激闘来たる! カタールW杯特集

注目チーム紹介/ナショナルチームの伝統と革新 
第3回:ベルギー

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タレントを増やした育成の工夫

 2018年ロシアW杯で3位、これはベルギー史上最高の成績だ。1986年メキシコW杯の4位を越える快挙だった。1986年と2018年のベルギー代表はどちらも「黄金世代」と呼ばれたが、プレースタイルは違っている。しかし、全く違うかというとそうでもない。従来のベルギーらしさも残っていた。


前大会3位と強豪に成長したベルギー代表

 従来のベルギーは守備的で手堅いチームだった。ヤン・クーレマンス、エンツォ・シーフォ、エリック・ゲレツなどを擁した、1986年の「黄金世代」のチームもそうだった。

 ベルギー人の記者いわく「石橋を叩いても渡らない」のがベルギー人だそうで、慎重派の彼らからすると隣国のオランダ人は「大風呂敷を広げるタイプ」にしか見えないらしい。もちろんこれは<※個人の感想です>という類の話になるのだが、プレースタイルがベルギーとオランダで対照的だったのは事実である。

 ところが、次の「黄金世代」は一変している。ロメル・ルカク、エデン・アザール、ケビン・デ・ブライネ、アクセル・ヴィツェルらの世代は基本的に攻撃型なのだ。同時に黒人選手の増加など多様化している。この2つの変化は、別々に起きたのではなくリンクしていて、それが変化の大きな要因となっている。

 ベルギーは、2000年にオランダとユーロ(ヨーロッパ選手権)を共同開催した。それに合わせて「ビジョン2000」という育成改革を行なった。2000年のユーロには間に合わなかったのだが、その後に大きな成果をあげるに至った重要な施策だった。

 4−3−3システムの統一やゾーンディフェンスの習得、突破力のあるアタッカーの育成など技術面でのテコ入れを図っているが、最大の成果は移民系選手の取り込みだ。育成改革の成果として多様化が進むのは、フランス、ドイツ、イングランドなどと同様の現象である。

 ただ、ベルギーは人口約1200万人の小国にすぎない。もともと移民系選手が多く、その点ではヨーロッパでも早くから多様化していて、育成改革をしたからといって一気に移民系が増えるほど人口も多くない。改革の決め手となったのは育成の「外注」だった。

 ヤン・フェルトンゲンとトビー・アルデルワイレルトのDFコンビは育成に定評のあるオランダのアヤックス育ちだ。アザールはフランスのリールで頭角を表した。育成の仕上げを周辺国に任せてしまうことで、多様な才能を開花させたのだ。

 周辺国との関係を作り、あえて選手を自国内に囲い込まなかったのは、小国らしい小回りの利いた知恵と言える。

ブラジル戦で見せた慎重な対策戦法

 ルカクのパワー、アザールのテクニック、デ・ブライネのインテリジェンスなど、周辺国で地位を築いた多様な特徴の選手を集めてみると、ベルギーは大国のような何でもありのスケール感のチームに変貌した。

 2018年ロシアW杯、グループリーグのベルギーは攻撃型のオールスターチームとしてスタートしている。ルカクの1トップにドリース・メルテンスとエデン・アザールの2シャドー、MFの中央にデ・ブライネとヴィツェル。左のウイングバックはドリブラーのヤニック・カラスコだった。

 ところが、準々決勝のブラジル戦ではメンバーも構成もガラリと変えている。2−1でブラジルを破った試合はこの大会のベストマッチの1つであり、ベルギーらしさがよく表れたゲームでもあった。この場合の「らしさ」は従来型の慎重なベルギーだ。

 実は4年前のブラジルW杯もほぼ同じ経緯を辿っている。攻撃のタレント満載でスタートして、途中で守備型に軌道修正しているのだ。2018年のブラジル戦もこの試合限定の戦術だった。つまり、相手に合わせて自分たちの戦い方を決める慎重策である。

 GKティボ・クルトワとアルデルワイレルト、ヴァンサン・コンパニ、フェルトンゲンの3バックはそのままだが、MFはマルアン・フェライニ、ヴィツェル、ナセル・シャドリの3ボランチに変化。さらに前線はルカクとアザールが左右に張って、デ・ブライネが「偽9番」という奇策。ウイングバックが右のトーマス・ムニエだけという変則だった。

 ブラジルの強みである、左サイドを意識した布陣である。マルセロ、コウチーニョ、ネイマールのトライアングルへの対策だ。ブラジルの3人にはムニエ、フェライニ、アルデルワイレルトが迎撃する。

 ただ、それだけでなく返す刀で斬りつける準備をしているのがベルギーらしかった。ブラジルの左サイドバック・マルセロと対面するルカクは、マルセロをマークしないのだ。マルセロを泳がせ、ブラジルの左の3人に攻め込ませる。そして奪ったらルカクがマルセロの背後をつく。

 ルカクが怖いのでブラジルの左センターバックのミランダは左へ寄る。相方のチアゴ・シウバは中央を1人でカバーする形になった。アザールも左に張りっぱなしだったからだ。ルカクとアザールのピン止めによって、デ・ブライネが使えるスペースが広がっていた。

 前半はこの作戦がまんまと奏功。後半はブラジルに反撃されたが何とか逃げきって勝利した。もし、ベルギーが「自分たちのサッカー」にこだわっていたら、ブラジルを倒すことはできなかっただろう。

 それまでの攻撃的なスタイルで押しきろうとするのではなく、まずは相手の長所を潰して逆襲という発想の下、おそらく数日で用意した、緻密でけっこう複雑かつ面倒くさい作戦をきっちり実行する。この慎重さ、悪い言い方をすれば小心なところがベルギーらしく、ここに彼らの本領と強さがあった。

進化しているが芯は残っている

 カタール大会に臨むメンバーは、4年前とほとんど変わっていない。さらに8年前ともそんなに変化がない。「黄金世代」以降も人材は出ているのだが、なかなか世代交代が進まなかった。


ベルギー代表の主要メンバー

 アルデルワイレルトとフェルトンゲンはピークを越えていて、ルカクとアザールも4年前のパフォーマンスを発揮できるかどうかは疑わしい。デ・ブライネは元気だが、全体的には下り坂という印象は否めない。

 ただ、最新のFIFAランキング(8月)では依然として2位でもある。ブラジルに次ぐこのランキングを真に受けるかどうかはともかく、ベルギーが強豪として実績をあげているのは確かなのだ。

 ただ、過去2大会よりもさらに慎重さが問われることになりそうである。ベルギーにとってそれがどう出るかはわからないが、相手の出方を見て対策を立てて実行する戦い方は得意ではある。

 3−4−2−1というシステムも最近こそ増えてきたけれども、ヨーロッパではなかなか定着していなかった。ベルギーはいち早くこのシステムを採り入れていて、すでに強豪国なのに中堅国っぽいシステムでプレーしていた。起用する選手次第では攻撃的にもなるが、もともとは守備に向いているシステムを採り入れていたところもベルギーらしい。

 強豪に相応しい人材が揃っても奢らず、地に足がついた慎重さは変わらない。外見は華やかで豪華でも、堅実で慎ましい芯は残っている。進化しているのに変わらない。ある意味、代表チームとして理想的な歩みと言えるかもしれない。