理由は「最新エンジン」だけではない…英国―豪州の「世界最長の定期路線」を実現させたカンタス航空の奇策
■1万7000km超をノンストップで飛び続ける直行便
オーストラリアの航空最大手・カンタス航空は、2025年末にシドニー・ロンドン、シドニー・ニューヨークを直行便で結ぶ、定期路線を開設する。
2路線のうち、より長いシドニー・ロンドン間は1万7000kmを超える世界最長の定期航空路線で、約20時間の長距離フライトになる。現在同区間は、飛行機の性能的に燃料の補給が必要なことからシンガポールを経由しているが、直行便によって約4時間短縮される。なお、現時点で最長路線はシンガポール航空のシンガポール・ニューヨーク間(フライトは約19時間)である。
約20時間の長距離フライトはなぜ可能になったのか。その理由は航空機の性能、とりわけ高性能エンジンを積んだ新機材を導入したことが大きい。
■現行機に比べ、推力26%、燃費25%向上した最新エンジン
世界最長路線には、双発エンジン機の「エアバスA350-1000」が新しく採用された。2025年後半から12機の導入を予定している。
これはエアバス製のワイドボディ(双通路機)で、A350型の中で胴体が最も長い長胴型だ。全長73.79m、最大座席数440席、航続距離は1万6100kmに達する。この機体の特徴は、より推力の高いエンジン「トレントXWB-97」(ロールス・ロイス製)を採用したことである。これが決め手になったと言っていい。
現在のシドニー・ロンドン便は2007年に運航開始した。オール2階建てのエアバスA380-800型機(エンジンはロールス・ロイス製・トレント900)を使用し、シンガポール経由で運航している。現行機と旧式エンジンの性能を比べてみよう。
トレントXWB-97の推力は9万7000ポンドでトレント900の推力比で26%アップしている。ロールス・ロイスの資料によると、新しい高温タービン技術やより大きなエンジンコア、ファンの空力特性の組み合わせで推力を増加させた。機体の空力改善やエンジンにより、従来機に比べて燃費は25%削減できた。
なお、シドニー・ロンドン間の「世界最長路線」開設にいたる検証路線として活用されているパース・ロンドン便(パースは豪州南西の都市、1万4498km、所要時間18時間)では、ボーイング787-9型機(エンジンはロールス・ロイス製のトレント1000)が使われている。こちらと比較しても推力は30%向上している。
■大きくて軽い機体が必要だった
カンタス航空は2017年、オーストラリア東海岸からロンドン、ニューヨークへの直行便を就航させる超長距離飛行計画「プロジェクトサンライズ」を立ち上げ、エアバスとボーイングの両社に、これらのミッションを達成できる飛行機の開発を依頼した。大量の航空機の発注の場合や、今回のような特別な目的を持つ航空機が必要な場合に使われる手法だ。
最終的に採用が決まった「エアバスA350-1000」のほか、
・ボーイング社の777-9X(エンジンはGE製のGE-9X)
・パース線で就航中のボーイング787-9型機
も選択肢には存在していた。なぜ「エアバスA350-1000」だったのか。なぜほかの2つではダメだったのだろうか。
ボーイング社のウェブページによると、ボーイング777-9Xは座席数426席、大型の胴体延長型だ。航続距離は1万3500km。「777型機と787ドリームライナーの成功を土台として生まれた、世界最大かつ最も効率性が高い双発機」と謳われているが、短胴の777-8Xと比べて機体重量は重く、航続距離が比較的短い難点があった。
ボーイング787-9型機は、最大航続距離は1万4010kmに達するが、座席数250〜290の中型機となる。客単価を上げ、プレミアム戦略で収益化するうえで中型機は不利になる。この点は減点となったことだろう。
対してエアバスは、A350-900より長胴のA350-1000のほうが航続距離は長いという逆転現象が起きている。広くなった胴体に効率的に燃料搭載ができるようにし、長距離飛行ができるように設計したからだろう。また乗客が超長時間飛行に耐えられるよう、広々とした胴体の機体で飛ばしたかったカンタス航空の希望にかなう機体だったと言える。
■機体重量を減らし、しっかり儲ける「プレミアム戦略」
長い飛行時間を実現するには機体を徹底的に見直し、軽量化させる必要がある。機体それ自体の軽量化も重要ではあるが、よりインパクトがあるのが乗客数の削減だ。また乗客がこの長旅に耐えられるように、客室にも特別な仕様が求められる。
そこでカンタス航空が打ち出したのが「プレミアム戦略」だ。「エアバスA350-1000」の最大座席数は440席。同型機の標準座席数は350〜410席とされている。だが、カンタス航空は超長距離路線向けに、238席とゆとりある作りにした。
客室は、ファースト(6席)、ビジネス(52席)、プレミアムエコノミー(40席)、エコノミー(140席)の4クラス構成。かなり席数が絞られている計算となる。最大座席数の仕様よりも200人少ないことになる。
一方で、客単価を上げて収益力を高める必要が出てくる。カンタス航空は「上級クラスの座席数」(エコノミー以外の席種)の比率を大幅に増やした。
同型の機材を導入する他3社と比べてもカンタス航空の上級クラスの比率は突出して高い。ブリティッシュ・エアウェイズは33%、キャセイパシフィック航空23%、カタール航空14%で、カンタス航空では44%がファースト・ビジネス・プレミアムアコノミーの「上級クラス」となる。
