「僕が得点王を獲ったら、日本のサッカー界はやばいと思います」

 サンフレッチェ広島との上位対決で2ゴールを奪い、勝利の立役者となった川崎フロンターレの家長昭博は、試合後にそう話したという。

 この日の2ゴールで得点数をふた桁に乗せた稀代のアタッカーは、得点ランクで清水エスパルスのチアゴ・サンタナに次ぐ2位タイに浮上した(29節終了時)。その差はわずか1ゴールで、得点王に輝く可能性は十分ある。


今季10ゴールで得点王争いに食い込む家長昭博

 家長は今年6月で36歳となった。世界を見渡せば、セリエAではルカ・トニが38歳で得点王に輝き、プレミアではジェイミー・ヴァーディが33歳、スペインではカリム・ベンゼマが34歳で得点王になっている。Jリーグでは初代得点王のラモン・ディアスの34歳が最年長だが、仮に家長が得点王になれば、その記録を更新することになる。

 もっとも、家長はストライカーではない。得点を奪う能力を備えてはいるものの、仕掛けられ、起点となり、決定的なパスも出せる万能型のアタッカーだ。

 ストライカーでもない36歳が得点王に輝けば、偉業である一方で、Jリーグのレベルに懐疑的な目を向けられてもおかしくはない。それこそ家長が言うように、「日本のサッカー界はやばい」ということになりかねないのである。

 そもそも、家長がランキングの上位に名を連ねているのは、史上稀に見る低水準の得点王レースに起因する。

 29節終了時でトップのチアゴ・サンタナは11得点。家長と並んで2位につけるのは、川崎と優勝を争う横浜F・マリノスのレオ・セアラに加え、今夏に鹿島アントラーズから欧州に旅立った上田綺世である。すでに日本にいない選手がいまだ2位にいるのだから、低調な争いと言わざるを得ないだろう。

 Jリーグの歴史を紐解けば、史上最も少ないゴール数で得点王になったのは、仲川輝人、マルコス・ジュニオールと横浜FMのふたりが同時受賞した2019年の15得点。今季はその時よりも、ペースは落ちる。

組織サッカーも減少の要因?

 得点の数が伸びない原因はいくつか考えられる。

 ひとつは、シーズン途中の海外移籍が挙げられる。今季途中までトップに立っていたのは上田だった。開幕からゴールを量産し、出場18試合で10得点。1シーズンで換算すれば18〜19得点のペースだから、とりわけ多くはないものの、得点王に十分に値する数字となる。

 昨年も15得点を挙げていた古橋亨梧が夏にセルティックに移籍し、12得点のオナイウ阿道とアンデルソン・ロペスもシーズン途中でチームを去っている。4試合で5得点を挙げていた2020年の鈴木武蔵も同様で、目立った活躍を見せた選手がシーズン中に移籍する流れが生まれている以上、自ずと得点王レースの水準は低くならざるを得ない。

 もうひとつは、スタイルの変化だ。組織性を重視し、ひとりのストライカーに依存しないチームが増えている。

 たとえば今季の横浜FMはレオ・セアラを筆頭に、5得点以上を記録する選手は6人。川崎にも4人いる。リーグ全体の得点数は昨季のペースから大幅に減少しているわけではないことを踏まえても、属人的な戦いをするチームが減っていることがうかがえる。FWの役回りが多岐に渡っていることも、個人の得点数が伸びない理由だろう。

 あるいは、コロナ禍の影響もあるはずだ。コンディションの問題や、交代枠の増加、ターンオーバーを敷くことも珍しくなく、恒常的にピッチに立ち続けることが難しくなっている。出場時間が減れば、得点を奪う機会が減少するのは当然だ。

 もっとも一番の問題は、やはりタレントの質ということになるだろう。とりわけ日本人ストライカーに得点王に届きそうなタレントが見当たらないのは、寂しい現実だ。

 福田正博をはじめ、三浦知良、中山雅史、高原直泰、佐藤寿人、大久保嘉人ら歴代の"キング"には、ゴールを奪うための絶対的な武器が備わっていた。得点王になれるポテンシャルを秘めたタレントの海外流出に歯止めが利かないとはいえ、日本人ストライカーの不在がよくも悪くも家長の存在を際立たせてしまっているのである。

2019年の15得点を上回るか?

 その家長は、30節の柏レイソル戦のピッチに立っている。連戦の疲れからか珍しくボールロストが目立ったが、38分に小林悠の先制点をアシストしたのはさすがだった。しかし自らの得点はなく、試合は1−1の引き分けに終わり、3連覇を狙うチームとしても厳しい状況に追い込まれている。

 トップに立つチアゴ・サンタナは同節のアビスパ福岡戦で12点目を決めて、家長との差を2に広げた。とはいえ、残り試合数は家長のほうがひとつ多く、逆転得点王の可能性は十分残されている。

 ふたりのライバルとなるレオ・セオラは、ここへきてベンチスタートが続く。一方、FC東京のアダイウトンが30節の京都サンガF.C.戦で2位タイに並ぶ10得点目をマークし、得点王候補に浮上した。

 日本人に限れば、家長に次ぐ9得点の西村拓真(横浜FM)は無念の負傷離脱。9月シリーズに挑む日本代表に招集された湘南ベルマーレの町野修斗、清水戦で2ゴールを決めた福岡の山岸祐也も9得点とした。

 家長は逆転優勝のために、町野と山岸は残留のために、残り試合を戦うことになる。重要なミッションを抱えた3人には、当然ゴールという結果が求められている。その重圧が、逆にパフォーマンスを研ぎ澄ませることになるかもしれない。

 チアゴ・サンタナが優位な状況に変わりはないものの、誰が獲るかは最後までわからない。その意味で、低水準な得点王レースも意外と悪くはないのかもしれない。