今野泰幸が「これはヤバい」とブラジルW杯で味わった恐怖。コロンビアにPKを与えたプレーの真相も語った
私が語る「日本サッカー、あの事件の真相」第19回
W杯に潜む怖さを痛感した男の証言〜今野泰幸(2)
ブラジルW杯グループリーグ第2戦のギリシャ戦で、日本代表の今野泰幸はスタメン復帰を果たした。
初戦のコートジボワール戦は森重真人に先発を許し、ベンチから試合を見守っていた。日本は本田圭佑のゴールで先制したが、後半途中から相手の絶対的エースであるディディエ・ドログバが出場。そこから試合の流れが変わって、逆転負けを喫した。
初戦の敗戦により、日本代表のチーム内の空気は一変。窮地に追い詰められたかのような尖ったムードになった。
「(初戦で負けて)我慢強く戦いながら90分で勝つというよりも、点をとるために、勝つために、とにかく攻める。そんなスタイルに変わったんです」
極端な攻撃的なスタイルとなり、今野は不安を抱いていたが、勝つために腹をくくった。覚悟を決めて、ギリシャ戦に臨んだ。
試合は前半38分、相手に退場者が出て、ひとり多い日本にとっては有利な展開となった。
「あれは、すごく大きかった。日本の攻撃陣なら絶対に点がとれると思ったんで」
日本は、圧倒的にボールを保持した。だが、引いて守りを固めてきたギリシャをなかなか崩すことができなかった。
後半に入って遠藤保仁らを投入し、より攻撃的にシフトしたが、それでもギリシャの堅守を崩すことができなかった。勝たなければいけない試合を0−0のドローで終えた。
「相手はひとり退場したなかで、1トップを残してカウンター狙いといった感じだったので、守備での怖さはそれほどなかったんです。攻撃は......相手がブロックを作って守っているので、そう簡単には崩せませんでした。
しかも、個の能力が高く、中央も高さがあって単純なクロスでは決定機を作れない。なかなか点がとれなくて攻撃陣はイライラしていたけど、あれだけしっかり守られたら、ゴールをこじ開けるのは難しいですよ」
試合後のピッチ上では、選手の落胆ぶりが目に見えてわかった。
最終戦の相手は、グループ最強と目されていたハメス・ロドリゲス擁するコロンビア。それだけに、ギリシャ戦には是が非でも勝って、グループリーグ突破の可能性を少しでも広げておきたかった。最大の難敵との試合を前にして1分1敗という状況は、同じく「史上最強」と言われながらグループリーグで敗退したドイツW杯の時と近いものがあった。
「ギリシャ戦後はみんな、ガクンと気持ちが落ちて、チームの雰囲気は最悪でした。本当に崖っぷちに追い込まれてしまって、焦りとか、不安が大きかったと思います。ただ、強気な選手が多かったので、自信を失う、というところまではいかなかった」
グループリーグを突破するには、コロンビア戦での勝利が必須となった。2試合でわずか1点と、大会前にはゴールを量産していた攻撃陣が沈黙。その悔しさもあり、そのうえ追い込まれたこともあって、紅白戦では一段と攻撃的になった。
「絶対に勝たないといけないので、超攻撃的になって、最終ラインは自分と(吉田)麻也だけになっていました。それでも、紅白戦では相手が同じ日本人だから対応できるんですが、本当の相手はコロンビアですからね......。
めちゃくちゃ能力が高いので、怖かったです。そう思ったのは、(2013年8月に)宮城スタジアムで行なわれたウルグアイ戦(2−4)以来です。(ルイス・)スアレスがいて、(ディエゴ・)フォルランがいて、まだ何もやられていないのに『これはやられる』といった感覚に陥って、本当に恐怖しかなかった」
コロンビア戦の序盤から、今野は同様の恐怖にさらされた。
「試合が始まってすぐ、ですね。(コロンビアは)パス回しのスピードが速くて、トラップがピタッと止まるんです。それを見て、『これはヤバいレベルだ』って思いました。
危ないから、ちょっと引いて守備を修正しようと思ったけど、とても"修正"ぐらいで対応できるようなレベルじゃなかった。もっとも自分が『引いて守ろう』と言ったところで、(他の選手たちに)『何言ってんだ』って言われていたでしょうけど......。
いいテンポでパスをつながれると、どこか(のスペース)が空くじゃないですか。前を向かれた時なんて、(相手の)やりたい放題になっていましたから、そりゃ怖かったですよ」
