恒大集団の破綻は中国経済の苦境を象徴している(写真:Featurechina/アフロ)

中国の不動産大手・恒大集団が先月、事実上破綻しました。中国では、碧桂園など他の不動産会社も苦境に陥っています。中国の不動産部門はGDPの25%以上を占めており、今後の動向が注目されます。

不動産だけではなく、いま中国経済が急失速しています。第2四半期の前期比成長率は0.8%と低水準でした。若年層の失業率は20%に達しています。

日本と関係が深い中国の経済失速は、日本に大きな影響を及ぼします。今回は、中国の経済失速が日本に及ぼす影響について考えてみましょう。

緩やかな下り坂か、急な下り坂か

消費・物価・雇用など多くの面で失速している現在の中国経済。多くの専門家が「中国はバランスシート不況の入り口にある」と指摘しています。バランスシート不況とは、企業や家計が過剰債務の返済を優先させ、借り入れや支出を手控える状態です。

アメリカのバイデン大統領は先月、中国の雇用環境悪化や高齢化、成長率低下などを指摘したうえで、「中国は時限爆弾だ」としました。バイデン大統領だけでなく、バランスシート不況が中国全体に広がり、一気に経済が崩壊してしまうという悲観論が急速に広がっています。

一方、今後の中国経済を楽観する見方もあります。今のところ危機的な状態なのは不動産や関連産業に限られており、1990年代後半の日本のように国全体がバランスシート不況に陥っているわけではありません。中国政府は、消費などの低迷を一時的なものだとしています。

中国では、習近平国家主席に権力が集中しており、コロナ対策に見るように、思い切った対策を迅速に打つことができます。今回の経済失速についても、政府が適切に対応し、大事に至らずに済むかもしれません。

ただし、中国では、日本を上回るハイペースで少子高齢化が進んでいます。住宅購入の中心である25〜34歳の人口は2010年代後半にすでにピークを迎え、2022年から総人口も減少に転じました。今後は、社会保障の負担が家計にのしかかります。中国経済の失速は一過性の現象ではなく、数十年にわたって続くトレンドです。

つまり、今後の中国経済は、緩やかな下り坂か、バイデン大統領が言うような急な下り坂かという角度の違いだけで、かなり見通しが暗いことは間違いないでしょう。

日本経済にも大打撃

こうした中国経済の苦境について、日本のマスメディアでは「中国は厳しい状況のようだ」「日本化が進んでいる」と距離を置いた報道・論評が目立ちます。SNSやネット掲示板では、「中国は調子に乗っていたが、いい気味だ」「反日にうつつを抜かしている場合じゃないだろ」といった喝采や嘲笑が溢れています。

しかし、中国経済の失速は、日本にとって決して良いことではありません。日本に2つの大きな危機をもたらす可能性があります。まず、かなり確実な1つ目が、日本経済への打撃です。

日本の中国への輸出額は約18兆円(2021年)で、国別で最大の貿易相手国です。中国経済が失速すれば、自動車・機械などの輸出が減ります。失速が長引けば対中直接投資が減り、投資収益も減るでしょう。

また、訪日外国人数で、中国はコロナ前の2019年に約959万人で国別で最多でした。中国人の所得・雇用環境が悪化すれば訪日する中国人旅行客数が伸び悩み、国内のインバウンド需要を下押しすることになります。

日本では、自動車・機械といった外需型の製造業が現在の主力産業です。インバウンド関連が将来の主力産業だと言われます。中国経済の失速は、日本の現在・将来の主力産業に大きなダメージを与えることになります。

台湾有事のリスクが高まる

さらに、筆者が懸念している2つ目の危機は、台湾有事です。習近平国家主席は、政権3期目のスタートを切った今年3月の全国人民代表大会(全人代)で、台湾統一の目標を内外に宣言しました。昨今の経済失速によって、中国が台湾に軍事侵攻する可能性が高まります。

多くの人は、「国力が下がり、若い兵隊の数も減っていく状況で、軍事侵攻なんて無理でしょ」「少なくとも当面は、経済対策に手一杯では?」と思うかもしれません。しかし、経済失速で台湾有事のリスクが小さくなるというのは希望的観測にすぎず、逆にリスクが大きくなると筆者は考えます。

行動経済学によると、人間は完全に合理的でも、完全に非合理的でもなく、ある状況の中で限定合理的に行動します。すでに台湾統一という国家の目標が定まっている状況で、また国民の不満がたまってガス抜きが必要な状況で、習近平国家主席が合理的に考えたら、「やるなら国力も若い兵隊も残っている今のうちに」となっても不思議ではありません。

1941年秋の日本の指導者も、アメリカには絶対に勝てないとわかっていながら、対日石油輸出禁止という状況を受けて、「やるならまだ石油が残っている今のうちに」と開戦に踏み切りました。プーチン大統領のウクライナ侵攻も、同じようなロジックでしょう。

戦争は、国家の指導者が正気を失って起こるのではなく、ある状況で合理的に考えるから起こるのです。習近平国家主席が合理的な人間であるなら、中国経済の失速によって台湾有事のリスクはむしろ高まるでしょう。

では、中国の経済失速という巨大な危機に日本はどう対応するべきでしょうか。現在、政府は、台湾有事に備えて防衛力や経済安全保障を強化しています。

ただ、これらは実際に台湾有事が起こった際の対応にすぎません。不要とまでは言いませんが、もっと大切なのは、そもそも習近平国家主席に台湾侵攻を思いとどまらせることです。ここで、日本が早急に取り組みたい2つの対応があります。

1つは、ウクライナへの支援です。ウクライナへの支援を強化し、戦争を早期に終結させ、プーチン大統領の野望を打ち砕くことができれば、習近平国家主席は「武力による台湾統一は極めて困難」と認識することでしょう。

また、習近平国家主席は憲法を改正し、最長で「2期10年」だった国家主席の任期を廃止したうえ、後継者の確定を避けており、終身制を望んでいるようです。ロシアのウクライナ侵攻を終わらせるだけでなく、プーチン大統領を退陣に追い込むことができれば、習近平国家主席は「台湾統一にこだわって国家主席の座を追われたら元も子もない」と考えるでしょう。

日本がウクライナを直接軍事的に支援することはできませんが、資金面の支援やすでに始まっている復興への支援は可能です。また、戦争の長期化で各国のウクライナ支援の結束が緩んだり、インドなど中立的立場の有力国がロシア陣営に加わることがないよう、各国に働きかけることが期待されます。

中国の「日本化」を阻止する取り組みが必要

もう1つは、経済面での対応です。中国がバランスシート不況に陥るのを阻止し、陥ったとしても早期に脱却できるよう、日本としても支援することが必要です。

日本には、バブル崩壊後10年以上かけて多大な代償を払って学んだ、「3つの過剰」(資産・負債・人員)の処理や金融システム安定化のノウハウがあります。政府・日銀や民間金融機関がこうしたノウハウを持つ専門家を中国に派遣するなど、中国の「日本化」を阻止する取り組みを全力で支援するべきです。

日本では、世論やマスメディアだけでなく政府も、中国の経済失速には「対岸の火事」という感じであまり発信がありません。中国経済の失速が日本の危機であることを認識し、早急に対応を進めることを期待しましょう。

(日沖 健 : 経営コンサルタント)