1万人超の参加者を集めたIVS2023 KYOTO (写真:IVS)

9月11日発売の『週刊東洋経済』9月16日・23日合併号では、「すごいベンチャー100 2023年最新版」を特集。注目の100社(2023年最新版・全リストはこちら)の総力取材記事に加え、10年後の日本を占ううえで欠かせない「スタートアップ市場の最新トピックス」を網羅する。


京都府で最大級のイベント会場「みやこめっせ」。6月の末、そこは異様なほどの熱気に包まれていた。

熱源はスタートアップの経営幹部やベンチャーキャピタル(VC)関係者が一堂に会するカンファレンス「IVS」。コロナ禍の影響が払拭されたこともあり、開催3日間の参加者は前回(2022年7月・那覇で開催)の約5倍となる1万人超を数えた。

財務戦略について濃密に議論するものから、著名人の講演、アルコールを交えた交流会など、大小約250のセッションはどれも大混雑していた。具体的な出資検討に向けたものだろうか、VC関係者と起業家の激論もそこかしこで聞かれた。

人材流入はまるで「民族大移動」

IVSの盛況ぶりは、日本におけるスタートアップ業界の存在感の高まりを象徴している。とくに人材面は顕著で、「“民族大移動”といえるほどの流入が起きている」と、フォースタートアップスの恒田有希子タレントエージェンシー本部長は話す。


IVSは6月末に3日間にわたり開催された (写真:IVS)

資金調達や事業成長を重ね、マネジャークラスに年間1000万円超の給与を支払える企業が増えた。

加えて、外資系銀行やコンサルティング企業、商社などに勤めるハイキャリア層は、「スタートアップに転職し一定以上の役職で成功している元同僚を目にする機会が増え、当たり前の選択肢になってきたようだ」(恒田氏)。

エン・ジャパンのスカウト転職サービス「AMBI(アンビ)」が34歳以下の若手利用者に行った調査では、スタートアップへの転職について約7割が肯定的に回答している。給与水準が比較的高い大手企業所属者に絞っても、6割近くに達する。


業界全体の熱量を高めた要因の1つは、政府がぶち上げた「スタートアップ育成5カ年計画」だろう。2022年初の会見で岸田文雄首相は「スタートアップ創出元年」を宣言。同年11月に具体的な計画を策定した。

2022年度第2次補正予算では、関連の施策について過去最大の1兆円規模の予算を計上。今年に入って閣議決定された税制改正大綱にも、スタートアップエコシステムの強化に向けた優遇策が盛り込まれた。


資金調達額の拡大傾向に陰り

支援策のスコープは創業期からIPO(新規株式公開)やM&A(合併・買収)といったイグジット(出口)戦略を考える成熟期まで幅広い。政府はこれらを通じ、スタートアップへの投資額を2027年度には、従来比で10倍を超える年10兆円規模にすることを掲げる。

自由民主党の「新しい資本主義実行本部スタートアップ政策に関する小委員会」で事務局長を務める小林史明衆議院議員は、6月の東洋経済のインタビューで「国の予算に頼るのではなく、民間資金がスタートアップ投資に回り、成長から得られた資金が再投資され、循環していく仕組みをつくりたい」と意気込みを語った。

ただ、肝心の“お金の流れ”に目を向けると、足元は政府の思惑と裏腹に雲行きが怪しい。

スタートアップ情報プラットフォーム・INITIAL(イニシャル)の調査によれば、国内スタートアップの資金調達総額は2022年上半期まで続いていた拡大傾向にストップがかかっている。


要因の1つは、海外投資家からの資金が激減したことだ。米国では利上げを契機に上場株式のマーケットが崩れ、スタートアップへの投資判断も厳格になった。「(以前は赤字でも出資していたが)きちんと利益を生み出しているかが重視されるようになった」。

アジアや米国で上場・未上場株の両方に投資する香港のファンド、タイボーン・キャピタル・マネジメントの日本株投資責任者・持田昌幸氏はそう指摘する。そして「日本では2021年以前のカネ余り時期に高い評価額がついたスタートアップが多いうえ、ダウンラウンド(前回の増資からバリュエーション〈評価額〉を下げる調達)などが依然少なく、各国の上場株と比べても割高感がある」という。

海外勢ほど顕著ではないにしろ、同様の感覚で投資を手控えている日本のVCも少なくない。

レイターステージ企業が苦戦

とくに影響を受けているのが、組織や事業が軌道に乗りIPOも視野に入ってくるレイターステージの企業による調達だ。シリーズ別の資金調達額の推移を見ると、ミドル・レイターステージに当たるシリーズC、D以降の落ち幅が大きい。最有力の上場先である東証グロース市場が冴えない中、投資家は十分なリターンを得る出口戦略を見いだしづらく、おいそれと投資に踏み切れない。


市況に左右されるだけに、“冬の時代”の終焉時期は未知だ。「IPO市場の回復をにらみ、今は費用削減やデット調達(金融機関からの借り入れ)でランウェイ(会社資金が尽きるまでの期間)を引き延ばしつつ、耐え忍ぶときといえる」。スタートアップ業界や個社のリサーチを行うSTARTUP DB(スタートアップデータベース)の高橋史弥アナリストは、そんな見方を提示する。


(長瀧 菜摘 : 東洋経済 記者)