9月12日に開催されたアップルの新製品発表イベントの様子。発表された製品の詳細から垣間見えた、アップルのしたたかな長期戦略とは(写真:Bloomberg)

王者ならではの、隙のない戦略が透けて見える発表会だった。

アップルは9月12日(現地時間)、アメリカ・カリフォルニア州クパチーノにある本社で最新のiPhoneおよびApple Watchの発表を行った。

お披露目されたiPhone 15、iPhone 15 Proシリーズ、Apple Watch Series 9、Apple Watch Ultra 2は、いずれも実に堅実な機能アップデートが目立つが、それぞれ直近モデルからの変化は必ずしも大きくは感じられないかもしれない。

しかし、今回の発表から最も強く感じられたのが、“顧客との長期にわたる信頼関係”を重視した製品戦略だ。戦略的に消費者との長期にわたる信頼関係を築く姿勢は、圧倒的な売り上げ規模と投資でライバルを引き離すアップルの競争力の源泉ともなっている。

iPhone 15はiPhone 14 Proとほぼ同じ

多くの人にとって”ちょうどいい”選択肢となるだろうiPhone 15は、2022年に好評を博したiPhone 14 Proシリーズをほぼそのまま、購入しやすい価格帯にした製品だ。ディスプレイの質、メインカメラの機能なども同等に高められ、まったく同じSoC(システム・チップ)を採用する。


お披露目されたiPhone 15シリーズ(写真:Apple)

最も大きな違いは、待機時にも情報を表示する常時表示モードに対応しない点と、3倍モードの望遠カメラを搭載しないこと、従来のLightningに替えてUSB Type C端子を採用したことだ(USBの転送速度は従来と同じ)。

2022年の年末商戦ではiPhone 14 Proと14 Pro Maxがグローバルのベストセラー製品となったが、2023年はiPhone 15が販売の中心となると予想される。

一方のiPhone 15 Pro、15 Pro Maxは、システム全体が次世代仕様に底上げされている。

最高級グレードのチタン合金とアルミフレームの複合素材を搭載し、TSMCの3ナノメートルプロセスを採用した初の大規模SoC「A17 Pro」を搭載。さらにPro Maxモデルのみ、4回も光路を屈折させる特殊なプリズムを用いることで、薄さを維持したまま120mm相当の望遠レンズを実現した。


iPhone 15 Proシリーズはシステム全体が次世代型にアップデートされている(写真:Apple)

すべての構成要素が業界トップの品質を持つだが、基本的なスマートフォンとしての体験価値にさほど大きな違いはないだろう。しかしこれからの数年、さらに進化していくための基礎となるような設計が随所にみられる。

例えばA17 Proに搭載される新しいUSBコントローラは、iPhone 15とは異なり、従来の20倍の速度でデータ転送が可能だ。

高性能化されたGPU(画像処理半導体)は新たなゲーム機としての可能性を示唆していたが、むしろ戦略上は、推論処理を行う「Neural Engine」の性能が2倍高速化された点が重要だ。この回路は被写体を自動認識したり、音声認識や文字認識などの自然言語処理精度を高めたりする効果があり、長期的にiOSをアップデートする中でその本領が発揮される。

コスト上昇も予想される中、ドルベースでは従来製品と同じ価格を維持したが、システムとしては将来性をよく吟味したアップデートを施していることがわかる。

カメラ機能の向上で愛好家にも訴求

2007年のiPhone発売とともに始まった、スマートフォンによる破壊的イノベーション。iPhoneは、大型画面モデルを追加した 6/6sシリーズが主役だった2015年に売上高が急伸した後、伸び悩みに直面した。

それが再び急伸し始めたのは、iPhone 12/12 Proシリーズが主役となった2021年以降だ。iPhone 11 Proで導入し始めた「コンピュテーショナルフォトグラフィー」(演算能力による写真技術)の効果がシリーズ全体に行き渡り、機構デザインも最新のものに置き換わったのが、このタイミングである。


今回のiPhone 15 Proは、いよいよ本格的なカメラ愛好家に向けて、コンピュテーショナルフォトグラフィーというコンセプトを問う仕様になっている。

120mm望遠レンズを搭載するiPhone 15 Pro Maxは、15 Proの最低容量の2倍に相当する256GB以上のモデルのみ、価格も18万9800円からと高額だ。日本での販売の中心はiPhone 15シリーズになるだろうが、積極的に新しいiPhoneを選ぶ消費者は、このモデルに魅力を感じるだろう。

カメラ機能が期待通りの完成度であれば、iPhone XSシリーズはもちろん、iPhone 11/11 Pro世代以前のモデルからの買い替えも期待できる。

iPhoneはアップルの全社売上高の半分以上を稼ぎだす重要な製品だ。廉価モデルのiPhone SEシリーズの需要が一巡したこともあり、年末商戦を過ぎても安定的にiPhone 15(あるいはさらに低価格の領域ではiPhone 14)が売れて、同社の売り上げを支えるはずだ。


しかし、さらに長い時間軸でアップルの戦略を俯瞰すると、また違った景色が見えてくる。

すでに必要な人の多くに行き渡っているスマートフォンの市場は、もはや大きな成長が望めない。iPhoneのカメラ機能などを磨き上げることで買い替えや他社からの乗り換えを誘導してきたアップルも、いずれはその限界に行き当たる。

