日産自動車のサクラと三菱自動車工業のeKクロス EV(写真:日産自動車/三菱自動車工業)

2022年6月に発売された日産自動車「サクラ」と三菱自動車工業「eKクロス EV」の生産累計台数が、発売から1年後の今年5月末で5万台に達した。その後、7月に日産サクラ単独で5万台の受注台数に達したと日産自動車は発表した。

2010年に発売された日産自動車「リーフ」は現在2世代目となっているが、日産のEV情報サイトによれば、初代からの国内累計販売台数が昨年10月末時点で約16万7000台ということなので、12年間で割り算すると、年間1万4000台ほどになる。販売実績と受注台数とでは統計内容に若干の違いがあるとはいえ、サクラの1年強で5万台という数字は、概算でも3倍増といえる売れ行きとなる。


日産自動車のノートは、2022年度(2022年4月-2023年3月累計)の国内販売で、ノートオーラとあわせて11万3390台を販売。電動車(ハイブリッド車を含む)において販売台数No.1を獲得している(写真:日産自動車)

サクラとeKクロス EVが発売されるまで、日本国内の電気自動車(EV)販売台数は、市場の1パーセントにも満たない状況が続いた。ところが、これら軽自動車のEVが販売されたことによって、EVの市場占有率は数パーセントまで上昇したのである。

なぜサクラ/eKクロス EVはここまで売れたのか?


サクラのスタイリング(写真:日産自動車)

まず、販売価格だ。2009年に三菱自動車工業から軽EV「i-MiEV(アイ・ミーブ)」が法人向けに発売となり、このときの車両価格は450万円であった。補助金を活用しても、ガソリンエンジンの軽自動車の2倍近い値段である。翌2010年に個人向けの販売も開始されたが、この価格では容易に手を出せるEVとはいいがたかった。


三菱自動車工業のeKクロス EV(写真:三菱自動車)

そして現在、補助金制度の恩恵とはいえ、サクラとeKクロス EVに対する国からの55万円の補助金を利用すると、消費者の支払価格は200万円を切り、それはガソリンターボエンジンの軽自動車の値段に近づく。つまり、軽自動車として検討に値する価格設定になったということだ。

さらに東京都の場合、自治体としての補助金も適用されるため、多くの軽自動車利用者が購入する車両価格同等でEVを手に入れることができることになる。

今回の価格設定は、消費者の目をEVへ向ける大きな動機のひとつといえるだろう。

維持費もガソリン車に比べて安価


サクラの充電ポート(写真:日産自動車)

維持費を考えても、昨今のガソリン価格の高値安定の状況からすれば、電気代も原油価格の高止まりで値上げ傾向とはいえ、ガソリン代より安上がりである。

たとえば、日産自動車サクラの1km走行あたりの電気料金は、値上げ後の東京電力管内の最高の電気金額(40.69円/kWh)でも5.04円である。これに対し、全国平均のレギュラーガソリン1リットルあたり175.1円で試算すると、サクラと同格のガソリンエンジン車である「デイズ」でもっとも燃費のよい車種でも、1km走行あたり8.25円かかる。燃料代だけで、ガソリンエンジン車はEVの6割増しになる。


サクラの15インチアルミホイール(写真:日産自動車)

整備代では、定期的なオイル交換がEVなら不要になる。また、減速で回生を活用すればブレーキの減りを抑えられる。フォルクスワーゲンの「ID.4」は、回生効果によってとくに後輪ブレーキの必要性が下がるため、ドイツ車では当然といえるディスクブレーキではなく、昔ながらのドラムブレーキで、交換も見込んでいないというほどだ。

以上のように、EVであれば購入後の維持費が全体的に安くなる可能性がある。

ここまで試算してみると、EVの車両価格が全体的にはまだ高めであるかもしれないが、少なくとも、サクラとeKクロス EVについては、次の買い替え時期にEVにする価値が見えてくるのではないだろうか。


サクラのリヤビュー(写真:日産自動車)

次にEVであることにより、走行性能が格段に向上する。

EVと聞いて誰もが想像するのは、静粛性の向上だ。またエンジンによる振動もない。

軽自動車用ガソリンエンジンは、直列3気筒である場合が多く、そのエンジン音は必ずしも快適ではない。奇数の気筒数による振動もそれなりにある。それらがEVであれば解消される。

モーター駆動は、電気が流れた瞬間に最大の力を発生できる特性があるので、アクセルペダルを軽く踏み込めば十分な発進と加速が得られる。そこからさらにアクセルペダルを踏みこんでいけば、静かに滑らかに、かつ鋭く加速させることができ、高速道路への合流の不安が軽くなる。非力なエンジンを高回転までまわすような騒音を伴う鬱陶しさがEVにはない。

モーターはまた、エンジンの1/100の速さで応答するため、運転者のアクセル操作に素早くこたえ、ゆっくり徐行するときも、急加速させたいときも、自在に速度を調節できる。このことは、たとえば見通しの悪い路地から、表通りの様子を伺いつつ前進するといった場面で、より安全で安心感のある運転をもたらしてくれる。


