ライオン家族のお昼寝(写真:(『私の職場はサバンナです!』より ©YukaonSafari))

地球温暖化、大気汚染、森林破壊……、自然をめぐる環境問題は世界的にますます注目を集め、喫緊の対策が求められています。

幼い頃から大の動物好き、「環境保護を仕事に」と決意した太田ゆかさんは、大学在学中に参加した「サバンナ保全ボランティアプロジェクト」をきっかけに、2016年から南アフリカでサファリガイドとして活動を開始。現在は南アフリカ政府公認、唯一の日本人女性ガイドとして、世界中に日々サバンナの魅力と現状を発信し続けています。

知られざる動物たちの生態、環境保護の最前線、人と自然が共生していくために大切なことをつづった初の著作『私の職場はサバンナです!』には、多種多様な生態系を持つサファリの世界から教わった様々なメッセージがこめられています。「人間と自然のつながり」がリアルに描かれた同書より、一部抜粋、再構成してお届けします。

まるで特大サイズの飼い猫のライオン

一番好きな動物は? よく聞かれる質問です。私は大抵「ライオン」と答えます。あまりにも王道ですが、やはり百獣の王と呼ばれるライオンの魅力は見る人を虜にしてしまいます。

7年前、生まれて初めて野生のライオンに出会った瞬間を今でもはっきりと覚えています。サファリガイドの訓練生として初めてサファリカーを運転した日、3頭のメスライオンが突如目の前に現れたのです。

操作がやや複雑なマニュアル車の運転もまだぎこちない私でしたが、その迫力と緊張感に圧倒されながら、メスたちが進む後ろを慎重についていきました。ライオンたちはついてくるサファリカーを気にすることなく歩き続けたかと思うと、いったん休憩! とでもいうように地面に横たわり毛づくろいを始めました。

その姿はまるで特大サイズの飼い猫! 先ほどまでの迫力ある姿とは打って変わって、今度は猫のようにじゃれ合う可愛い姿に魅了されました。その後は、みんなで重なり合うように寝てしまいました。一見とても怖そうで迫力あるライオンが野生の世界で見せるこうしたギャップにも、心つかまれてしまうのです。

私の家はサバンナの中にあるのですが、夜中にライオンの遠吠えが聞こえてきて、思わずサファリカーに飛び乗り、外に探しに出ていったこともあります。

ライオンは1日20時間近く寝ると言われています。サファリ中にライオンを見つけても、気持ちよさそうに寝ている様子を見かけることがほとんど。

「ライオンって怠け者なんだ」「百獣の王は野生の世界でも優雅に暮らしているんだなぁ」なんて思った人もいるかもしれません。もちろん実際にはそんなことはありません。野生のライオンの一生は、私たちが想像するよりもはるかに壮絶なのです。

ライオンの大切な仕事は、自分の縄張りを守り、狩りをすること。縄張りのパトロールや、獲物探しのため、夜になると活発に動き出します。夜行性の彼らは体力を温存しておくため、昼間の暑い時間は日陰でお昼寝しているのです。

オスの子供は2歳頃に群れから追い出される

ライオンは「プライド」と呼ばれる群れで生活しています。プライドは1〜数頭のオスと10頭前後のメスや子供で構成されるのが一般的です。多くの場合、母と娘、姉妹、従姉妹など、血縁関係が近いメスや子供たちが一緒に過ごします。リーダーとなるオス数頭は常に一緒にいるわけではありません。交尾や狩り、食事など様々なきっかけがある際に合流することが多く、普段は別々に過ごしています。

メスの子供は大人になってもプライドに残ることが多いですが、オスの子供は2歳頃になると追い出されてしまいます。なぜなら、自分の子供とはいえ、オスであればリーダーの座を奪われかねないライバルとなるからです。

また、メスが自分たちの獲物を若いオスに食べられないように攻撃的になり、結果的に追い出してしまうこともあります。人間だと2歳はようやくしゃべり始めた頃ですよね。ライオンの2歳は繁殖できるくらいに成長した年齢であり、単純な比較はできませんが、ライオンの世界、なんともシビアです。

