大事なのは“妄想”と“クラウド” - 澤円氏が語るテクノロジーへの向き合い方
コロナ禍での経験を通して人類が痛感したのは、「デジタルが無ければビジネスもままならない」ということだった。いまやデジタルはインフラとなり、あらゆる領域のビジネスで活用されている。
そうした中、重要性を増しているのが、自社におけるデジタルインフラをどのようなかたちで持つのかという点だ。オンプレミスではなくクラウドを活用する企業が増えているが、それはなぜなのか。
7月13日、14日に開催された「TECH+ フォーラム クラウドインフラ Days 2023 Jul.ビジネスを支えるクラウドの本質」では、圓窓 代表取締役で元日本マイクロソフト 業務執行役員の澤円氏が登壇。「今、クラウドについて語るとき澤が語ること〜最新テクノロジーと向き合うために必要なマインドセット」と題した講演を行った。
○コロナ禍で世界はリセットされ、デジタルはインフラになった
澤氏と本イベントのテーマである「クラウド」との関係は深い。元々マイクロソフトでMicrosoft Azure(当時はWindows Azure)の初代セールスリードを務めていた同氏は、多くの企業に足を運びクラウドの有用性について説明して回っていたという。
ただ、その際によく顧客から言われていたのは「事例が無い」「運用コストが読めない」「移行が大変そう」「トラブル時に責任が取れない」といったネガティブな言葉だった。こうした反応の背景にあったのは、当時の多くの企業がIT部門を“コストセンター”と捉えていたからではないかと澤氏は推測する。
「しかし、その考えは2020年にリセットされました」(澤氏)
2020年に起きたこととは、言うまでもなく新型コロナウイルス感染症の流行によるパンデミックである。コロナ禍で人々は移動を制限され、ビジネスにも大きな影響を及ぼした。そんな中、企業がビジネスを維持できたのはデータと通信、つまりインターネットというテクノロジーがあったからだ。
澤氏は「2020年はリモートワーク元年。それまでイコールで語られがちだった『仕事』と『出勤』が切り離された」と説明する。さらにコロナ禍は人々の生活面にも影響を与えた。コロナ禍で店舗に行くことが難しくなった人々はECサイトで買い物をするようになった。では、この買い物とは「果たして何を買っているのか」と澤氏は切り出した。
「例えばECサイトで靴を買っても、すぐに靴が手元に届くわけではありません。購入ボタンを押して買い物をした気になっている、つまり“コンテンツ”を買っているのです」(澤氏)
言い換えるなら、「人々はデータを信じるようになり、デジタルは人類のインフラになった」(澤氏)のだ。
澤氏はデジタルのインフラ化を説いた
こうしたコロナ禍による影響と前後してビジネスの世界に浸透したのが「XaaS」である。XaaSとは、Everything as a Serviceのことで、「あらゆるものがサービスとして提供される」という考え方だ。このXaaSは、DXとも密接な関係があると澤氏は言う。
○DX実現のためにクラウドが必要な理由
では、そもそもDXとは何だろうか。
DXはよく、既存業務をデジタル化して効率化することだと思われがちだが、そうではない。DXとは“事業そのもの”のデジタル化であり、会社のビジネスの根幹に関わる変革を指す。
澤氏は「全てのビジネスは社会貢献」であり、「そのためには“パワー”が必要」だと主張する。
ここで言うパワーとは、人材や資金だけではなく、「ITのパワー」も含んでいる。なぜなら、前述したように「ITはいまや人類のインフラ」だからである。
では、どうすればITのパワーを手に入れられるのか。サーバを購入し、自社で所有すれば良いのか。
ここで澤氏は「自社でITを“所有する”ことがパワーになるのでしょうか」と疑問を投げかけた。
同氏によると、2012年から現在までの約10年間で世界のデータ量は14.9倍にも増加しているという。当然、企業が扱うデータも増大しているため、もし自社でサーバを用意しようとすると膨大なコストがかかってしまうことになる。
そこで、クラウドの力を借りることが必要になるわけだ。
それでも従来のやり方にこだわる企業がよく使う言葉として「運用でカバー」や「とりあえず」などがあると同氏は言う。先ほどの例に当てはめるなら、「扱うデータが増えたなら“とりあえず”サーバを増強して“運用でカバー”しましょう」といった言葉が出てくるのだ。
「こうしたやり方はもう止めましょう」と澤氏は提言する。
「運用でしんどい思いをしても、生産性は上がりません。我慢と鍛錬は違うのです。“とりあえず”でITを使うくらいなら“やめる”ことを選びましょう。外部(クラウド)に出してしまって、自分たちが運用しやすいかたちに必要があるのです」(澤氏)
○イノベーションを生む鍵は“妄想”にある?
