「八海山」で知られる八海醸造がNYのSAKE醸造所「ブルックリンクラ」と手を組み、日本酒の世界展開を目指す。写真はNYにあるブルックリンクラの外観(写真:ブルックリンクラ)

若者を中心に、アルコール離れが進んでいる。あえてお酒を飲まない「ソバーキュリアン」なるおしゃれな言葉も聞かれるようになった。お酒を飲むかどうかは、若者にとって生活スタイルなのである。

その中でも、我が国古来の日本酒はとくに苦戦している。ビールやウイスキー、ワイン、ジンなど外国生まれのお酒が数多く流入し、選択肢が増えている。また日本ワイン、日本でつくられるクラフトビールやクラフトジンなど、新しい流れもある。

今、日本酒の魅力が相対的に下がっているのだ。

「日本酒を海外で売る」トレンド

そうした背景もあり、また、クールジャパン戦略の一環としても、日本酒を海外で売ろうという傾向が強まっている。日本酒の輸出量、輸出金額はコロナ時期に減少したものの、過去10年以上、右肩上がりで増加してきている。2022年の輸出量は3万6000キロリットル、金額にして475億円だ。日本酒の全出荷量に占める割合は8.2%まで上がってきている。

ちなみに、確かに国内の日本酒販売量は減少しているが、その内情は少し複雑だ。国内出荷量(販売量)は1973年のピーク時に170万キロリットル超。現在は40万3000キロリットルと、4分の1以下だ(以上、データは農林水産省『日本酒をめぐる状況』を参照)。

しかし内訳を見ると、大きく減ってきているのは「一般酒」と呼ばれるお酒。純米酒や吟醸酒、本醸造酒などの「特定名称酒」の減少率はもう少し穏やかだ。つまり、家庭で日常的に飲まれるテーブルワインのようなお酒が飲まれなくなっており、ちょっと高級な居酒屋で飲むような「いいお酒」は健闘しているということだ。

なお、話は少し逸れるが、「醸造アルコールが添加されているお酒はおいしくない」と思っている人は多いだろう。醸造アルコールとは、さとうきびなどを原料に蒸留してつくられたアルコールのことだ。

かつて日本酒出荷量を押し上げていたものの中には、コストを抑えるために醸造アルコール量を増やしたいわゆる「三増酒」も含まれていた。醸造アルコールを添加したお酒のイメージが悪いのは、そのせいだと思われる。
現在、醸造アルコールは保存性をもたせるためや、味や香りの調整で少量使われるのが一般的で、高いお酒の代表である大吟醸などにも使われている。

2018年にNYで生まれた「ブルックリンクラ」

さて、「日本酒を海外に」の動きでまず思い浮かぶのは、「獺祭」で有名な旭酒造だ。日本と海外における知名度が同じように伸びてきたという珍しい酒蔵で、ホームページには、「獺祭の買える店」をワールドマップで掲示している。2018年にはパリにフレンチとのペアリングも味わえる複合施設「ダッサイ・ジョエル・ロブション」をオープン。また同時に建設を進めてきたNYでの酒蔵が、コロナ禍を挟んでついに2023年3月完成した。近々、純米吟醸酒「DASSAI BLUE」を販売する予定となっている。

海外で現地の人が始めた蔵元の例もある。NYの「ブルックリンクラ」は2018年にスタートした酒造。担い手はブライアン・ポーレン氏、ブランドン・ドーン氏という2人のアメリカ人だ。倉庫を改装したおしゃれなショップやレストランが並ぶ一角に、その場で味わえる「タップルーム」を備えた酒造をオープンした。

カリフォルニアのジャポニカ米と、ニューヨーク州の山岳地「キャッツキル」の水を用い、日本から届けられた酵母で醸造されたお酒は「CRAFT SAKE BROOKLYN KURA」の名称で販売されている。

新たな「SAKE」造り


ブルックリンクラで現在販売されている「CRAFT SAKE BROOKLYN KURA」の#14 ナンバーフォーティーン(左)とオキシデンタル(撮影:風間仁一郎)

そしてこのたび、そのブルックリンクラと、日本酒メーカーである八海醸造がタッグを組み、新たな「SAKE」造りを始めるという。なお、海外でつくられているものは法律上、「日本酒」と呼ぶことはできないため、本記事でも「SAKE」の表記を採用している。

八海醸造は1922年に新潟県南魚沼市に創業、地元では後発のため、関東に販路を求め、やがて全国に展開した。1995年にはアメリカへの輸出も開始している。看板商品の「八海山」はコンビニでも入手できるメジャーな日本酒である。製造を担う八海醸造と、卸売りを担う株式会社八海山で「八海醸造グループ」を構成しており、八海醸造の売上高は約60億円(2021年8月期)となっている。

清酒の八海山のほかにも、焼酎、梅酒、地ビール、ウイスキーやジン、機能性食品の「あまさけ」など、広く展開してきた。

ブルックリンクラとのプロジェクトに関しては、すでに2021年にアメリカ法人ハッカイサンブルワリーUSAを設立、資本業務提供を結んでおり、八海醸造取締役副社長の南雲真仁氏がアメリカ法人の代表に就任。八海醸造の技術提供によって建造された新たな醸造設備がこの秋をメドに稼働開始する。八海醸造から派遣される「蔵人」(日本酒づくりに従事する人)2名も常駐し、SAKE造りをサポートするそうだ。


ブルックリンクラのタップルーム。2023年秋頃には現在ある醸造所のそばに八海醸造の技術提供による醸造施設が完成予定だ(写真:ブルックリンクラ)

