JR東日本の深澤祐二社長(撮影:尾形文繁)

5月8日に新型コロナウイルスの感染症法上の位置付けが、最も危険度が低い5類に移行し、人の流動が戻ってきた。旅行需要の促進にも期待が高まる。鉄道業界最大手であるJR東日本はどのような方向に進むのか。深澤祐二社長に話を聞いた。

課題は「いかに東北や新潟に来てもらうか」

――最近は新幹線がすごく混んでいます。コロナ前との比較でどの程度回復しましたか。

お盆期間中の新幹線の利用状況はコロナ前となる2018年比で86%まで回復した。一方で、ビジネスの出張客は戻っていない。数字的にはまだまだだ。

――インバウンドはコロナ前を超える勢いで伸びています。

東京、京都、大阪を旅行される外国のお客様が多いが、いかに東北や新潟にお越しいただくかがわれわれの課題だ。

――東北では、盛岡が『ニューヨークタイムズ』で「今年訪れるべき世界の旅行先」の第2位に選ばれました。

盛岡は確かに外国のお客様が増えた。当初は地元でも「なぜ盛岡?」という感じだったが、今は市もインバウンド誘致に力を入れている。コンパクトな街なので、歩いて楽しいということもあるのではないか。7月には青森・岩手・宮城・福島の4県などと共同で「東北復興ツーリズム推進ネットワーク」を設立し、さまざまなモデルコースの整備や観光コンテンツの情報発信などを行っている。三陸沿岸には震災伝承施設が造られたし、遺構もあるので勉強になる。盛岡からぜひ三陸沿岸にも足を延ばしていただきたい。

――来年、2024年3月に北陸新幹線が敦賀まで延伸します。延伸区間の金沢―敦賀間はJR西日本の区間ですが、首都圏からの利用が増えればJR東日本にもメリットが大きいのでは?

金沢は新幹線開業前から知名度が高かったが、首都圏から金沢を訪れる人は意外に多くなかった。新幹線開業前の金沢へのアクセスは航空機、あるいは新幹線と在来線の乗り継ぎだったが、開業後は新幹線1本で行けるとあって、その便利さが非常に大きいことを認識した。福井開業もそれと同じ。かつての金沢同様、福井も首都圏からはあまり訪れていないと思う。福井は恐竜博物館があり、永平寺がある、食べ物もおいしいし温泉もある。魅力は多い。首都圏との行き来が便利になるダイヤにしたい。


ふかさわ・ゆうじ/1954年生まれ。1978年東京大学法学部卒業、日本国有鉄道入社。1987年JR東日本入社。投資計画部長、人事部長、副社長などを経て2018年から現職(撮影:尾形文繁)

新幹線のワゴン販売「人手不足の問題大きい」

――旅の大きな要素の1つに車内のワゴン販売があります。JR東海は新幹線のワゴン販売を10月末で終了すると発表しましたが、JR東日本の新幹線は?

東海さんがやめたから当社もやめるということは今のところ考えていない。ただ、内容の見直しはしている。車内販売がない列車を増やすとか、お弁当の販売をやめるとか。逆にホットコーヒーやアイスクリームは1回やめたが、お客様の要望が多いので復活した。このように見直しをしながら、新幹線車内のワゴン販売は当分の間続けようと思っている。だが、東海さんと同じく人手不足の問題は非常に大きい。当社としても苦労している。

――人手不足はどうやってカバーしているのですか。時給が他社より高いとか?

時給はもちろんだが、地方というか、行き先のほうが採用できる。

――東京で集まらなくても、新幹線の行き先である青森や新潟で採用できるという意味ですか。

そう。そうやってなんとか回している。

――続いて在来線についてお聞きします。オフピーク定期券導入の手応えは?

現時点で東京の電車特定区間内(東京を中心に久里浜、高尾、大宮、取手、千葉に収まる範囲)で完結するすべての通勤定期券のうち、オフピーク定期券を購入した人の割合は7%程度。2024年4月までにこの比率を約17%にするという目標で取り組んでいる。定期の切り替えのタイミングは3月末から4月にかけてと、9月末から10月にかけてが多い。そこで9月末の切り替え時期に合わせてキャンペーンをやる。

――17%から先は?