サクラに搭載されているバッテリー(写真:日産自動車)

さらに、駆動用のバッテリーを床下に搭載することにより、乗り心地は落ち着いた様子となり、低重心にもなるので、ハンドル操作をした際に揺れが少なく、安心して運転することができる。

多くのEV体験者が、軽EVは、軽自動車に乗っている気がしないとも語る。車体寸法は、軽自動車規格にそった制約があるが、乗車感覚はより上級車種に乗っているような快さを覚えさせるのである。

アクセルのワンペダル操作による恩恵

ほかにも利点がある。それがアクセルのワンペダル操作だ。

いわゆるアクセルのワンペダル的な操作を選べば、停車する直前までペダル踏み替えなしに走らせることができる。このワンペダル操作については、賛否両論があるのも事実だ。だが、使いこなせば、これほど運転が楽で、より安全な操作方法はない。ことに、高齢者にとっての安心は高い。


サクラのインテリア(写真:日産自動車)

ワンペダル操作に否定的な人の多くは、アクセルペダルの操作があらく、戻す際にパッと急に右足を戻してしまうので、回生が強く働きすぎてギクシャクした走りにしてしまっている。ワンペダル操作を上手に行うには、踏み込むときも戻すときも、右足の動きをゆっくりするのがコツだ。そうすれば、たとえばカーブの手前で速度を落としたいときも、ペダル踏みかえをせず、ゆっくり右足を戻していけばカーブを曲がるのにちょうどよい速度に調節できる。

万一、突発的な危険が迫ったときは、逆にパッと右足を引いてアクセルを全閉にすれば、グッと強い回生が働き、減速してくれる。同時にブレーキペダルへ踏みかえれば、より手前でクルマを停止させることができるはずだ。

高齢者のペダル踏み間違い事故の多くは、右足を踏み替えたはずなのに、アクセルをもう一度踏み込んでしまったということだろう。エンジン車では、パッとアクセルペダルを戻しても急減速しにくいが、EVなら回生によって急減速し、そこで気持ちも少しは落ち着き、的確にブレーキペダルを踏めるのではないかと私は考えている。緊急事態に直面したとき、自らを振り返る一瞬をもたらすのが、EVでのワンペダル操作だ。

ワンペダル操作は航続距離にも関係する


サクラのサイドビュー(写真:日産自動車)

いずれにしてもこうしてワンペダル操作を身に付けると、日常的に回生を最大限活用できるため、バッテリーへの充電も促進され、それが一充電走行距離の延長にもつながることになる。

このため、カタログ数値上のサクラとeKクロス EVの一充電走行距離は180kmだが、実用状態で200km近く走れる可能性も出てくる。実際、私も日常や取材の足としてサクラに乗っているが、ワンペダル操作を利用すると、実用での平均電力消費量は現在10.2km/kWhなので、車載の20kWhバッテリー充電量から試算すると、204km走れる計算になる。


サクラのフロントマスク(写真:日産自動車)

この一充電での移動距離に、途中での経路充電で1回急速充電すれば、急速充電は満充電の80%ほどまでが基本なので、160kmぶんの充電がなされることになる。結果、出発時の満充電から予測できる204kmを足せば、片道350kmほどの旅行にも、軽EVは使えることになる。そして、目的地の宿に、自宅と同様の普通充電器があれば、翌朝には満充電となり、戻りも同じ様子で帰宅できることになる。

軽EVは、近隣の用足しに向いており、旅には向かないとの評価もあるが、途中で1度急速充電がてら30分の休憩を挟めば、遠出もできるということだ。

一般に、EVの一充電走行距離が500km前後ないと不安だとの声がある。しかし、200km程度でしかない軽EVで、近場も遠出も十分に利用価値があるのである。

バッテリー容量だけで語れない走行可能距離

逆に、一充電走行距離を伸ばそうと車載バッテリー量を増やせば増やすほど、車両価格は高くなり、またバッテリーの増量ぶんほど距離は延長できないのである。車重が重くなったぶん、電力消費率が悪化するからだ。


東洋経済オンライン「自動車最前線」は、自動車にまつわるホットなニュースをタイムリーに配信! 記事一覧はこちら

たとえば、サクラとeKクロス EVは、20kWhのバッテリー容量で180km走れる(WLTCでのカタログ値)が、日産リーフの標準車は2倍の40kWhのバッテリー容量であるにもかかわらず、322kmしか走れず、2倍の360kmには届かない。より一充電走行距離を伸ばしたリーフe+は60kWhのバッテリー容量だが、450kmしか走れず、3倍の540kmには届かないのである。

軽EVのサクラとeKクロス EVは、電力消費効率という合理性においても最適な車種といえる。サクラとeKクロス EVを購入した消費者は、EVの賢い使い手といえるのではないだろうか。

(御堀 直嗣 : モータージャーナリスト)