その上で、DXを実現するために重要なのは「妄想すること」だと澤氏は続ける。
なぜDXに妄想が必要なのか。同氏が例に挙げるのが、小説家ジュール・ヴェルヌ氏のSF作品『月世界旅行』だ。
19世紀に書かれたこの物語は、今読むと荒唐無稽な部分が多々ある作品だと澤氏は言う。しかし、『月世界旅行』は、後に“ロケット工学の父”とも呼ばれ、現在の宇宙ロケットの礎を築いた物理学者コンスタンチン・ツィオルコフスキー氏に多大な影響を与えた。
ツィオルコフスキー氏はヴェルヌ氏の小説に感銘を受け、ロケット工学の基礎となる考え方を研究していったそうだ。言わば、妄想が人類を宇宙へと連れ出したのだ。
この妄想こそ現代のビジネスの飛躍にも必要だと澤氏は力を込めた。
妄想の例としてもう1つ、同氏が挙げたのがUber Eatsである。Uber Eatsは、「街の飲食店」と「個人所有のスマホ」、そして「個人所有の自転車・バイク」を組み合わせてイノベーションを起こしたサービスだ。それぞれの要素はすでに世の中にあったものばかりだが、これらをクラウド上でアプリケーションとして組み合わせた点が「革新的だった」と指摘する。
妄想から着想を得たアイデアがあっても、それを実装するためにはインフラが必要である。それも、いち早くリリースするためには自社で一から構築するのは非効率である。だからこそ、すでに基盤が構築されていて、すぐに実装へ取りかかれるクラウドが必要になるのだと澤氏は続けた。
「ビジネスを大きなものとして考えて妄想してみましょう。そこで『このようなサービスが良いのではないか』というアイデアを巡らせたときに、圧倒的コンピューティングパワーを持つクラウドが必要になります」(澤氏)
もっとも、クラウドに対して不安を抱える人は未だに少なくない。セキュリティが気になって導入をためらう経営者もいる。しかし、そうした恐怖は「知らない」からこそ生まれるものであり、「まず挑戦することで払拭できる」と澤氏は言う。
クラウドセキュリティに例えると、オンプレミスは言わば一軒家のようなもので、サイバー攻撃の侵入可能経路を自分自身で把握する必要がある。だが、物理的にサーバルームに侵入されるなどの手口を採られると、対処も解決も難しい。思いもよらない事故が発生する可能性があるのがオンプレミスの宿命だ。
一方、クラウドは侵入経路を限定できることがメリットだ。物理的に侵入することはできないため、攻撃者は必ずサービス経由で侵入してくる。その場合、徹底したID管理を行うことで対処が可能になるわけだ。
このように、「知っているだけで不安は払拭できる」(澤氏)のだ。
○現場を徹底的に観察することでユーザーニーズを掴む
澤氏はさらに、ビジネスのヒントとしてユーザーニーズを掴む方法について次のように説明する。
「かつて、世界最初のガソリン自動車が生まれたとき、世の中ではまだ馬車がメインの移動手段でした。自動車は馬もいないのに動くことから“悪魔の乗り物”などと呼ばれていたんです。ですが、この自動車に目をつけたのがフォードでした。フォードは、人々のニーズが馬車にあるのではなく、“早く安全に移動する手段”であることを見抜いたのです」(澤氏)
この例から分かるのは、「ユーザーの言うことは全てが正しいわけではない。だが、ニーズはユーザーの中にある」(澤氏)ということだ。
そして、ユーザーは常に現場にいる。そうであるならば、ニーズを掴むには現場を徹底的に観察することが重要になる。
ビジネスを生むサイクルとして「PDCA」という言葉があるが、今はもう「それでは不十分」だと澤氏は断言する。
現在、澤氏が注目している考え方は「OODA(Observe、Orient、Decide、Action)」で、日本語で表すと「観察、状況判断、意思決定、実行」となる。
現場で起こっていること観察し、そして素早く実装することがユーザーのニーズを掴み、いち早くビジネスを成功させることにつながるのだ。
最後に澤氏は「ビジネスは選択肢に満ちている。たくさんの選択肢がある中で、ストックする価値があるのはモノではなくアイデア」だと述べた。続けて、アイデアをデータとしてストックすることが重要なのであり、ストックの場所の準備に時間をかけている場合ではないと強調し、改めてクラウドやOODAでビジネスの素早さを重視することの必要性を説いた。
