奥野一成のマネー&スポーツ講座(2)〜「報酬」はどう決まるのか

 第1回で「お金の価値」について奥野一成先生から学んだ佐々木由紀と鈴木一郎。話はプロ野球選手の年俸に発展していった――集英高校野球部顧問にして、家庭科で生徒に投資教育を行なっている奥野先生、3年生の野球部女子マネージャー・由紀、新入部員の野球小僧・鈴木の会話が続く。

由紀「鈴木君は野球を見るのも好きなんだってね。どこのファンなの?」
鈴木「ロサンゼルス・エンゼルス」
由紀「日本のチームじゃなくてMLBなんだ」
鈴木「お金の話ということで思い出したけど、この春、MLBの開幕が1週間延期されて、ニュースではその理由を『年俸総額や最低保障額をめぐるローシ対立』と言ってたけど、先生、いったいどういうこと?」

「野球とお金が好き」と公言してはばからない15歳の鈴木。野球選手の収入には興興味津々のようだ。

奥野「労使というのは労働者と使用者。この場合だと選手側とチームのオーナー側になる。簡単に言えば、選手はもっとお金がほしい、オーナーは払いたくないと言って対立していたんだ。対立が解消しなければ、選手側がストライキといって試合をボイコットする可能性もあったと言われているね」
由紀「お金でもめるなんて、品がないというか、夢がないというか、なんだかな〜という気がします」
鈴木「ストライク?」
奥野「昔は日本でも、例えば鉄道会社の社員が賃上げを求めてストライキを行ない、ほとんどの電車が止まる、みたいなことを毎年のようにやっていたんだ。だからストライキという言葉もなじみがあったんだけど、今の日本ではなかなか受け入れられない考え方かもしれないね」

 現代の高校生にストライキの説明をするのはなかなか難しい。

由紀「ちなみにメジャーリーガーの平均年俸は約4億5000万円。日本のプロ野球は約4000万円と言われています」

「できるマネージャー」由紀はネットや新聞で気になる情報を目にすると、几帳面にメモを取っているのだ。

鈴木「ゲッ。4億5000万円もらっておいて『もっとほしい』って、どういうこと?」

なぜプロ野球の選手は稼げるのか

「先週、『お金はありがとうの印です』という話をしたよね。いい商品、いいサービスを購入するためにお金を払う。実際に利用して『良かった!』と思えば、利用者はそれらの提供者に『ありがとう』という感謝の気持ちを持つ。感謝する人が増えれば増えるほど、その製品・サービスの購入にお金を払う人がどんどん増えていく。つまり、ありがとうの数だけ売上や利益が増えていく。だから、お金はありがとうの印なのです。

 おそらく普通の会社員の感覚だと、日本のプロ野球の平均年俸4000万円でも、『十分たくさんの収入を得ている』ことになるんだろうね。メジャーリーガーはその10倍以上が平均年俸だっていうんだから、確かにものすごい差なんだけど、じゃあ、どうしてプロ野球選手はこんなにお金をもらえるのだろう。

 これはプロ野球選手ひとりの活躍が、どれだけ大勢の人たちに興奮や夢、希望などを与えているのか、という点から考えると、腑に落ちるかもね。

 まず、プロ野球選手になれる確率を考えてみよう。

 毎年10月に開かれるプロ野球ドラフト会議で、各球団に新人選手の契約交渉権が割り振られるのだけど、そこでの指名人数は1球団あたり10人以内とする。12球団あるから120人くらいが指名される。

 一方、自分と同じ世代で野球をやっている人口なんだけど、僕らが子供だった時代は1クラス50人くらいで、恐らく1人か2人は野球部だったかな。つまり2%から4%が野球部ってことになるよね。で、自分と同じ年齢の人口が約100万人いると仮定すると、野球の競技人口は2万人から4万人。間を取って3万人ということにすると、そのうち120人しかプロ野球選手になれない。つまり0.4%だ。

 しかも、そのなかで年俸4000万円を稼ぐには、かなり活躍できる選手じゃないとダメ。大勢の人たちに興奮や夢、希望を与えられるような大物選手になって、10年くらい活躍できる選手なんて、きっとその10分の1くらいでしょう。つまり0.04%程度でしかないんだな。だから、会社員の年収が400万円で、プロ野球選手の平均年俸が4000万円というのは、当たり前といえば当たり前の話なんだ」

