最先端のテックビジネスとその未来について、中国テックビジネスの専門家成嶋祐介氏(写真左)とIT批評家の尾原和啓氏(写真右)が全3回にわたって語り合う対談2回目(成嶋氏写真:本人提供、尾原氏写真:干川修撮影)

中国をはじめとする世界では、日本人の多くが知らない最先端の技術やビジネスが日々生まれている――『GAFAも学ぶ!最先端のテック企業はいま何をしているのか』には、著者の成嶋祐介氏が実際に世界で見聞してきた、知られざる最先端テック企業の事例が、10のキーワードとともに紹介されています。

同書に「衝撃を受けた」と語るのが、『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』(日経BP)などの書籍で知られるIT批評家の尾原和啓氏。その尾原氏と成嶋氏による「世界のテック企業は社会をどう変えるのか?」をテーマとした対談が実現しました。その内容を、3回にわたってお届けします。2回目の今回は、中国テック企業が着々と進めている「バリュージャーニー革命」とGAFAMとのアプローチの違いについて取り上げます。

テクノロジーが「おもてなし」をする時代がやって来る


成嶋:尾原さんに、ぜひ見ていただきたいものがあります。中国のあるテック企業が作ったARグラスのコンセプトムービーです。

朝起きてから食事、外出、就寝に至るまでの一連の行動を、ARグラスが視線の向きや首の角度などをもとにトラッキングしています。そこからユーザーの行動パターンを予測し、ニーズや期待に最適な提案が自動でグラス上に表示されます。例えば、窓に視線をやると今日の天気が、飼っている猫のほうを向いたらキャットフードの広告が表示される、といった形です。

尾原:これ、面白いですね。グーグルが2014年に発売した「グーグルグラス」のコンセプトデモはAIによる画像認識AIから次の行動をサジェストするものでした。対して、この中国テック企業のARグラスは、ユーザーの行動を座標軸でAIが読み取り、解析しているように見えますね。


中国のあるテック企業が作成したARグラスのコンセプトムービー。着用するだけで様々な提案が表示される。あくまでコンセプトムービーであり、商用化に至っていない技術も含まれる(成嶋氏提供)

成嶋:はい。その結果、ユーザー1人ひとりの行動が最適化され、真のユニバーサルデザインが実現しているといえます。

尾原さんと藤井保文さんの著書『アフターデジタル』(日経BP)では、オンラインが存在しない時代の生き残り方として「バリュージャーニー」を提唱していました。いかによい製品を提供するかにフォーカスした「バリューチェーン」から、ユーザー目線でいかによい体験を提供し続けられるかという「バリュージャーニー」が、これからの競争原理になると。その「バリュージャーニー」を、このARグラスはまさに体現していると思ったんです。

尾原:おっしゃるとおりで、ユーザーが次に求めていること、期待していることをコンシェルジュのように先回りして、「次にやりたいのはこれですよね」「次にそれをやるなら、こうしたほうが便利ですよ」などと先回りしてサジェストしてあげる。いわば、テクノロジーによる「おもてなし」ですね。

「行動」が究極のレビューになる

成嶋:当のユーザー自身も、実は自分が今何を求めているのか、次にどんな行動を選択したらいいのか、よくわかっていないものです。それくらい、人間の意思決定プロセスというものは曖昧で不完全です。だから、家の外を眺めているとき、ペットを見ているときの行動データをARグラスが解析して、自動でそのユーザーに最適な提案をしてくれれば、そのユーザーのストレスも減りますよね。

尾原:つまり、究極のレビューは「行動」なんですね。例えば、歯ブラシをどう使って磨いているのかを説明せよ、と言われると多くの人はうまく説明できない。だけど、歯ブラシの動かし方をARグラスがモニタリングすると、それ自体がレビューになる。結果として、本人も気づいていなかったベストな歯磨きの仕方を簡単に教えてくれ、歯磨きという行動が最適化される。


尾原和啓(おばら かずひろ)/1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート(2回)、ケイ・ラボラトリー(現:KLab、取締役)、コーポレイトディレクション、サイバード、電子金券開発、オプト、Google、楽天(執行役員)の事業企画、投資、新規事業に従事。 経済産業省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザー等を歴任。 現職は14職目。シンガポール、バリ島をベースに人・事業を紡ぐカタリストでもある。ボランティアで「TEDカンファレンス」の日本オーディション、「Burning Japan」に参加するなど、西海岸文化事情にも詳しい。 著書に『プロセスエコノミー』『モチベーション革命』(幻冬舎) 、『どこでも誰とでも働ける』(ダイヤモンド社)など(撮影:干川修)

