小売店の店頭に並ぶミネラルウォーター系商品(筆者撮影)

今年の夏は全国的に猛暑日が続いた。スーパーやコンビニなどで清涼飲料水を買う人も多かっただろう。

清涼飲料市場の昨2022年の市場全体は、コロナ禍の外出機会減少の影響も受けたにもかかわらず、2021年比2%増の18億3750万ケース(飲料総研の調査)だった。

近年は「無糖飲料製品」、中でも「水・茶」系商品の構成比が拡大している(全国清涼飲料連合会調べ)。それを裏付けるデータは以下のとおりだ。

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売り上げ首位は「サントリー天然水」

清涼飲料市場の最新のブランド別販売ランキング首位は、サントリー天然水(2020年に商品名を統一)となっている。同調査では5年連続首位に君臨するが、2005年時点では15位だった。

2022年は、ベスト10のうち6ブランドを水系と茶系で占めた。茶系は緑茶から紅茶、抹茶まで幅広い。ちなみに2005年のランキングではベスト10に水系ブランドは入っていなかった。



なぜ、20年弱でここまで水系商品が拡大したのだろうか。

その理由について、サントリー天然水のブランドマネージャー、サントリー食品インターナショナルの平岡雅文課長は以下のように語る。

「水を買って飲む行為が浸透したからといえます。ミネラルウォーター市場は年々拡大しており、他の飲料に比べて温度が変わっても味の変化がないという特徴があります。今年1〜7月までの飲料総市場は、価格改定の影響もあり、前年比2%減ですが、同時期のサントリー天然水の販売は前年比5%増と好調に推移しています。

ただ、ミネラルウォーターは携帯用のペットボトル(多くは500ミリリットル)と2リットルの大容量では消費者意識が少し異なり、最近は大容量より小容量が伸びています。

携帯用ペットボトルでは、消費者はなじみがあるブランドを選ぶ傾向にあり、若い年代ほどミネラルウォーターは身近です。当社が2022年に実施した調査では、最初にミネラルウォーターを飲んだ理由として“家にあった・家族が飲んでいた”と答えた人は20代では62.1%、40代では28.7%でした」

水→炭酸水→果実飲料とフレーバーに広がり

サントリー天然水の認知度向上の背景には、フレーバーの広がりもあるようだ。

サントリーが「サントリー天然水」を発売したのが1991年。2013年に炭酸水(商品名:サントリー南アルプスの天然水 スパークリング)、2014年にフレーバーウォーター(同:サントリー南アルプスの天然水&朝摘みオレンジ)を投入した。

さらに2022年5月に天然水ブランド初の果実飲料として、「サントリー天然水 きりっと果実」を発売。2023年4月には、1日不足分の食物繊維を補給できる「サントリー天然水 ファイバー8000」も発売した。天然水ブランドの売り上げの大半はミネラルウォーターだが、こうしたプラスアルファ要素への挑戦がブランド価値向上に寄与しているのは間違いない。

企業現場では「ブランドは人格を持つ」ともいわれる。その視点でいえば、“真面目だった人(天然水)が弾けて(炭酸水)色がついた(果実飲料)”という流れになる。

前出の平岡氏は、「天然水ブランドの性格上、採水地の環境保全に取り組むなど真面目に思われていた一面もあります。それは大切にしつつ、本体以外の商品では新しい提案をしてきました」と好調理由を分析する。

大容量の水を常備する家庭が増えた

ところで、今では2リットルの大容量の水(ミネラルウォーター)を常備する家庭も多い。1989(平成元)年と2022(令和4)年の数量を比較すると約40倍になっている。

1989年

11万7279キロリットル(国内生産10万1000キロリットル/輸入1万6279キロリットル)

2022年

471万0961キロリットル(国内生産446万1325キロリットル/輸入24万9636キロリットル)

(日本ミネラルウォーター協会調べ/輸入資料は財務省関税局 日本貿易統計)

