セガが1994年に発売したセガサターンは、初代のPlayStationと同世代となるゲーム機で、「脳天直撃」というキャッチコピーで知られています。セガサターンに搭載されているCPUは日立製作所の32bitRISCマイコンアーキテクチャ「SuperH RISC engine(SH)」を採用した「SH-2」チップで、前期型には1台になんと2基のSH-2チップが搭載されていました。なぜSH-2がセガサターンに2基も搭載されることになったのかについて、元日立製作所の半導体部門であるルネサスエレクトロニクスがその開発エピソードを紹介しています。

開発ストーリー 第六話 | ルネサス エレクトロニクス

http://web.archive.org/web/20150417010407/http://japan.renesas.com/products/mpumcu/superh/related_sh/theme/story/06.jsp



Sega Saturn Architecture | A Practical Analysis

https://www.copetti.org/writings/consoles/sega-saturn/

日立製作所のSHはRISC命令セットやパイプライン化されたデータパスなどを取り入れた新しいアーキテクチャで、このアーキテクチャに基づいて1992年に開発されたマイクロプロセッサーがSH-1でした。しかし、日立製作所が自信を持って開発したSH-1の出荷量は月数千個というレベルで、大口のユーザーが現れないという問題に悩んでいました。

そこに、新ハードの開発を検討していたセガが日立製作所のPA-RISCアーキテクチャマイコン「PA-10」の採用を見送ったという情報が日立製作所のSH開発チームの元に飛び込んできます。SH開発チームは日立製作所の汚名返上を賭け、1992年の夏に改めてセガにSH-1をアピールすることにしました。そして、開発チームはセガにSH-1を何度も売り込みにいったそうです。

この時、セガはNECのRISCマイクロプロセッサであるV810など他社チップの採用を検討していたそうですが、セガは性能を比較した結果、最終的に日立製作所のSH-1を選んだとのこと。ルネサスエレクトロニクスによると、開発者の河崎俊平氏が何度目かのプレゼンのためにセガを訪れたところ、セガから開口一番に「ああ、いいですよ。SHに決めましたから」という回答をもらい、驚いたそうです。ただし、セガはSH-1の性能では満足できず、SH-1の16bit乗算器を32bit乗算器に作り直すことを要求したため、開発メンバーだった野口孝樹氏らはSH-1の量産が始まってからわずか2カ月で改良を行い、SH-2を完成させました。



by Yaca2671

しかし、競合他社であるソニーが開発するPlayStationや任天堂のNINTENDO 64の高い3D描画性能を知ったセガは、SH-2の量産が行われる直前に「SH-2の演算性能では次世代ゲーム機には不足」と言い出します。演算性能を上げるにはSH-2のクロック周波数を上げればいいのですが、その場合はSH-2の設計を根本から見直す必要があり、そんな時間は日立製作所に残されていませんでした。

そこで日立製作所は、SH-2に実験的に組み込んでいたマルチプロセッシング機能を使い、SH-2搭載チップを2基搭載することでセガの期待に応えました。このマルチプロセッシング機能は複数のチップで処理を分散させるもので、「社内で開発していた情報端末でSH-2をマルチプロセッサ構成で使いたい」という社内からの強い要望があったため、ごく単純な回路を組み込むことでしぶしぶ導入されたものだったそうです。結果として、このしぶしぶ導入したマルチプロセッシング機能によって、セガからの突然の要求に応えることができたのです。

そんなわけで、セガサターンの前期型には最大28.63MHzの周波数で動作するSH-2マイコンCPUである(PDFファイル)SH7604(HD6417095)が2基搭載されており、後期型には2チップを1つに統合したHD6417098が搭載されています。2つのチップはどちらも物理的に同一ですが、片方がマスター、片方がスレーブという関係になり、マスター側がスレーブ側にコマンドを送信します。これにより、両方が同じ外部バスを共有しているにもかかわらず、ある程度の並列処理を実現できるとのこと。ただし、SH-2が2基搭載されているからといって、性能が単純に2倍になっているわけではないそうです。

以下はセガサターン(前期型)の基板で、SH-2が2基搭載されているのがわかります。



セガサターンに搭載されているメモリは2ブロックで構成されており、合計2MBです。片方のブロックは1MBのSDRAM(WRAM)でアクセス速度が速く、もう片方はアクセス速度が少し落ちる通常の1MB DRAM(WRAM-L)でした。日立製作所のSHは命令長16bitのRISC型命令アーキテクチャなのでプログラムのサイズを小さくでき、メモリ構成が小さいセガサターンでは大きなメリットとなりました。また、SH-2のアドレスバスは32bitなので、1サイクルで2命令をフェッチできます。加えて、命令を5段階に分けて実行するパイプライン処理を採用することで、処理の高速化を実現しています。

さらに、2基のSH-2をサポートする目的で、Saturn Control Unit(SCU)と呼ばれるコプロセッサも搭載されていました。このコプロセッサはDMAコントローラーとDigital Signal Processor(DSP)で構成されており、前者はメモリアクセスの制御を、後者は3D変換やライティングなどの行列・ベクトル計算を高速に実行することができました。ただし、SCUはWRAM-Lにアクセスできないのが欠点だったとのこと。

セガサターンは1994年11月に発売されましたが、1994年7月時点でSH-2は月産20万基のペースで量産されていました。ルネサスエレクトロニクスによると、1997年3月末までにセガサターンは累計756万台が製造されたとのことなので、約1500万基のSH-2がセガサターン用に出荷されたことになります。セガサターンのおかげで、日立製作所のSHチップは世界シェア第2位のRISC型マイコンとなりました。また、SH-2が量産する前からSH-2のチップ面積を小さくする設計も行っており、これによってセガサターンの後期型には1つのチップに2基のSH-2を搭載したHD6417098が搭載されています。

また、SH-2の量産体制が整ったことでSHチップの収益性もあがり、後継モデルのSH-3はカシオのカシオペアなど、Windows CE搭載の携帯情報端末にも採用されています。