今の子どもたちはテンションが上がれば「ヤバい」、下がれば「キモい」の言葉で片づけてしまい、感情を言語化するのが苦手だといいます(写真:Komaer/PIXTA)

友だちとケンカしたのは「ウザいから」――。

理由がはっきりしないままトラブルになる子どもたちの例が増えている。「ヤバい」「ウザい」といった言葉を言いかえながら語彙を増やす児童書『マンガで笑って、言葉の達人!超こども言いかえ図鑑』の著者のひとりである小川晶子氏が、『犯罪心理学者が教える子どもを呪う言葉・救う言葉』や『犯罪心理学者は見た危ない子育て』などの著作を持つ、犯罪心理学者の出口保行氏に、子どもの言葉に関するトラブルや家庭でできることを聞いた。

感情を言語化できず、トラブルに

小川:犯罪心理学者であり、教育に携わっていらっしゃる出口先生に、子どもの語彙力の問題についてお伺いしたいと思っていました。『超こども言いかえ図鑑』を作るきっかけとなったのは、多くの小中学生の保護者の方から子どもの語彙力を心配する声を聞いたことです。

たとえば、今の子どもたちはテンションが上がれば「ヤバい」、下がれば「キモい」の言葉で片づけてしまい、感情を言語化するのが苦手だという話を聞きました。そうすると、トラブルになりやすいんです。


(写真:伊藤孝一)

ある児童館で小学4年生の男の子たちが遊んでいたところ、一人の子がイライラした様子で周りにあたってしまい、周りの子もイライラしてケンカになりそうでした。様子を見ていた先生が、最初にイライラしていた子に声をかけて「どうしたの」と聞くと「ウザいから」としか言わない。

でも、この先生は丁寧に話を聞き、明日の遠足が楽しみでソワソワしていたのが「ウザい」という表現になってしまったことがわかったそうです。「ソワソワしているということだと思うよ」と伝えると、その子は落ち着きました。

このケースはたまたま近くにいた大人が丁寧に気持ちを言語化する手伝いをしたからトラブルになりませんでしたが、本人たちもよくわからないトラブルというのは実はよくあるんじゃないでしょうか。

出口:ありますよね。今は語彙が少なく、感情や状況を的確な言葉で表現するのが難しい子が多いと感じています。トラブルの中には、語彙力の低さが根幹にあるケースは多いだろうと思います。

語彙が少ない背景の一つには、「ヤバい」などの便利な言葉に頼りすぎて、きちんと表現してきていないことがあるでしょうね。ポジティブなこともネガティブなことも一つの言葉で表現してばかりでは、意味を咀嚼しようがありません。


(写真:伊藤孝一)

ちゃんとした言葉で言うとどうなるのか、言いかえてみるとどんな表現になるのか。大人は、子どもたちに知らせる必要があります。言葉は、知らなければ使いようがないわけですから、まずは知ることです。

少年院では、本をたくさん読ませるようにしています。言葉を適切に使えないと、社会復帰してからも苦労することになりますから。それから、表現させることです。言葉を使って、感情や状況を説明できるように練習します。

言葉を引き出すには、まず受け入れること

小川:『犯罪心理学者は見た危ない子育て』には、出口先生が心理分析をした非行少年たちの事例が載っています。非行少年たちに質問しても、なかなか言葉が出てこないこともあるのではないかと思うのですが、出口先生のような心理職の方や、少年院の先生方はどうやって言葉を引き出していらっしゃるのですか?


出口:非行少年たちの多くは、感情を言葉で表現するのが苦手です。言葉より先に手や足が出てしまうんです。感情を適切なかたちで吐露させることが非常に重要です。

面接では、その子が言うことを肯定し、「こういうことかな?」と言いかえながら適切な言葉を探していきます。「ムカつく」とか「死ね」といった言葉も、「そう思ったんだね」と受け入れながら聞きます。「そんなことを言っちゃダメ」とは絶対に言いません。どんなに要領を得なくても「あなたの言うことは意味がわからない」なんて言ってしまったらおしまいです。

小川:出口先生は、否定から入るのではなく、受け入れることが大事だと常におっしゃっていますよね。問題行動があったとしても、頭ごなしに否定しては本人は言い訳をするか反省するフリをするだけで内省が深まらない。「あなたはそう思ったんだね」と肯定しながら聞いてくれる人がいることで、自ら気づき、前に進むことができるようになるわけですよね。

『超こども言いかえ図鑑』には、「ヤバい」や「マジで」が口癖の語彙の少ないキャラクターが出てきますが、彼らを否定しないことは最初に決めていました。それぞれの言葉づかいを認めながら、語彙を増やしていけたらいいなと思ったんです。

出口:認めることは非常に大事です。大人も子どもも、否定されて嬉しい人なんていないでしょう? 肯定されている、受け入れられていると感じるから、自分で問題解決に向かおうとすることができるんです。