ファーストクラスは、幅広のベッドにリクライニングチェア、大型モニターが設置されている。カンタス航空が公開した機内写真を見ると、ホテルの客室のような座席だ。他にもどのクラスの乗客でも利用できるというウェルネスゾーンまで設けており、世界一の路線に投入するにふさわしいフラッグシップ機といえる。
■カンタス航空が直行便にこだわる2つの理由
そもそも、なぜ彼らは直行便にこだわるのか。理由は2つに整理できる。
一つは北半球の国からは遠く離れた南半球の国の宿命だ。オーストラリアから出発すると、欧米先進国のどこに行くにも超のつく長距離飛行になってしまう。カンタス航空は、以前からほぼ全ての国際線=長距離飛行だった。
航空機にとっては負担の大きい長距離を、世界一と言われる安全記録を更新しながら飛行してきた誇りがある。まさに世界のエアラインの中で長距離ブランドのリーダー的存在であり、直行便開設にも並々ならぬこだわりをもっているのがカンタスなのだ。
二つ目は、同路線が超長距離線として高い運賃設定が可能な「ドル箱路線」であり、他社との激しい競争を繰り広げてきたからだ。オーストラリアはイギリスの旧植民地であり、多くの同国系の移民がおり、親族訪問などの定期的に発生するため高い航空需要がある。それを確実に取り込むためには他社にはない「直行便」で差別化をする必要があった。
現在、カンタス航空のシドニー・ロンドン便はシンガポールを経由する。所要時間は24時間〜25時間ほど。最大のライバル・ブリティッシュ・エアウェイズもシンガポールを経由し、所要時間はほぼ同様となる。
その他、カタール航空、タイ航空、マレーシア航空、中国系エアラインは自国をハブにして両国をまたいでいる。ANAとJALも東京を経由して結んでいる。
■「ドル箱路線」だから競争が激しい激戦区になっている
近年では、中東系エアラインも本腰を入れる。ドバイ・シドニー便を毎日3便飛ばしているエミレーツ航空がカンタス航空と提携した一時期はカンタス航空の経由地もドバイ国際空港に切り替わったことがある。その際、エミレーツ航空は世界一の大きさのエアバスA380を就航させて豪華さをアピールした。慌ててカンタス航空も同型機を入れたほどだ。それほどの激戦区なのだ。
カンタス航空は南半球にある国を代表するエアラインとして、長距離路線の多い宿命を背負い、どのライバルにも負けないように所要時間にこだわる必要があった、というわけだ。
彼らは、所要時間は短かければ短いほど良いサービスになることを知っている。実際、乗客にとって乗り換えは1回だけでも非常に面倒なものだ。
空港での待ち時間も半日ほど要する場合もあるため、目的地に着くまでにどっと疲れてしまう。エアラインによっては、この時間でハブ空港から無料の観光ツアーを手配するところもある。しかし、こうしたサービスに喜ぶのは時間に余裕のある学生などであって、ビジネスマンが好む時間の使い方ではない。
20時間ノンストップの「世界最長路線」はこうした旅行者の不便さを解消するとともに、競合路線におけるカンタス航空の優位性を一気に高める決定打になる――。これが「夢の直行便」にこだわる理由であり、直行便実現の原動力になった。
■かつては経由地7つ、片道4日の長旅だった
オーストラリアとロンドン間の最初のフライトは1919年。当時は28日かかっていた。翌年に設立されたカンタス航空は、35年に国際線事業に乗り出し、所要時間をどんどん短縮させていった。
カンタス航空の資料「カンガルールートの今と昔」「カンガルールートの歴史」などによると、カンガルールートが誕生した1947年、使用機はロッキードL-749コンステレーションだった。アメリカの航空機メーカー・ロッキード社が開発製造した4発プロペラ旅客機で乗客数29人。7つの空港を経由しながら、シドニー・ロンドン間を58時間かけて飛んだ。片道4日の長旅だった。
その後、機材はスーパーコンステレーションを導入。1959年には両国間を結ぶ初の民間ジェット機・ボーイング707が就航、1971年にはボーイング747ジャンボジェットが導入され、所要時間を25時間ほどに圧縮させた。さらに同ダッシュ400へと変わり、現在のエアバスA380に至っている。
機体性能、とりわけエンジン性能の向上とともに経由地を減らし、フライト時間を短縮させてきた経緯がある。そしてようやく「夢の直行便」が実現することになった。
■ぴょんぴょん跳ねるカンガルーがいなくなる寂しさ
航空機が飛びはじめて120年、プロペラ機がジェット機になって50年。この短い期間で、大きく性能は向上した。利用者は世界中のどこへでもノンストップで出掛けることのできる利便性を手に入れた。あとは、搭乗する人間の身体がそのフライト時間についていけるかどうかが焦点となる。
経由地が多いことからまるで跳ねては止まるを繰り返すカンガルーに見立て、「カンガルールート」と呼ばれて親しまれた路線であるが、これからは跳ばないカンガルーとなる。寂しさと引き換えではあるが、利便性を手に入れたことは人々にとって進歩であると思う。
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北島 幸司(きたじま・こうじ)
航空ジャーナリスト
大阪府出身。幼いころからの航空機ファンで、乗り鉄ならぬ「乗りヒコ」として、空旅の楽しさを発信している。海外旅行情報サイト「Risvel」で連載コラム「空旅のススメ」や機内誌の執筆、月刊航空雑誌を手がけるほか、「あびあんうぃんぐ」の名前でブログも更新中。航空ジャーナリスト協会所属。
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(航空ジャーナリスト 北島 幸司)