金融機関の店頭には外貨建て保険のパンフレットが並ぶ(記者撮影)

乱売の果てに金融機関への行政処分にまで発展した仕組み債。一息つく間もなく、金融庁の関心は早くも「次」の金融商品へと移っている。

「リスク性金融商品の販売に関し、(中略)対話を実施していく」。8月29日、金融庁が公表した2023事務年度金融行政方針にこんな一文が盛り込まれた。念頭にあるのは前年度に問題になった仕組み債に加えて「外貨建て保険」だ。

外貨建て保険とは、その名の通り支払った保険料を米ドル債などの外貨で運用する商品だ。保険と銘打つものの、保険各社のパンフレットでは利回りの高さから資産運用としての機能や、保険金の一部に相続税がかからないことから相続対策にも効果的であることが強調されている。

外貨建て保険は主力の販売チャネルである銀行窓口を中心に、2022年入って急速に販売額を伸ばした。銀行関係者によれば、2023年もよく売れているという。海外金利が上昇し投資妙味が増しただけでなく、仕組み債の販売自粛を受けて外貨建て保険に軸足を移した銀行側の事情も見え隠れする。


1粒で3度美味しい?

保障だけでなく資産運用や相続対策にも有効と、1粒で3度美味しいように映る外貨建て保険。だが、金融庁の幹部は「本当に顧客のニーズに沿って販売されているのか、疑わしい」と眉をひそめる。保障・運用・相続のいずれをとっても、商品性の説明が十分でなかったり、顧客の意図と異なる目的で勧誘を行ったりする銀行の姿勢が問題視されている。

まずは保障だ。金融庁が注視しているのは「目標到達型」と呼ばれる外貨建て保険。払い込んだ保険料を元手に米ドル債などで運用し、資産が目標額まで増えた段階で円建ての保険に移行。運用益を確保しながら保障を継続させるものだ。

ところが、金融庁の調べによれば、一部の銀行では目標額を達成した段階で保険を解約し、別の保険に乗り換えさせていた。ある銀行で販売された外貨建て保険商品の場合、4分の1が中途解約されていたケースがあった。目標に到達した段階で解約すると、保障という当初の目的が果たされないうえ、別の保険に再加入すれば手数料が余分にかかる。

運用にも問題がある。外貨建て保険は円貨と比べた利回りの高さをうたう反面、円高に振れた場合に受け取れる円が減る為替リスクをはらんでいる。潜在リスクの説明もそこそこに、表面上の高金利ばかりが強調されている。


外貨建て保険のパンフレットでは高金利が強調されている(記者撮影)

最後は相続だ。外貨建てを含む死亡保険金には相続税の非課税枠がある。一般には法定相続人数1人あたり500万円が限度だが、相続目的で外貨建て保険を購入する顧客に対して、非課税枠を大幅に上回る保険金を設定する銀行が存在した。

1つの商品で複数の機能をになえる外貨建て保険だが、見方を変えれば器用貧乏とも言える。販売手数料や為替手数料を考慮すれば、運用目的の投信と保障目的の生命保険を別個に契約したほうが安上がりという見方もある。金融庁は顧客に対して商品性の説明が十分か、外貨建て保険が本当に顧客のニーズに沿っているのか、銀行の販売体制を点検する方針だ。

金融庁と銀行の間で温度差

監視を強める金融庁とは対照的に、当の銀行業界からは仕組み債ほど警戒する声が聞こえてこない。仕組み債は顧客に大きな損失が発生した一方、外貨建て保険は「今買っている顧客は、よほど円高に触れない限り損をすることはない」(外貨建て保険を販売する地方銀行幹部)ためだ。

だが、金融庁の懸念は外貨建て保険の商品性というよりも、手数料目当てに本来必要でない顧客にまで営業をしていないかという販売体制にある。現時点で顧客が大きな損失を被っていないからといって、お咎めなしというわけではなさそうだ。

外貨建て保険の販売姿勢に対して、金融庁はかねて警鐘を鳴らしてきた。2016年9月に公表された「金融レポート」においては、商品性の複雑さや手数料率の高さがすでに指摘されている。

当時は相続税法改正による相続税対策需要の拡大や、マイナス金利の導入によって円建ての運用では利回りが確保しにくくなったことで、外貨建ての需要が高まった。一方で、不十分な商品説明が原因でトラブルも急増。消費者相談センターへの苦情件数は2018年度に538件と、2014年度から3倍以上に膨らんだ。

2019年12月、金融庁は販売額の多い地方銀行を中心にモニタリングを実施した。すると、手数料の高い外貨建て保険の販売に高いインセンティブを与える事例が確認された。「顧客の最善の利益となるリスク性金融商品の販売を行える態勢となっているか、改めて確認いただきたい」。翌2020年2月、金融庁は業界団体との意見交換会でクギを刺した。

コロナ禍で生じた間隙

さらなる実態把握に努めようとした矢先に発生したのがコロナ禍だ。中小企業の資金繰り支援など火急の案件に追われ、外貨建て保険の問題はひとまず棚上げされた。コロナ禍対応が峠を越えたことから積み残された課題に着手し、2022年度に仕組み債、2023年度に外貨建て保険がやり玉に挙がったというわけだ。

コロナ禍前に金融庁が発した警告とは裏腹に、銀行の販売体制に目立った改善は見られない。2023年6月に金融庁が公表したレポートでは、販売した保険のほとんどが外貨建てだったり、円建てと比べて4倍もの業績評価を外貨建てに設定したりする銀行の存在が明らかにされた。

「(顧客のニーズよりも)売りやすいからという理由で販売していないか。経営陣が実態をどこまで把握しているのか、しっかり調べていきたい」。別の金融庁幹部は話す。顧客本位をないがしろにした金融機関が支払うツケは、仕組み債だけでは終わらないようだ。

(一井 純 : 東洋経済 記者)