩やかにできる。

防衛財源では国債増発を予定していないが、子ども財源ではつなぎ国債の発行を認める方針である。しかし、国債増発を伴う歳出増は、物価上昇を助長する。物価上昇の悪影響を拡大しては子育て世帯のためにならない。

今次補正予算こそ、規模ありきではなく、物価上昇を助長しない適切な政策が実施できるものとすべきである。そのためには、補正予算で国債増発をいかに抑えられるかが焦点となる。

(土居 丈朗 : 慶應義塾大学 経済学部教授)