由紀「ナットク。プロの選手になれるなんて、東京大学に合格するより何倍も狭き門なんですね」
鈴木「やっぱり勉強より練習だ!」

圧倒的に違う日本とアメリカの市場規模

「じゃあ、どうしてメジャーリーグの選手の平均年俸が4億5000万円なのか、についてだけど、これは経済規模の違いで説明できるんじゃないかな。

 日本のプロ野球の1チームあたりの年間試合数は143試合なんだけど、仮に1試合の平均観客動員数を3万人にすると、年間の観客動員数は429万人(野球は1対1のチーム対戦だから、ホームでの観客動員は半分に割った214万5000人)。セ・パ両リーグで12球団だから、ざっと2574万人の観客が毎年動員されることになる。チケット代が5000円だとすると、1287億円。これがプロ野球の年間の観戦チケット売上になる。そして、これに放映権などが加算されるから、2000億円くらいの売上規模ってところかな。

 で、ここから先が大事なんだけど、米国の消費規模って、日本の3倍はある。ってことは、単純に3倍すると、メジャーリーグのチケット収入は6000億円。実際にはチーム数も試合数も日本より多いので、それ以上になる。さらにこれに放映権などが入ってくるのだけど、メジャーリーグの試合って、米国内だけじゃなくて、日本やオーストラリアなど野球が盛んな国でも放映されるから、おそらく総額で1兆円を確実に超えてくるマーケットになると推測できるんだ。

 日本のプロ野球の売上規模が2000億円程度であるのに対し、米国のメジャーリーグは1兆円超えっていうのは、マーケットの規模がこれだけ違うからなんだよ。

 さらに言えば、米国のメジャーリーグ選手って、日本のプロ野球で活躍している0.03%の人たちのなかの、さらにトップクラスじゃないと通用しないくらい選手の層が分厚いから、選手ひとりあたりの平均年俸が日本のプロ野球選手の10倍以上っていうのも、まあ納得できる話だし、選手も自分にそれだけの価値があるという自信を持っている。

 そう考えれば、4億5000万円もの年俸をもらってもストライキするのは、当然ってことなんだろうね」
 
由紀「これもナットク。自信のある選手たちがアメリカで挑戦したいという気持ちもよくわかりました」
鈴木「英語はやっとくか」

自分で仮説を立てることが大切
         
「ところで今、僕がもっともらしく言った日米プロ野球の売上なんだけど、この数字が正確かと問われたら、はっきり言っておくけど、正確じゃない。ただ、経済を見るうえで、こういうセンスが必要になってくる。

 つまり、自分で仮説を立ててみるってこと。『自分が学生だった時、1クラス50人くらいで、おそらく1人か2人は野球部だったかな』とか、『自分と同じ年齢の人口が100万人くらい』とか、いくつかの数字からマーケットの規模を推測できるセンスが身につくと、ビジネスの現場でとても役に立つ。

 ちょっとした頭の体操だね。何も考えずにスマホでグーグル先生に聞いてしまう人は多いと思うんだけど、それだと物事を考える能力がいつまで経っても身につかない。

 たとえば『アメリカにはピアノの調律師が何人いるのか』というような、実際に調査することが難しい量を、『アメリカにはピアノが何台あるのか』、『それが何年に1回壊れるのか』、『どのくらい使われているのか』など、さまざまな前提を置いて概算を出すことを、『フェルミ推定』っていうのだけど、これ、コンサルタント会社の就職の面接に必ず出てくるんだ。

 間違えてもいいから、まず自分で仮説を立ててみる。それを繰り返すことで経済、つまり世の中を見る目が養われていくんだよ。

【profile】
奥野一成(おくの・かずしげ)
農林中金バリューインベストメンツ株式会社(NVIC) 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)。京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2014年から現職。バフェットの投資哲学に通ずる「長期厳選投資」を実践する日本では稀有なパイオニア。その投資哲学で高い運用実績を上げ続け、機関投資家向けファンドの運用総額は4000億を突破。更に多くの日本人を豊かにするために、機関投資家向けの巨大ファンドを「おおぶね」として個人にも開放している。著書に『教養としての投資』『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』『投資家の思考法』など。