シフトがさらに進めばもちろん良いが、東京の電車特定区間内完結となるすべての通勤定期券の17%がオフピーク定期券にシフトできればそのほかの区間を含めた通勤定期券全体のシフト率が5%になると試算している。まずはこの目標を達成したい。ほかの鉄道会社さんも注目している。しっかりと実績を出して多くの鉄道会社さんに参画していただければ、効果がより大きくなる。

1日の中のオフピークだけでなく、季節ごとのオフピークも重要だと思っている。年間で言うと3つのピーク、つまりゴールデンウィーク、お盆、年末年始の山が高い。これを地域の雇用の観点で見ると、ピークのときだけパートで働くような形になるので、継続的な雇用につながりにくい。今後、地方において観光は雇用の大きな受け皿になるので、安定雇用のためにもできるだけピークの分散を図りたい。

新幹線と一部の特急列車については、2022年4月から指定席特急料金を改定し、従来の繁忙期に加えて最繁忙期も設定した。最繁忙期は通常期の400円増しだが、この程度では効果が出ているとは言い難いので、もっと差をつけるようにしたい。

ただ、ネックがあって、新幹線は自由席特急料金が認可制になっていて、当社の判断だけで上げることができない。座席指定料金だけ上げると自由席が混んでしまうので、運賃制度をトータルとして考えていかないといけない。


北陸新幹線E7系の普通車内(撮影:尾形文繁)

運賃「首都圏も含め見直したい」

――鉄道運賃は原価を基準としてそこに一定の利潤を加えた総括原価方式が採用されていますが、いま国で新しい運賃制度のあり方について議論が進んでいます。

総括原価方式に基づく運賃改定スキームは航空や高速バスと比較すると硬直的であり、より柔軟で弾力的な制度の構築をお願いしたいというのがわれわれの希望だが、現行の総括原価方式を前提とする場合でも、原価の考え方について時代にふさわしい仕組みにしてほしいという要望をしている。今年度内には方向性を出していただけると思っている。

――首都圏と地方では運賃体系が少し違っていて、地方のほうが割高ですが、将来は地方の運賃はより割高になるのですか。

地方交通線は普通運賃を算出するベースとなる賃率が幹線よりもおおむね1割高いが、さらに線区によって運賃を変えていくようなことも国で検討されているようだ。一方で首都圏の運賃はもっと複雑で電車特定区間、山手線内など4種類の運賃体系がある。これをもっとシンプルにしたい。地方交通線だけではなく首都圏も含めて運賃の見直しをやっていきたい。

――ゾーン制にして私鉄も含めて一律の運賃になればさらにシンプルです。

それがいちばんわかりやすいと思うが、そうなるとゾーン内の区間で従来よりも運賃が上がるところと下がるところが出てくる。既存の運賃からいきなりゾーン制に変えるのは難しい。

災害運休路線や赤字線の状況は?

――災害で運休している津軽線や米坂線についてはどういう状況ですか。

津軽線と、運休はしていないが千葉県の久留里線については住民の方々への説明も含めて自治体との協議をやらせていただいており、これを継続していく。米坂線については復旧費用をお示ししており、協議をどう進めるか県も含めてご相談している。10月に地域交通法が施行されれば、国の新しい仕組み(再構築協議会)の具体的な運用が決まってくると思うので、そういうものを使うことも考えられる。ただ、今のところはすでに進んでいる任意の協議会の延長線上で、できるだけ速やかに結論を出していきたい。

もちろん、この3線区だけでなくほかの線区についても、今後その地域の交通のあり方についてお話しさせていただくことになると思う。


2022年8月の大雨による被害で一部区間の不通が続いている津軽線(2021年、記者撮影)

――地方で取材をしていると、その土地のJRの現場は利用促進に向けて地域の人たちと頑張っているのがよくわかるのですが、会社全体としては赤字ローカル線を廃止しようとしているように感じてしまいます。

今後地方の人口はさらに減っていくので、鉄道以外の選択肢も視野に入れないと地域の交通が守れない。たとえば津軽線では災害の前から「わんタク」というオンデマンドの乗合タクシーを並行して走らせている。今後いろいろなパターンが出てくると思う。ただ、どんなパターンがあるにしても地元のみなさんに参加していただかないと先に進めない。只見線の場合は福島県さんがご判断されて鉄道で存続したが、鉄道を維持するには非常にコストがかかるので、そこは地域のみなさまにいっしょに考えていただきたい。


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(大坂 直樹 : 東洋経済 記者)