さらにブルックリンクラは今後、日本酒の啓発活動を行うための「SAKEスタディセンター」としての機能も果たしていく。SAKEスタディセンターにおけるプログラムは、一般消費者向け、飲食のプロフェッショナル向け、SAKE造りを学びたい人向けと、3つのコースが用意されている。2013年から八海醸造のグローバルブランドアンバサダーを務め、自らも蔵人としての経験があるティモシー・サリバン氏が監修するそうだ。

2023年8月8日には、創業101年を迎えた同社による記者発表会が都内で開催され、ブルックリンクラを含む海外日本酒事業の構想についても触れられた。

当日の説明によると、八海醸造代表取締役の南雲二郎氏は2018年、ブルックリンクラを視察に訪れた際にポーレン氏、ドーン氏と出会い、また後に2人を自社の蔵に招くなどして、SAKE造りへの思いを含め意見交換してきたという。

その中で、グローバルな市場への思いや、「現地の人が、現地の米と水を使ってつくる」ことを重視する二郎氏の理念と共通するものを感じ、業務提携の締結に至った。

「日常酒」としての日本酒を普及させたい

記者発表当日の個別インタビューで二郎氏は、「日本の酒離れは深刻な問題」としたうえで、その原因の一つに「海外から輸入されたものをはじめ、飲みやすいほかの飲料の選択肢が増えたことで、日本酒が日常消費財でなくなってしまった」ことを挙げた。

「日常酒で大切なのは価格と品質のバランス。それから、食事と合わせてどのような流れで飲むかだ。例えば最初に純米酒、次に本醸造酒、それから焼酎、といった具合だ。A5ランクの肉を毎日食べ続けられないように、日本酒も、高級なお酒ばかりだと続かない。その意味で、品質を求めるうえで醸造アルコールを添加した日本酒も大切だと思っている」(八海醸造代表取締役の南雲二郎氏)

またアメリカにおいても、日本酒文化を根付かせるために、「日常酒」としての日本酒を普及させたいと考えているそうだ。その意味で、ブルックリンクラには大きな期待を寄せている。

同社取締役副社長であり、アメリカでの事業を担うHAKKAISAN USA代表の真仁氏は醸造施設を見学できるなど、日本酒の情報をより深く提供できる点に期待しているという。

また日本での日本酒離れに対しては、若手を中心としたさまざまなプレイヤーも新たな活動を始めている。日本酒缶のブランドAgnaviもその一つだ(参考記事:「缶の日本酒」で世界狙うベンチャー企業の正体)。

自身も20代の真仁氏は「若い世代の方の活躍を応援したい。一方で、大手のメーカーにしかできないことがある。その一つとして、このたびのブルックリンクラの事業に力を入れていきたい」(八海醸造取締役副社長の南雲真仁氏)と決意を語る。


「現地の米と水を使ってつくる日本酒が重要」との考えから、ブルックリンクラとの提携を決めた代表取締役の南雲二郎氏(右)とアメリカでの事業を担う八海醸造取締役副社長の南雲真仁氏(撮影:風間仁一郎)

ブルックリンクラ・八海醸造のコラボレーションによる日本酒は2024年秋からの販売を予定しており、今回の記者発表会では味わうことができなかったが、これまでにブルックリンクラで販売されたSAKEを試飲することができた。

そのうちの一つは、海外でつくられたことが信じられないほどの、日本酒らしい味。またホップを使ったものはやはり、ビールのようなほろ苦い味わいだ。これらに関しブルックリンクラCEOのブライアン・ポーレン氏は次のように説明している。

「NYではどんなものであっても、非常に高いレベルを求められる。そこでまずは基本として、伝統的な高品質のものを開発した。さらに、日本ではつくれないタイプのSAKE、ホップを加えたものを開発した。私たちは世界市場を目指し、きちんとした日本酒であると認められるような日本酒をつくっていきたいと考えている」(ブライアン・ポーレン氏)


ブルックリンクラCEOのブライアン・ポーレン氏。日本酒の魅力は「おいしいこと」と語る(撮影:風間仁一郎)

また、世界市場に向けた動きの出発点としては、日本への販売を検討。「日本酒の本場で品質を試されることになる」(ポーレン氏)重要な一歩と捉えている。2024年販売開始は2024年の夏から秋をメドにしているそうだ。

なお、ポーレン氏はアメリカでSAKEづくりを行う事業者をまとめる「北米酒造組合(SBANA)」に加盟。「日本酒は作り方もサプライチェーンも特殊。まずは市場を盛り上げていくことが大切」と語っている。

日本酒は、それぞれが繊細さを要求される多くの工程を経てつくられる。地域の素材や蔵ごとの個性を生かして手作りに近い形で製造されたものが、1合あたり500円、1000円という価格で楽しめるのはとてもリーズナブルだと感じる。

後継者不足も大きな課題

一方で、日本酒のメーカーにとって生き残りの条件は厳しい。日本のほかの業界と同様に、酒蔵は中小企業が大半で、後継者不足も大きな課題だ。酒蔵数は1970年代の3000場以上から、現在約1500と半減している(国税庁『酒のしおり』令和2年版・酒類等製造免許場数の推移)。

今回のプロジェクトのように海外の知恵も借りながら新たな価値づけを行い、日本酒文化の復活を実現させてほしい。また、八海醸造のような大手のメーカーが事業の一環として行うことにも大きな意義があると感じる。

(圓岡 志麻 : フリーライター)