でも、あまり肯定された経験のない子が多いのではないでしょうか。今の時代、「公園でこの遊びをしちゃダメ」「スマホやタブレットでこういうことをしてはダメ」などなど、制限されることが多いですよね。子どもにとっては大変なことが多いのに、失敗すると否定されます。制限に抵触しなければ何も言われないですむけれど、なかなか褒められることがありません。


(写真:伊藤孝一)

本当は、ちょっとしたことでどんどん褒めていいはずなんですが、今の親世代もあまり褒められてきていないんでしょうね。否定するか、何も言わないかが基本で、なかなか褒めない社会のように感じます。褒め言葉を素直に受け取ることができない子は多いですよ。

小川:確かに……。褒められたときに反応できず無視したり、「そんなわけがない」と言ってあやしむような態度をとる子たちをよく見かけます。

出口:もっと肯定することが必要だと思います。犯罪者や非行少年の心理分析をする際、相手は疑心暗鬼のカタマリだったりしますから、「どうせ悪いヤツだと思っているんだろ」という態度です。「本当にちゃんと話を聞いてくれるんだ」とわかってもらえるまで時間がかかりますよ。

うまく言葉が出てこない子の話を、否定せずに丁寧に聞き取るのは根気がいります。時間がかかります。それでも、面倒がらずに聞いて引き出していくことが大事です。

辛口コメントが面白いのは、文脈や関係性があるから

小川:小中学生の保護者500名に「子どもの気になる言葉」について自由記述式でアンケート調査を行ったところ、トップ10はこうでした。1位「ヤバい」2位「ウザい」3位「ガチで」「キモい・きしょい」(同数)5位「死ね」6位「草」7位「マジで」8位「おまえ」「うっせーわ」(同数)10位「それな」。


(小中学生「子どもの気になる言葉」トップ10)

出口:学生たちも使っているのでよくわかります。こういった流行語がポジティブなものだったら別に問題にならないですが、ネガティブだから気になります。「ガチでキモい」「おまえマジでうっせーわ」というように、組み合わせてネガティブ度が増していきますから、ネガティブの二乗、三乗ですよね。会話の中にこれがいくつも出てくれば、否定だらけになります。聞いている側がポジティブになれるかといったら、そんなはずはないでしょう。

小川:なぜ、こういった言葉を言いたくなるんでしょうね。

出口:私も以前から疑問に思っているところです。私はバラエティ番組にもよく呼んでいただき、人気MCの方と共演することも多いのですが、上手な方はポジティブな言葉の幅がとても大きいと感じています。毒舌、辛口という評判の方も、ここぞのときにネガティブな言い方をして面白くしているだけであって、普段は圧倒的にポジティブな言葉を使っています。楽屋に一緒にいるときに毒を吐くことなんてゼロですよ。ポジティブな言葉を100言って信頼関係を作っているから、1の毒が面白くなるんです。


(写真:伊藤孝一)

小川:アンケート調査の中には、テレビでウザい、キモいといった言葉を言う芸人さんがウケていたのを見て、子どもがマネして言っているというコメントもありました。単純にその言葉がウケているのではなく、文脈や関係性があるわけですよね。そこがあまり注目されていないのかもしれません。

短所は長所に言いかえられる

小川:『犯罪心理学者が教える子どもを呪う言葉・救う言葉』の中に、人気MCを引き合いに出しながらダメ出し&フォローが個性を伸ばすという話がありました。辛口なダメ出しをしても、そのあとにすかさずフォローすることで出演者の良さが出るんですよね。きっと信頼関係もできているのでしょう。だから見ているほうも楽しいのです。ダメ出しだけで終わっていたら、そのMCも人気が出ないに違いありません。


「ダメ出し&フォロー」の話は、ついつい子どもに否定的な言葉を言ってしまう保護者にとっても救いのある話です。「本当に飽きっぽいよね! まともに続いた試しがないんだから」と言ってしまったあと、「でも、そうやって次々に興味を持って、チャレンジしてみるのはすごいところだよね」とフォローできれば、その子の個性を伸ばすことにもつながります。

出口:短所を長所に言いかえることができるのって、素晴らしいスキルなんです。これは何も特別な能力というわけではなく、トレーニングすれば誰でもできること。実際、短所と長所は表裏一体ですからね。「協調性がない」のは「自分を持っている」と言えるかもしれないし、「臆病」は「想像力豊かでリスクを考えられる」のかもしれません。少年院の先生は、短所を長所に言いかえるのがものすごく上手です。言いかえができると、子育てはとてもラクになるはずです。

小川:おっしゃる通りですね。ポジティブな面に目を向けて、言葉にできるようになりたいと思います。

(小川 晶子 : ブックライター、絵本講師)
(出口 保行 : 犯罪心理学者)