9月23日に88歳と米寿を迎えるキヤノン会長兼社長CEOの御手洗冨士夫氏(右)。その頭に描くキヤノンの未来とは(撮影:尾形文繁)

経営体制に変化の兆しか――。9月7日、キヤノンが取締役人事を発表した。この人事は2024年3月に開催予定の株主総会を経て正式に決定される。その後発足する新体制には2つの注目点がある。女性取締役の誕生と社内取締役の若返りだ。

キヤノンにとって初の女性取締役になるのは伊藤明子氏。元消費者庁長官で、現在は伊藤忠商事の社外取締役を務める。元最高裁判所判事の池上政幸氏、元環境省環境事務次官で保険代理店FPパートナーの社外取締役である鈴木正規氏とともに、社外取締役候補となった。

「よくも悪くもカリスマが率いており保守的な会社だが、さすがに『株主のノー』は効いたのでは。変革も必要、と見方を改めたのだろう」(同業他社の社員)

これまでキヤノンは、出自、性別、学歴といった属性ではなく、「実力主義」に基づく人材登用を行ってきた。女性取締役の不在も、その結果にすぎないとの考えだった。だが、そのスタンスに株主は「ノー」を突きつけた。

御手洗氏が「あわや退任」の事態

今年3月のキヤノンの定時株主総会。会長兼社長CEOである御手洗冨士夫氏は「あわや取締役退任」という事態に見舞われた。御手洗氏の取締役再任への賛成率はまさかの50.59%。ぎりぎりの再任となったのだ。

御手洗氏再任への賛成率は、2021年までは約90%だったのが2022年には75%に急低下した。海外機関投資家を中心に、女性取締役の不在を理由に、代表取締役である御手洗氏に反対票が投じられるようになったことが背景にある。

この流れが国内の機関投資家にも及んだ。野村アセットマネジメント(AM)や大和AM、日興AM、東京海上AMなどは、昨年は御手洗氏の再任に賛成じたにもかかわらず、今年は反対へと回った。

このうち大和AMは、2022年の時点ですでに女性取締役が不在なら反対票を投じるという基準を設定していた。ただ昨年は、「取締役の多様性確保に向けた積極的な取り組み」を認め、御手洗氏再任に賛成票を投じていた。それが今年は、基準への抵触を理由に反対した。

「機関投資家の動きを的確にとらえて対策をしなかったのは大きな反省だ」。7月末に開催された決算説明会では、CFO(最高財務責任者)の田中稔三氏がそう悔い改めていた。伊藤氏の招へいは「株主のノー」に対する答えとなる。

新たな社内取締役は20歳ほど年下

注目点の2つ目が社内取締役の若返りだ。これまでキヤノンの社内取締役については、「高齢化」が指摘されてきた。

経営トップの御手洗氏は、9月23日に88歳と満年齢で米寿を迎える。CFOの田中氏(82)、CTO(最高技術責任者)の本間利夫氏(74)を合わせた社内取締役3人の平均年齢は81歳だ。取締役在任の年数も長い。御手洗氏が42年、田中氏と本間氏は20年を超える。

もちろん、高齢だから悪いというわけではない。御手洗氏の強力なリーダーシップのもと、事務機・カメラという従来の主力事業が縮小する中で事業改革を進め、業績は好調だ。しかし、後継者の育成といった観点から、不安視する声が上がっているのも事実だ。

今回、社内取締役の候補として挙げられたのは、現在執行役員の3人。アメリカの子会社社長の小川一登氏、半導体露光装置を含むインダストリアルグループのトップである武石洋明氏、経理の経験が長いが海外買収企業の社長経験もある浅田稔氏だ。

3人は御手洗氏らより20歳ほど若い。高齢という印象は確実に薄まる。


「これまでどおり実力主義をベースに適材適所で決定した。年齢や属性、人数にこだわったわけではない」。キヤノンは取締役候補についてそう説明する。全体的な視点で会社の経営を考えられる人物を選んだということだ。

キヤノンは10月に「キヤノンEXPO」を控えている。2000年以降、5年おきに東京やニューヨーク、パリなど各国主要都市で開催してきた大規模な展示会だ。キヤノングループの未来に向けた方向性を押し出すイベントとなっている。

新型コロナの影響が残る今年は横浜会場のみでの開催。しかも実施は8年ぶりだ。その場で御手洗氏が語り、グループ各社が見せる「キヤノンの未来」とは。新たな取締役人事とともに、その内容から目が離せない。

(吉野 月華 : 東洋経済 記者)