読者から届いた素朴なお悩みや何気ない疑問に、人気作『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社刊)の作者・菊池良さんがショートストーリーでお答えします。今回は一体どんな相談が届いているのでしょうか。

ここはふしぎなお悩み相談室。この部屋には世界中から悩みや素朴なギモンを書いた手紙が届きます。この部屋に住む“作者”さんは、毎日せっせと手紙に返事を書いています。彼の仕事は手紙に書かれている悩みや素朴なギモンに答えること。あらゆる場所から手紙が届くので、部屋のなかはぱんぱんです。

「早く返事しないと手紙に押しつぶされちゃう!」それが彼の口ぐせです。
相談に答えてくれるなんて、なんていい人なんだって? いえいえ。彼の書く返事はどれも想像力だけで考えたショートストーリーなのです。

さぁ、今日も手紙がやってきましたよ──。

【今回の相談】友人からの誘いをうまく断れない

友人からの誘いを断りたいときに、はっきり断ると印象が悪いんじゃないかと思って、うまく断れないときがあります。どうすればいいでしょうか。(PN.縁側ドリームさん)

【作者さんの回答】カニのパンはどっち向きに歩く?

 

今日は金曜日。もうすぐ楽しい週末がやってきます。縁側ドリームさんもどんな週末を過ごそうかとわくわくしています。そんなとき、一本の電話がかかってきました。

「ねえ、今度の週末だけど、ふたりで庭に落とし穴を掘って、忘れたころに落ちてみないかい。やったことないだろう?」

「うん、たしかにやったことはないなぁ」

縁側ドリームさんはそう思いました。

「そうだよね。落とし穴、掘ろうか」

「うーん、まだ予定がわからないんだ。行きたいんだけどね」

「そうか、行きたいか。じゃあ、準備しておくね」

そう言うと友人はガチャンと電話を切りました。

縁側ドリームさんは腕を組んで考え込みました。

(ああ、たいへんなことになってしまった……!)

やんわり断ったつもりがまったく通じていません。ことばのクッションとして置いた"行きたい"が拡大解釈されてしまいました。コミュニケーションの恐ろしいところです。

●友人の誘いを断るための思わぬ秘策

しかし、実は縁側ドリームさんには秘策があります。こんなこともあろうかと、ネット通販で業務用のオーブンを買っていました。パンを焼くのです。

縁側ドリームさんはパン生地をカニの形にして焼きました。そして、ひと工夫。足に仕掛けをして、水平に動くようにします。まるで本物のカニのように動くのです。

「さぁ、できたぞ。こいつをいくつか家の前を歩かせよう」

そう言って縁側ドリームさんはカニのパンを家のまえに放ちました。それを見たひとは驚いて声をあげます。

「おい、あれを見ろ。カニのパンが歩いている。しかもまっすぐに」

縁側ドリームさんはカニのパンを横歩きではなく、まっすぐ歩くようにしたのです。見たひとは、カニのパンが歩いているという驚きと、カニは横歩きするものだという固定観念が裏切られたという二重の驚きで、頭がくらくらしました。

家のまえにはひとだかりができて、歩くカニのパンを動画に撮ってSNSにアップするひともいます。動画はどんどん拡散されていきます。

●友人からの再びの電話に…

そして、評判を聞きつけたテレビ局が取材にやってきました。夜のニュース番組の取材です。

「ワーオ、なんてことでしょう。見てください、カニのパンがまっすぐ歩いている」

レポーターがテンション高くしゃべります。マイクを向けられた縁側ドリームさんは「明日、この家で販売しますよ」と宣言しました。

その日の夜にまた電話がかかってきました。この前も電話してきた友人からです。

「なぁ、いまニュースを見ているよ。すごいな、大人気みたいじゃないか。カニのパン、売るんだって?」

「うん、それで申し訳ないんだけど、明日は落とし穴を掘れそうにないよ」

「あぁ、そうだろうね。わかった、自分ひとりで掘ることにするよ。いいのができたら写真送るから」

縁側ドリームさんはほっとしました。これで明日は穴掘りをしなくてすみます。縁側ドリームは上機嫌で受話器を置くと、キッチンに向かいました。明日売るパンの仕込みがはじまります。

【編集部より】

縁側ドリームさん、断るためにもっとたいへんなことになっていますよね!? このためだけにこのためだけに業務用のオーブンを買わなきゃいけないのでしょうか。もうお店をはじめるのに等しくて、週末どころではなくなっています。

「ふしぎなお悩み相談室」は、毎月第2金曜日に更新予定! あなたも、手紙を出してみませんか? その相談がすてきなショートストーリーになって返ってきます。