立ち上がりから圧力をかけられ、恐怖を植えつけられたことが、今野自身のプレーにも影響した。前半16分、スルーパスに反応したFWアドリアン・ラモスに対して、今野は果敢にスライディングしていった。
ラモスが倒れてPKを献上。先制点を許した。
「あの時は、自分のタイミングだと思ったし、自分が先にボールに触れるという確信があったので、スライディングしました。そこで、レフリーがPKの笛を吹いたんです。
僕は絶対にボールに触っていると思ったので、『ボールでしょ、(相手の)足じゃないよ』って言っていたんですが、(実際には)思いきり相手の足に行っていたみたいで......。(前半を終えて)ロッカーに戻ってきて、みんなに『足だよ』と言われました。
ミスしたのは、僕のその時のメンタルというか、どこかに相手に対する恐怖心みたいなものがあって、体がこわばって、判断が遅れたからだと思います」
コロンビアの攻撃に「恐怖を感じていた」という今野泰幸。photo by REUTERS/AFLO
勝たなければ先がない試合で後手を踏んだ日本は、決死の覚悟で攻めた。今野も「後ろはなんとか耐えるから、点をとってくれ」と祈る気持ちで攻撃陣のプレーを見ていた。その願いが通じたのか、前半終了間際、岡崎慎司のゴールで日本は同点に追いついた。
「コロンビアの守備は堅かったし、強いなって思っているなか、苦しい時間帯で頼れる岡崎が泥臭く決めてくれた。同点でハーフタイムを迎えて、『イケる!』とチームはすごく盛り上がりましたね。後半、『さあ、行くぞ!』『残り45分で勝つぞ!』みたいな勢いが戻ってきていました」
だが、後半に入ると、コロンビアが勝負をかけてきた。それまで温存していたエースのハメス・ロドリゲスを投入してきたのである。
「ハメスが入ってきて、"本気のコロンビア"って感じでした。一気に雰囲気が変わりましたね。ほんと(初戦のコートジボワール戦の)ドログバみたいな感じで、『これがスターなんだな』って思いました。
実際に(コロンビアの選手は)みんな、ハメスを見ているし、ハメスもめちゃくちゃいいところにパスを出してくるんですよ。それで、他の選手の動きもさらによくなったので、こっちの緊張感はかなり高まりました」
今野はハメス・ロドリゲスの動きに注意しながら、最後のところでは絶対に止める意識をもって集中していた。ただ一方で、ハメス・ロドリゲスが出てきたことで、日本の攻撃陣からは「先に点をとらないといけない」といった焦りのようなものが生まれていた。
「(ハメス・ロドリゲスが出てきたことで)僕も含めて、『先に点をとらないといけない』『勝たないといけない』という焦りが余計に出たと思います。攻撃陣はパワープレーではないけど、それに近いプレーで、一か八かがむしゃらに攻める、といった感じが見られた。
一か八かって、たまにうまくいく時もあるんです。それはそれで盛り上がるんですけど、僕らはそんなサッカーをしてきたわけじゃないですからね。しかも、W杯の舞台で一か八かを実現させるのは相当難しい。
結局、みんな前がかりになって、スペースができていたので、カウンターを食らった。最終的に、警戒していたハメスにやられてしまった」
後半10分、そして37分と、ハメス・ロドリゲスがコロンビアの2点目、3点目のゴールをアシスト。さらに44分には、ハメス・ロドリゲス自身がダメ押しの4点目を決めて、日本にとどめを刺した。
ハメス・ロドリゲスの登場で余裕を持ってプレーしていたコロンビア。対する日本は、ハメス・ロドリゲスの登場で焦り、バランスを崩した。その差が4−1というスコアに現れた。
「同点に追いついたあと、先に点をとられたのが大きかったですね。そこから2点とって逆転するというのは、かなり厳しいと思いました。終わってみれば4点とられましたが、スコア以上に差がありましたし、言い訳できないくらいの力の差を感じました」
日本は1分2敗でグループリーグ敗退が決まった。ブラジルW杯で世界を驚かすことはできなかったのである。
(文中敬称略/つづく)
今野泰幸(こんの・やすゆき)
1983年1月25日生まれ。宮城県出身。東北高卒業後、コンサドーレ札幌入り。すぐにレギュラーの座をつかんだ。その後、Jリーグを代表するボランチとなって、FC東京、ガンバ大阪、ジュビロ磐田で力を発揮した。世代別代表でも奮闘し、2003年ワールドユース(UAE)、2004年アテネ五輪に出場。A代表でも長年活躍し、2010年南アフリカW杯、2014年ブラジルW杯に出場。現在は関東リーグの南葛SCでプレー。