同じような年齢の兄弟がいる場合などは「コアリション」と呼ばれるオスグループを作り、お互い支え合って生きていけますが、一人ぼっちになってしまうこともあります。こうしてプライドと縄張りを失った若いオスライオンに待ち受けるのは、命懸けのサバイバルです。

まず、自分で狩りをしなくてはなりません。迷い込んだ他人の縄張りでオスライオンに遭遇すれば、殺されてしまうこともよくあります。そのため、獲物を探すにも常に他の大きなオスから逃げ惑いながらの狩りになります。他のオスに襲われ傷だらけになり、やせ細って亡くなってしまったオスライオンを見たこともあります。

驚くことにオス8頭のうち1頭しか、無事に大人になることができないとも言われています。とても厳しいライオン同士の戦いを生き抜いたオスだけが、晴れてメスをゲットしプライドのリーダーとなり、自分の子孫を残すことができるのです。

しかし、プライドを築いた後もゆっくりしてはいられません。別のオスにいつまたプライドを侵略されてしまうかわからないので、匂いをつけてまわり、遠吠えを響かせながら毎晩のように縄張りのパトロールをします。

地域にもよりますが、一般的にたてがみが黒い方がテストステロンと呼ばれるオスのホルモンが多く、より健康で強いオスであることを表しています。そのため、たてがみが大きくて黒いオスの方がメスにも人気で、プライドのリーダーとなっている場合が多いです。


リーダーのオスライオン(写真:『私の職場はサバンナです!』より ©YukaonSafari)

命懸けで狩りをするメスライオン

メスライオンの一生も波瀾万丈です。メスライオンは一度に1〜4匹の子供を出産するため、複数のメスが同時期に妊娠すると、一気に10頭以上増え、プライドが突然20頭超えの大所帯になることも。

これほどたくさんのライオンのお腹を満たし続けるのはとても大変です。40〜70キロほどのインパラでは一瞬でご飯がなくなってしまうので、バッファロー(300〜800キロほど)などのより大きな獲物を狙わなくてはなりません。

ライオンの群れでの狩りの成功率はおよそ25%と言われています。狩りに成功するには、獲物に気づかれることなくなるべく近くまで行く必要があります。これには風向きなど様々な条件が揃っていなくてはなりません。

狩りに失敗して、バッファローの角がお腹に刺さって亡くなってしまったメスライオンを見たこともあります。子供たちが餓死してしまうことも珍しくありません。少しでも多くの子供が生き残れるように、母ライオンは常に命懸けで狩りに挑戦し続けなければならないのです。

もう一つ、子供ライオンの死因で多いのは、なんとオスライオンによる殺害です。新たなオスがプライドのリーダーとなった時、なるべく早く、確実に自分の遺伝子を残したい新たなオスライオンは、それまでに生まれていた子供を殺します。メスが早く自分の子供を妊娠できるようにするためです。

メスライオンはこれまで大切に育ててきた子供を守るため、自分よりもはるかに体の大きなオスライオンと激しい戦いを強いられ、時にはメスライオンが殺されてしまうことも……。ライオンの最大の敵はライオンとも言えるかもしれません。


寄り添うライオンの母子(写真:『私の職場はサバンナです!』より ©YukaonSafari)

ライオンをターゲットにする密猟も

ただでさえこんなに厳しい自然界を生きているのに、人間によって生み出されるさらなる障壁もあります。それは密猟です。密猟とは、違法に陸上の動物を狩猟したり、植物を採取したりすることです。生活に困っている地域住民は、食料やお金にするため草食動物のお肉を狙って保護区に侵入します。そして針金などを使って作った罠をサバンナに仕掛けるのです。狙いのインパラやシマウマなどがかかることもあれば、この罠にライオンが引っかかってしまうこともあるのです。