さらに1人当たりの消費量もこの十数年で増えた。これには大災害も影響している。

「2011年に東日本大震災が起きてから、ミネラルウォーターの市場は一気に拡大しました。被災地以外でも備蓄意識が高まったのです。水は常備すべきライフラインと認知され、買ってもすぐ飲まないで保管する家庭が増えました」(平岡氏)

それ以前から増加していた市場だが、震災後に被災者が水の配給に並ぶ姿が報道され、水を常備する人も増えたのだろう。日本ミネラルウォーター協会の同調査では、震災前の2010年の約252万キロリットルが、2011年には約317万キロリットルとなり、2018年に400万キロリットルを超えた。近年も地震や台風、大雨が相次ぐ。平岡氏は「2020年からのコロナ禍もそうですが、社会不安になると2リットルの水が売れる傾向にあります」と話す。

もちろん常備用の2リットルの水も、最終的には消費される。そのまま飲む以外に炊飯や調理、コーヒー抽出に使う人もいる。消費の拡大により参入企業が増え、昔に比べて販売価格が下がったのも大きい。

最近は各メーカーが価格改定(値上げ)しているが、筆者が都内のスーパー(複数店)で2リットルの水の販売価格を調べたところ、特売時には1本100円を割る商品もあった。まとめ買いが好まれる通販サイトでも1本当たり百数十円というケースが多かった。

市場の急拡大を牽引するのは国内ブランドだ。かつては「ボルヴィック」や「エビアン」といった海外輸入ものが人気で、そのファッション性も支持された。前掛けホルダーに輸入水を入れて、街や観光地を散策する人もいた。1995年にはシェア30.5%に達していた輸入水だが、2022年は5.3%にまで低下。一時代を担ったボルヴィックは2020年末で国内販売を終えた。

一方、国産で最初に人気となったのは「六甲のおいしい水」(1983年にハウス食品から発売)だ。ピーク時は小売店の目立つ場所に多数置かれていた。その後、アサヒ飲料にブランド譲渡され、現在は「アサヒ おいしい水」シリーズのラインナップとして販売されている。

食の欧米化、濃い味が多くなった

平岡氏は「あくまで仮説」と前置きして、「ミネラルウォーターの需要拡大には食の欧米化、濃い味人気も大きいのでは」と指摘する。水分の多いコメの消費量が減ってパン食が増え、料理の濃い味や激辛人気などもあり、「ごくごく飲める水が支持された」という意見だ。

この話を聞いて、かつてスポーツ科学の専門家である小林寛道東大教授(現名誉教授。『運動神経の科学 誰でも足は速くなる』著者)から「もともと日本人の身体には、欧米人に比べてウォーターリザーブ(体内の貯水量)があります」と言われたことを思い出した。「日本食である米飯や味噌汁、そばやうどんなどの麺類も水を使うので水分量が多い食事を摂取してきた。欧米人の食事はドライフードが多い」との指摘だった。

ただし水分補給なら、品質が高まっている水道水でも事足りる。「コロナ禍では、在宅時間が長くなった結果、家庭の水道水からつくる飲料に市販の清涼飲料需要の一部が流れた」とも聞く。

この点に関して平岡氏は、「機能性の観点では水道水を沸かしたり、そのまま飲むのもいいと思います。一方、情緒の面ではストレス社会で緊張感を強いられると、ミネラルウォーターを口にして落ち着く一面もあると感じます。メーカー視点では『水としてのおいしさ』や『安全・安心な水』という機能的価値と、『天然水』という言葉が持つ情緒的価値を高めてきました」と言う。

1991年の発売時は「サントリー 南アルプスの天然水」という商品名だった。今では競合メーカーも使う“天然水”という言葉をいち早く用い、水源地の保全をしつつ自然豊かな世界観を30年以上伝え続けてきた。それが支持されて競合との差別化を生んだようだ。

(高井 尚之 : 経済ジャーナリスト、経営コンサルタント)