新紙幣が導入される2024年のドル円レートはどうなっているだろうか(写真:ブルームバーグ)

ドル円相場が不安定な動きを見せている。6月末には1ドル=145円付近まで円安が進んだ後、7月中旬にかけては一転して急落、137円台までドル安円高に振れた。さらに、今度は植田和男日銀総裁などの発言で再び円安に振れるといった具合だ。

もっとも、7月に入って、ドルは7月から対ユーロでも下落が進んでおり、最近のドル高→ドル安は、アメリカの国債金利とほぼ連動している。7月初旬に5%を超えていた同国の2年物国債金利は、その後一時4.6%付近まで低下するなど、振れ幅が大きくなっている。

FRBは景気悪化招かずインフレ沈静化に成功しつつある

実は、7月25〜26日に開催されるFOMC(連邦公開市場委員会)において、FRB(連邦準備制度理事会)が再利上げを行うとの市場の見方はほとんど変わっていない。これまで発表された同国の経済指標は強弱入り交じっており、2年国債金利の水準は、6月末時点とほぼ同じ水準に戻っている。

ただ、2022年から同国経済の一番の悩みだった高インフレについては、和らぐ兆候が見えている。重要な指標として注目されていた6月CPI(消費者物価指数)は、食品などを除くコアベースで前月比+0.16%と、2021年2月以来の低い伸びとなるなど、明確に低下した。

また労働市場の逼迫に起因しているサービス価格も同様に低下している。この動きは、筆者にとってはほぼ想定内の動きではあるが、2022年以来の高インフレは幅広い分野で和らぎつつある。

経済が急減速することなく、高インフレが和らぎつつあることは、FRBのこれまでの政策対応がうまくいっていることを意味する。3月のシリコンバレーバンク(SVB)など銀行破綻ショック後も、小規模な銀行による貸し出しは増え続けており、現在のところ、懸念された「信用収縮で経済活動が失速する兆し」は見られない。

金融引き締めによる経済減速が大きくなっていない最大の要因は、労働市場が過熱状態から程よい状況へと、緩やかな調整にとどまっていることにある。このように、同国経済は、FRBが目指すソフトランディングの経路をたどりつつある。

もっとも、同国の金利が不安定に上下している中で、いわゆる逆イールド(長短金利の逆転現象)が、近い将来の同国の景気後退(2四半期連続以上のマイナス成長)を示唆する状況は変わっていない。ただ、逆イールドが将来の景気後退を招くというのは経験則の1つにすぎず、今回の局面では当てはまらない可能性が高まっていると筆者は考えている。

利上げ終了なら、急激なドル安円高が進む?

ところで、もしFRBによる利上げが最終局面に入りつつあるのだとしたら、2022年から続くドル高基調も同様に転換する可能性が高まる。筆者の見立てどおりにドル安が始まるとすれば、今後どの程度円高が進むだろうか。

報道等でも伝えられるとおり、現在の1ドル=140円付近という水準で外国から日本のモノやサービスを見たとき、かなり割安であることは間違いない。実際、IMF(国際通貨基金)が算出した購買力平価(長期的に見て、2国間の財・サービスの価格が均衡する水準)は、2023年時点で1ドル=約90円だ。単純比較すると、円は対ドルで約35%も割安であり、1970年代半ば以降で現在は最も円安が進んでいると位置付けられる。

ということは、足元では円は歴史的に割安な水準にあるため、仮にドル安が始まれば、急ピッチに円高に転じるとの懸念が浮上するかもしれない。ただ、購買力平価は、よく知られているとおり「理論値の1つ」であり、為替予想の目安としては事実上ほぼ使えない。

実際に歴史を振り返ると、日本においては、購買力平価対比では円高の時代がかなり長く続いた。1995年には4月に1ドル=79円75銭まで円高が進んだが、当時の購買力平価では1ドル=約170円だったので、円は実に2倍以上も通貨高だった。つまり、このときは、方向性は真逆だが、現在の「円安度合い」よりも、極端な「超円高」だったことになる。

購買力平価対比の円高は1995年をピークに、1986年〜2012年の30年弱続いた。この長期の円高が解消され、購買力平価対比での円安が定着するのは、アベノミクスよる金融緩和強化が始動した2013年以降である。

実は、1990年代半ばから2012年までの購買力平価対比で円高だった時期は、日本のデフレ時代と重なっている。

このため、日本銀行の金融緩和が不十分だったことが、当時円高が続いた主たる要因だと筆者は考えている。日銀がインフレ目標を明示せずに事実上の「ゼロインフレ目標」政策を続けることで人々のデフレ期待が高まり、為替市場では円高期待が根強く認識された。そして円高がさらなるデフレと低成長をもたらす、という悪循環が当時の日本経済では続いていたのである。

YCC政策変更でも、日銀の緩和修正のスピードは緩やか

2012年の第2次安倍政権誕生を機に、日本銀行に「2%物価目標」が課されたことなどで、日銀の金融緩和姿勢への信認が高まった。長きにわたる行きすぎた円高が解消され、それとともに「デフレではない経済状況」がようやく実現しつつある、ということだ。このため、2022年からの日銀による金融緩和徹底による円安進行は、脱デフレの最後の後押しとなるプラスの側面の方が大きい、と筆者は考えている。

デフレと経済低迷が20年以上続いたことを踏まえると、デフレから完全に脱却するために、日銀による金融緩和が長期化するのはやむをえないと言える。日本でも物価高が問題視されているが、諸外国と比べると物価はなお安定した領域での推移が続いている。

筆者は、7月27〜28日に開催される金融政策決定会合で、日銀がYCC(イールドカーブコントール、長短金利操作)の修正に踏み出すとは予想していない。

ただ、仮に、YCC修正が始まっても、黒田東彦前総裁の路線を継承している植田総裁の姿勢が大きく変わらなければ、金融緩和修正のスピードは、米欧対比ではかなり緩やかなペースで進むのではないか。

そうであれば、購買力平価対比での円安が一気に解消が進む格好で、急ピッチに円高が進む可能性は高くないだろう。

2010年頃まで30年間も購買力平価対比での円高が続き、稀にみるデフレ不況を経験した日本経済に対するダメージは相当大きかった。日本経済が依然として正常化の過程にあるとすれば、ドル円相場は購買力平価対比で円安である1ドル=120円付近で長期間推移しても不思議ではない。適度な通貨安は経済衰退の象徴というよりも、デフレ克服と経済正常化を後押しする政策対応の帰結として位置付けられるだろう。

(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません。当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

(村上 尚己 : エコノミスト)