足や首の周りなどに針金が巻き付き、首を切ったり絞めてしまったり、怪我をして歩けなくなったり、怪我の炎症から死んでしまったりと、この針金の罠はライオンだけではなく様々な動物に悲劇をもたらしています。

また、ライオンをターゲットにする密猟もあります。中国やベトナム、ラオスなどの東南アジアではライオンの歯や爪は装飾品に、骨は伝統薬として需要の高いトラの骨の代わりに(密猟や生息地の減少が原因で野生のトラは急速に減少しており、トラよりは安価な代替品としてライオンが狙われています)、高値で取引されています。

そもそも、保護区の近くに住む住民にとっては、ライオンは自分の家畜を襲うかもしれない敵のような存在です。そんな敵に復讐するためにライオンを毒殺する住民もいます。そのライオンの死体を売れば大金を得られるとなると、ますます密猟は加速してしまいます。

クルーガー国立公園を含むグレートリンポポトランスフロンティアパークでは2009〜2018年の10年間で43頭のライオンが毒殺されました。歯や爪を売るために、頭や足が切り落とされたライオンの死体が多く発見されています。私自身は密猟されたライオンに出会ったことはまだありません。しかし、どの動物でも罠に引っかかっているのを見た時は、とても残念な気持ちになります。人間の都合で酷い目にあってしまっていることに、同じ人間として本当に申し訳なく思います。

このように密猟や住民との軋轢、生息地の減少など、ライオンは様々な問題を抱えており、過去20年間で43%も減少したと言われています。地域住民の生活を守りながら、野生のライオンたちがこれからも繁栄できるようにするにはどのような活動が必要でしょうか?

観光のために「過保護」にされた王様ライオン

現地では、地域住民との連携、罠の除去、密猟者の取り締まり、絶滅してしまったエリアへの再導入など様々な活動が行われています。広大なサバンナを地道に歩きながらパトロールして、密猟者に仕掛けられた罠を発見しては取り除く作業を行っているレンジャーや、ライオンの動きや数をモニタリングするリサーチチームなどが保護活動に大きく貢献しています。


保護活動の難しいところは「過保護との線引き」です。東アフリカのケニアに保護区や観光客の間で有名になったオスライオンがいました。オス同士の縄張り争いの中で顔に大きな傷を負いつつも、戦いに勝ち広大な縄張りを制し続けたこのオスは、強さの象徴として一躍人気のキャラクターとなりました。旅行客は百獣の王を思わせる彼を一目見たいとサファリに来るようになり、彼の顔の傷が悪化すると、大事に至る前に獣医が介入し治療をしてきました。

前述したように厳しいライオンの社会では、多くの場合数年で群れのリーダーが入れ替わります。しかし獣医が介入し続けたり、いずれ縄張りの王の座を狙っていたかもしれない若いオスライオンが地域住民との軋轢で殺されたりしていることも影響してか、なんとこのオスライオンは約8年間も王の座に居続けました。治療のおかげもあり、通常の野生のオスライオンの平均寿命をはるかに超えたこの長寿のリーダーは、多くの観光客を引き寄せる重要な存在になった一方で、遺伝的多様性への懸念ももたらしました。

本来は新たなオスがリーダーとなることで、より強い遺伝子が定期的にプライドに流れてきます。しかしずっと同じオスが王の座に居続けると、近親交配のリスクが高まってしまう可能性があります。実際に一部のメスライオンが群れを離れ始めるなど、ライオンの社会構成にも影響をもたらしたという研究者もいます。

密猟や住民との軋轢など、人間が原因で生じてしまった怪我の場合と違って、自然界の中で生じた怪我への介入は慎重に考えなくてはなりません。よかれと思って行った保護活動が、長期的にみるとかえって悪影響を生んでしまうなんてことがないように、観光上の都合や人間の感情は排除して、自然のあるべき姿を守れるようなベストな関わり方を考えることが大切なのです。

(太田 ゆか : 南アフリカ政府公認サファリガイド)