この成熟市場におけるアップルの本当の強さは、“陳腐化しない製品開発”を行ってきた点に尽きると言えるだろう。

ワンストップ体制がなせる長期戦略

”iPhone対Android”、”アップル対グーグル”といった視点で比較されることもあるが、ハードウェアメーカーとして捉えると、アップルはそうした対比からは計り知ることのできない圧倒的なポジションを確立している。

カウンターポイント・テクノロジー・マーケット・リサーチが発表した2022年の世界市場におけるスマートフォン端末シェアでは、売り上げトップ10のうち、8機種がiPhoneシリーズだった。

これは業界第2位であるサムスンの実力が低いから、というわけではない。サムスンの場合、スマートフォンを構成する重要な要素のうち、OS(グーグルのAndroid)の長期戦略を自分たち自身では描けず、将来の買い替え時までを含めた戦略を練ることが困難なためだ。

一方のアップルは、OSを含めてiPhoneに関わるあらゆる要素を自社で投資し、長期的な視野で開発を進めている。

たとえば推論処理を行うNeural Engineを活用した機能をiPhoneに次々と追加。動画・静止画内のテキストを自動認識する、写真内の被写体を自動的に切り抜く、といったものだ。今回も自動ポートレートや動物の認識、オーナーの声の認識など、数えきれないほど新たな要素が加わった。

これらは単なる機能の追加にとどまらず、製品の性能が毎年向上することで、より高精度、言い換えればより高い体験の質の提供につなげられる。

A17 ProのNeural Engineは2倍の性能とアナウンスされているが、これは2倍の速度として体感できるものではない。しかし音声認識や文字認識の正確性、切り抜きや被写体認識の精度などは、端末を使いこなすうえでの心地よさに直結し、世代を重ねた時にその違いを実感できるものだ。

消費者は毎年のようにアップデートされるiOSの機能を享受し続けた結果、買い替えの時期には、すでに使いこなしている機能も含めて”より心地よく高精度”となっている。そうして顧客との長期的なエンゲージメントを高めているわけだ。

前述の推論機能を活かすためのNeural Engineの性能が大幅に向上した時期を振り返ると、iPhone XS世代に搭載されたA12 Bionicにまで遡る。それ以降、iPhone SEを含めて推論処理を行うエンジンを活かせる環境が整えられているのは、SoCからOS、アプリ開発者サポートまでをアップルがワンストップで提供しているからにほかならない。

異例なほど安定した中古端末市場を形成

ハードウェアのベースラインを引き上げ、Neural Engineを活かしたOS機能、アプリの充実を図ることは、買い替え時のユーザー離脱防止につながる。さらに旧モデルを安価に提供してより幅広い層に製品を届けるなど、成熟市場の中で新たなiPhoneユーザーを獲得する間口を広げる施策も展開している。

アップルはiOSを5世代前のハードウェアにまで提供しているため、ちょうどiPhone XSまではiPhone 15に搭載されるiOS 17を導入することができる。とはいえ、やはり古さは感じるだろう。そのときにユーザーが次もiPhoneを選ぶよう、製品価値を長期間感じる”長寿命化”に取り組んでいるとも言える。

こうした陳腐化しないプラットフォームづくりにより、デジタル製品としては異例なほど安定した中古端末市場が形成されている。アップル自身も下取りサービスによる買い替え支援を行っているが、市井を見渡せばすでにiPhoneの中古市場が大きく拡大していることが確認できるだろう。

高値で安定した中古端末の相場は、最新端末に興味を持つアーリーアダプターたちに対し、最新機種への買い替えを促す効果を狙うこともできる。

こうしたアップルのしたたかな戦略は、製品ジャンルを超えて提供されている。

今回発表された新しいApple Watchには、初めてNeural Engineが搭載され、iPhoneで育て上げてきた音声認識を高める仕組みがApple Watchでも利用可能となった。


またiPhoneで開発した独自の半導体技術は、iPad、Macといった製品の価値も高め、それらアップル製品をまとめ上げるクラウドストレージ、映像・音楽・ゲーム配信など、他の事業における収益性も高めている。中でもサービス部門の売り上げの伸びは顕著だ。

「カーボンニュートラル」も価値を補強

iPhoneはアップルにとって”金のなる木”であり、成熟市場にあっても、さらなる成長を狙える位置にまできた。

アップルはiPhone 8を発売した際に「iPhoneは10年で製品として完成した」とし、新しい進化の基盤としてiPhone Xを同時発表した。

それから数えて、iPhone 15は7世代目に相当する。10世代を1つの区切りとするなら、次の成長、進化の足がかりは、3世代後までに作り上げる必要がある。

今回の発表会では、2030年の達成を掲げる「カーボンニュートラル」への取り組みに関する説明も行われた。Apple Watch単体ではカーボンニュートラルを実現し、それ以外のプロジェクトも着々と目標達成に向けて進んでいる。これらはブランドとしてのアップルの価値を補強するものになっていくだろう。

6月に発表したApple Vision Proが収益に貢献するまでには、まだ長い道のりが残されている。まったく新しいコンセプトでありながらも、iPhoneの強みを活かせる分野でもある。アップルの強さは、まだまだ弱まりそうにない。

(本田 雅一 : ITジャーナリスト)