脱炭素社会に向け注目される「ヒートポンプ」。省エネの鍵を握る「スクロール圧縮機」とは?
空調は、現代人が暮らすうえで欠かせない技術のひとつだ。たとえばエアコンは、家、ビル、乗り物の中など、社会のあらゆるところに設置されている。そんな空調機器の中核になっているパーツをご存知だろうか?
圧縮機である。
高効率な空調に欠かせない圧縮機
エアコンは、「ヒートポンプ」という技術によって、屋内外の温度差を作る機械だ。物質は、圧縮されると高温になり、膨張すると低温になるという特徴がある。エアコンは、冷媒と呼ばれる物質の圧縮時と膨張時の温度差を利用して、屋内の熱を屋外に放出する冷房運転、屋外の熱を室内に取り込む暖房運転を行うのだ。
ヒートポンプを効率的に機能させるには、冷媒の圧縮と膨張をスムーズに行わねばならない。その仕組みのなかで、冷媒の圧縮を担う圧縮機は、エアコンの心臓部だ。「圧縮機の性能次第でエアコンの省エネ性は8割ほど決まってしまう」といわれるほど、重要なパーツである。
圧縮機には様々な種類があるが、そのなかでも大型の空調機器に用いられることが多いのが、「スクロール圧縮機」という形式だ。スクロール圧縮機は、ほかの圧縮機に比べて効率や静粛性に優れており、広く普及している。
日立が世界で初めて実用化した「スクロール圧縮機」
スクロール圧縮機の仕組みは意外と単純だ。その内部には2つの渦巻き型の部品があり、片方は固定され、もう一方は可動式になっている。可動式の渦巻きが回転運動をすることで、外周から気体の冷媒を吸い込み、中央部に運んで圧縮する。
構造自体は単純なスクロール圧縮機だが、その開発は難しいものだった。なぜなら、内部パーツの加工にミクロン単位の正確性が求められるからだ。スクロール圧縮機は仕組みの簡単さゆえ、発想自体は古くからあったが、実用化されたのは1983年のことだった。世界で初めてエアコンが作られたのが1900年代初頭だというから、スクロール圧縮機の登場までには、多くの時間がかかったといえよう。
1980年代は2度のオイルショックを経たあとの時代で、社会全体の省エネルギー化が大きな課題になっていた。効率に優れるスクロール圧縮機は、時代が求めた存在だったのだ。
世界で初めてスクロール圧縮機を開発したメーカーは、日本の日立(現在、設計・製造を担っているのは日立ジョンソンコントロールズ空調)。その開発プロジェクトは、当時20代の社員が中心となって行われた。
当時のプロジェクトの中核を担った東條健司さんによると、開発が成功した秘訣は、若さゆえの行動力と、会社から与えられた自由度の高さだったという。調査から図面の書き起こし、試作、試験装置の運転などをすべて東條さんを中心としたメンバーの自身の手で行えたがゆえ、技術が磨かれ、研究内容の理解も捗ったそうだ。
1983年に実用化されたスクロール圧縮機は、その後数年で広く普及していった。冷媒のノンフロン化などの変化を経たいまも、スクロール圧縮機は空調機器の中核として、社会のいたるところで活躍している。
ヒートポンプ技術の進化がカーボンニュートラルに寄与する
社会のカーボンニュートラル化が急務となった現代では、高効率に熱を移動させられるヒートポンプの活躍の場は拡大している。エアコンにとどまらず、冷凍機やMRIなどの医療機器、天体望遠鏡などにもヒートポンプは使われており、社会にとってもはや欠かせない技術だ。
未来に向けての期待もある。現在のヒートポンプが生み出せる高温は70℃程度が限界だが、これが100℃を超えれば、ボイラーなどの用途にもヒートポンプが使えるようになる。熱を”移動”させるヒートポンプは、熱を“発生”させるヒーターなどと比べてより少ないエネルギーで高温を生み出せるため、脱炭素化に大きく寄与するのだ。
ヒートポンプの将来の活用先について、今後の普及が確実な電気自動車のバッテリークーラーに要注目だと東條さんは語る。ヒートポンプとその心臓であるスクロール圧縮機が、これからのカーボンニュートラル社会の根幹を支えていくことは、間違いなさそうだ。