そうした中、重要性を増しているのが、自社におけるデジタルインフラをどのようなかたちで持つのかという点だ。オンプレミスではなくクラウドを活用する企業が増えているが、それはなぜなのか。
7月13日、14日に開催された「TECH+ フォーラム クラウドインフラ Days 2023 Jul.ビジネスを支えるクラウドの本質」では、圓窓 代表取締役で元日本マイクロソフト 業務執行役員の澤円氏が登壇。「今、クラウドについて語るとき澤が語ること〜最新テクノロジーと向き合うために必要なマインドセット」と題した講演を行った。
澤氏と本イベントのテーマである「クラウド」との関係は深い。元々マイクロソフトでMicrosoft Azure(当時はWindows Azure)の初代セールスリードを務めていた同氏は、多くの企業に足を運びクラウドの有用性について説明して回っていたという。
ただ、その際によく顧客から言われていたのは「事例が無い」「運用コストが読めない」「移行が大変そう」「トラブル時に責任が取れない」といったネガティブな言葉だった。こうした反応の背景にあったのは、当時の多くの企業がIT部門を“コストセンター”と捉えていたからではないかと澤氏は推測する。
「しかし、その考えは2020年にリセットされました」(澤氏)
2020年に起きたこととは、言うまでもなく新型コロナウイルス感染症の流行によるパンデミックである。コロナ禍で人々は移動を制限され、ビジネスにも大きな影響を及ぼした。そんな中、企業がビジネスを維持できたのはデータと通信、つまりインターネットというテクノロジーがあったからだ。
澤氏は「2020年はリモートワーク元年。それまでイコールで語られがちだった『仕事』と『出勤』が切り離された」と説明する。さらにコロナ禍は人々の生活面にも影響を与えた。コロナ禍で店舗に行くことが難しくなった人々はECサイトで買い物をするようになった。では、この買い物とは「果たして何を買っているのか」と澤氏は切り出した。
「例えばECサイトで靴を買っても、すぐに靴が手元に届くわけではありません。購入ボタンを押して買い物をした気になっている、つまり“コンテンツ”を買っているのです」(澤氏)
言い換えるなら、「人々はデータを信じるようになり、デジタルは人類のインフラになった」(澤氏)のだ。
澤氏はデジタルのインフラ化を説いた
こうしたコロナ禍による影響と前後してビジネスの世界に浸透したのが「XaaS」である。XaaSとは、Everything as a Serviceのことで、「あらゆるものがサービスとして提供される」という考え方だ。このXaaSは、DXとも密接な関係があると澤氏は言う。
○DX実現のためにクラウドが必要な理由
では、そもそもDXとは何だろうか。
DXはよく、既存業務をデジタル化して効率化することだと思われがちだが、そうではない。DXとは“事業そのもの”のデジタル化であり、会社のビジネスの根幹に関わる変革を指す。
澤氏は「全てのビジネスは社会貢献」であり、「そのためには“パワー”が必要」だと主張する。
ここで言うパワーとは、人材や資金だけではなく、「ITのパワー」も含んでいる。なぜなら、前述したように「ITはいまや人類のインフラ」だからである。
では、どうすればITのパワーを手に入れられるのか。サーバを購入し、自社で所有すれば良いのか。
ここで澤氏は「自社でITを“所有する”ことがパワーになるのでしょうか」と疑問を投げかけた。
同氏によると、2012年から現在までの約10年間で世界のデータ量は14.9倍にも増加しているという。当然、企業が扱うデータも増大しているため、もし自社でサーバを用意しようとすると膨大なコストがかかってしまうことになる。
そこで、クラウドの力を借りることが必要になるわけだ。
それでも従来のやり方にこだわる企業がよく使う言葉として「運用でカバー」や「とりあえず」などがあると同氏は言う。先ほどの例に当てはめるなら、「扱うデータが増えたなら“とりあえず”サーバを増強して“運用でカバー”しましょう」といった言葉が出てくるのだ。
「こうしたやり方はもう止めましょう」と澤氏は提言する。
「運用でしんどい思いをしても、生産性は上がりません。我慢と鍛錬は違うのです。“とりあえず”でITを使うくらいなら“やめる”ことを選びましょう。外部(クラウド)に出してしまって、自分たちが運用しやすいかたちに必要があるのです」(澤氏)
○イノベーションを生む鍵は“妄想”にある?