成嶋:さらにその「行動のレビュー」が、ECや広告などのビジネスにも波及していきます。メーカーが「あなたの磨き方だと、こういう磨き残しができやすいので、この歯ブラシと歯磨き粉がお勧めです」などとリコメンドすれば、場合によっては歯ブラシ1本しか買わないところを歯磨き粉もあわせて買ってくれるかもしれない。

尾原:アフターデジタルの文脈でいうと、大きく2つの段階で進化している、と整理できますね。第1段階は、ユーザーのバリュージャーニーを実現する「おもてなし型」の行動支援の進化。第2段階は、それによってメーカーとユーザーが直接つながり、さらに行動支援の進化が加速していく。

成嶋:これまではデータを入力するのも面倒でしたが、「スマホ×IoT×AI」でテクノロジーと人が直接つながることで行動がそのままレビューになり、ユーザーにとっての利便性を生み出してくれる。それが購買動機を生み、新たな需要を増やしていく。このループに入り始めているというのが、中国でいま起こっている変化だとみています。

完璧を求めるGAFAMと「割り切り」のよい中国テック企業

尾原:このARグラスの事例でもう一つ、いかにも中国らしいな、と感心したことがあります。アップルの「Apple Vision Pro」がいま話題になっていますが、あのような50万円もするハイスペックな技術を追い求めなくても、このくらいのレベル感でもバリュージャーニーは十分実現できうるということ。中国テック企業ならではの「割り切り」のよさを感じます。

グーグルやアップルなどアメリカのテック企業は、よくも悪くも「テクノロジーですべてを解決する」ことに美学を感じ、完璧を追求するところがある気がします。あくまで個人の感想ですが。

成嶋:中国テック企業の場合は、完璧でなくても、「猫のほうを向いていたら猫のえさを気にしているんだろう」と、「だろう」のレベルで見切り発車してしまいます。ユーザーが「いえ、猫のえさは気にしていません」とフィードバックしたらすぐに「ごめんなさい」とキャットフードの情報を消す。完璧を求めずに、「間違えたら修正すればいいんだろう」という、ある程度の「割り切り」で十分に革命を起こしているんです。そこが、中国テック企業に共通するすごさですね。


成嶋祐介(なるしま ゆうすけ)/一般社団法人深圳市越境EC協会日本支部代表理事。世界の最先端企業1800社とのネットワークを持つ中国テックビジネスのスペシャリスト。中央大学、茨城大学講師などを歴任。 慶應義塾大学法学部法律学科卒業。株式会社成島代表取締役。2019年から深圳市政府公認の深圳市越境EC協会日本支部の代表理事を務める。 全世界の中小企業をつなげることを目指し、情報テクノロジー、通販分野にて日本と中国の橋渡しを行い、世界規模のグローバルECの開発に向けて活動をしている(成嶋氏提供)

成嶋:『GAFAも学ぶ!最先端のテック企業はいま何をしているのか』でも書きましたが、私は中国テック企業の特徴の1つとして「計画された見切り発車」と表現しました。

はじめから機能が完璧でなくてもあえて見切り発車でプロダクトをリリースし、ユーザーからのフィードバックを受けながら追加的にスペックを実装し、改良していく。究極のマーケットインのものづくりともいえますね。

QRコードさえあれば駐車場を運営できる

尾原:成嶋さんの書籍で紹介されている「スマート駐車場」の事例にも、その中国テック企業の「割り切り」がよく表れていますよね。

中国の「スマート駐車場」

都市部の中心地域での自動車保有台数が急増し、駐車場の供給不足が社会問題化している中国では、スマホとQRコードを活用した簡易な駐車場システムが普及している。入った台数から出ていった台数を引くという単純な仕組みで駐車されている台数を管理している。

尾原:日本人は「駐車場を運営するには高額な設備投資が必要」と考えがちなのですが、すべてのユーザーがスマホを持っている前提で考えたら、この簡易なバーを置くだけで十分だし、そのほうが圧倒的にコストが安い。この柔軟な発想と「割り切り」がいかにも中国らしいです。

成嶋:QRコードはもともと日系企業が開発したものですが、スマホの端末が進化して直接支払いができることに中国企業はいち早く気づいて、即座にサービスをリリースしてしまいます。

だから圧倒的にハードウェアのコストは安くなるし、ましてやそれをコントロールするソフトウェアはサブスクのSaaSとして提供されているので、みんなが使えば使うほど安くなる。日本と比較して90%以上はコストカットできるのではないでしょうか。

尾原:この「割り切り」とスピード感、そして設計のうまさに中国テック企業の特徴が表れているし、私たちが学ぶべき点がありますね。

(構成:堀尾大悟)

(成嶋 祐介 : 一般社団法人深圳市越境EC協会日本支部代表理事)
(尾原 和啓 : ITエバンジェリスト)