その上で、DXを実現するために重要なのは「妄想すること」だと澤氏は続ける。
なぜDXに妄想が必要なのか。同氏が例に挙げるのが、小説家ジュール・ヴェルヌ氏のSF作品『月世界旅行』だ。
19世紀に書かれたこの物語は、今読むと荒唐無稽な部分が多々ある作品だと澤氏は言う。しかし、『月世界旅行』は、後に“ロケット工学の父”とも呼ばれ、現在の宇宙ロケットの礎を築いた物理学者コンスタンチン・ツィオルコフスキー氏に多大な影響を与えた。
ツィオルコフスキー氏はヴェルヌ氏の小説に感銘を受け、ロケット工学の基礎となる考え方を研究していったそうだ。言わば、妄想が人類を宇宙へと連れ出したのだ。
この妄想こそ現代のビジネスの飛躍にも必要だと澤氏は力を込めた。
妄想の例としてもう1つ、同氏が挙げたのがUber Eatsである。Uber Eatsは、「街の飲食店」と「個人所有のスマホ」、そして「個人所有の自転車・バイク」を組み合わせてイノベーションを起こしたサービスだ。それぞれの要素はすでに世の中にあったものばかりだが、これらをクラウド上でアプリケーションとして組み合わせた点が「革新的だった」と指摘する。
妄想から着想を得たアイデアがあっても、それを実装するためにはインフラが必要である。それも、いち早くリリースするためには自社で一から構築するのは非効率である。だからこそ、すでに基盤が構築されていて、すぐに実装へ取りかかれるクラウドが必要になるのだと澤氏は続けた。
「ビジネスを大きなものとして考えて妄想してみましょう。そこで『このようなサービスが良いのではないか』というアイデアを巡らせたときに、圧倒的コンピューティングパワーを持つクラウドが必要になります」(澤氏)
もっとも、クラウドに対して不安を抱える人は未だに少なくない。セキュリティが気になって導入をためらう経営者もいる。しかし、そうした恐怖は「知らない」からこそ生まれるものであり、「まず挑戦することで払拭できる」と澤氏は言う。
クラウドセキュリティに例えると、オンプレミスは言わば一軒家のようなもので、サイバー攻撃の侵入可能経路を自分自身で把握する必要がある。だが、物理的にサーバルームに侵入されるなどの手口を採られると、対処も解決も難しい。思いもよらない事故が発生する可能性があるのがオンプレミスの宿命だ。
一方、クラウドは侵入経路を限定できることがメリットだ。物理的に侵入することはできないため、攻撃者は必ずサービス経由で侵入してくる。その場合、徹底したID管理を行うことで対処が可能になるわけだ。
このように、「知っているだけで不安は払拭できる」(澤氏)のだ。
○現場を徹底的に観察することでユーザーニーズを掴む
澤氏はさらに、ビジネスのヒントとしてユーザーニーズを掴む方法について次のように説明する。
「かつて、世界最初のガソリン自動車が生まれたとき、世の中ではまだ馬車がメインの移動手段でした。自動車は馬もいないのに動くことから“悪魔の乗り物”などと呼ばれていたんです。ですが、この自動車に目をつけたのがフォードでした。フォードは、人々のニーズが馬車にあるのではなく、“早く安全に移動する手段”であることを見抜いたのです」(澤氏)
この例から分かるのは、「ユーザーの言うことは全てが正しいわけではない。だが、ニーズはユーザーの中にある」(澤氏)ということだ。
そして、ユーザーは常に現場にいる。そうであるならば、ニーズを掴むには現場を徹底的に観察することが重要になる。
ビジネスを生むサイクルとして「PDCA」という言葉があるが、今はもう「それでは不十分」だと澤氏は断言する。
現在、澤氏が注目している考え方は「OODA(Observe、Orient、Decide、Action)」で、日本語で表すと「観察、状況判断、意思決定、実行」となる。
現場で起こっていること観察し、そして素早く実装することがユーザーのニーズを掴み、いち早くビジネスを成功させることにつながるのだ。
最後に澤氏は「ビジネスは選択肢に満ちている。たくさんの選択肢がある中で、ストックする価値があるのはモノではなくアイデア」だと述べた。続けて、アイデアをデータとしてストックすることが重要なのであり、ストックの場所の準備に時間をかけている場合ではないと強調し、改めてクラウドやOODAでビジネスの素早さを重視することの必要性を説いた。