根本陸夫外伝〜証言で綴る「球界の革命児」の知られざる真実
連載第37回
証言者・福島良一(3)

根本陸夫はいかにして西武を常勝軍団に導いたのか>>

 日本のプロ野球で唯一、「ミスター・ゼネラル・マネージャー」と呼ぶべき人物──。今から31年前、メジャーリーグ評論家の福島良一は、西武球団管理部長の根本陸夫をそう評した。アメリカのゼネラル・マネージャー(GM)を熟知した立場から、常勝西武の影の功労者たる根本以外に、真のGMは日本球界に存在しないと見ていた。

 では、その後の日本球界で、根本に匹敵するようなGMは出現したのだろうか。根本への取材経験もある福島によれば、皆無に等しいとのこと。GM以外の肩書きも含め、編成トップのなかでそこまでの実績を残した人物は出ていないという。そこはアメリカとは違って、日本では監督の権限が大きいからなのか──。日米の違いを福島に聞く。

監督経験のあるGMがベストではない

「まず、GMの在り方が日米で違うんです。アメリカの場合、GMについては、野球経験は問われません。とくに今の時代は、プロ経験どころか、選手経験がなくても優秀なGMがどんどん出てきている。その点、日本の場合は、GMも監督と同様、経験を求められる場合が多い。したがって、なかなかメジャーリーグのような優秀なGMが出てこなかったと思うんです」

 現状の12球団のGM、もしくは編成トップのうち、プロの選手経験者は7人。そのなかで、西武GMの渡辺久信は現役時代に根本を間近に見ていた。それだけに「根本さんが目標」と公言するが、逆に言えば、まだそこまでの実績は挙げていない。残る5球団の編成トップは選手経験者ではないが、「経験がなくても優秀」なのか否か、一概には言えないだろう。

 当然、選手経験があるから「優秀」なのか否か、やはり一概には言えない。そのなかで、日本のプロ野球ならではと思えるのが、楽天GMの石井一久(元・ヤクルトほか)が監督を兼任しているケースだ。メジャーリーグではまず考えられないのではなかろうか。

「昔のメジャーリーグにはGM兼監督がいました。たとえば、ホワイティ・ハーゾグが1980年のシーズン途中からカージナルスの監督に就任し、なおかつGMを兼任しています。82年まで務めて、その年はチームをワールドシリーズ優勝まで導きました。でも、それから40年が経って、メジャーリーグにGM兼監督はひとりもいません。

 それ以前のように簡単な時代ではなくなり、GMの仕事が複雑化して、とてもひとりではやりきれないぐらいの仕事量がありますからね。監督と兼任するということは、常識では考えられないです。たぶん、日本のプロ野球もそういう時代になっていると思うけれど、相変わらず監督がオールマイティの球団が少なくないでしょう。だからGM兼監督も可能なんだと思いますね」

 そういう意味では「楽天だけではない」ということも言えそうだ。選手経験のある大塚淳弘(元・巨人)が編成トップ(球団副代表・編成本部長)の巨人にしても、実際には監督の原辰徳がGMと同様の役割を果たしているとも伝えられる。ただ、だからといって、監督経験のあるGMがベストというわけでもないと福島は言う。

「詳細に調べていないのでなんとも言えない部分はありますが、はたして、GMを務めるほどの野球の知識、人脈、すべて備えているのかなと、疑問符がつく人はいます。それらを踏まえれば、近年の日本球界で真のGMというと、日本ハムの吉村くんぐらいしかいないんじゃないかと思うんですよ。彼が実質、根本さんに次ぐGMと言っていいと思います」


2005年からGM補佐となり、15年から昨年までGMとしてチームを支えた吉村浩氏

日本ハムを躍進させた立役者

 2015年から21年まで、日本ハムGMを務めた吉村浩。21年オフから稲葉篤紀(元・ヤクルトほか)がGMとなり、吉村はそれまで兼任していたチーム統括本部長専任となったが、その手腕は球界内で注目されていた。選手経験はなく、1987年から90年までスポーツ紙記者。それ以前の早稲田大在学中、福島は"大リーグ研究会"を通じて吉村と知り合った。

「彼は記者を務めたあと、パ・リーグ事務局に入るんですが、その時、必ず年に1回、自費でアメリカに行っていました。メジャーリーグを勉強しに行っていたんです。当時の僕は旅行の仕事をやっていたので、彼の航空券を手配するなどしたこともありました」

 福島によれば、吉村は99年までパ・リーグ事務局に在籍したあとに渡米し、メジャーリーグのデトロイト・タイガースに勤務。3年間、GMの部下として働き、編成業務を学んだ。帰国後、阪神の総務部でチーム強化などに携わると、2005年に日本ハムに移籍。同年にGMに就任した高田繁(元・巨人)をサポートするGM補佐となった。

 肩書き上は補佐でも、実質、日米の球団運営を知るスペシャリスト。すぐにGMの信頼を得て、球団強化の柱にスカウティングと育成を掲げた。米球団での経験を生かし、自軍はもとより他球団の選手、有望なアマチュア選手など、野球に関わる全項目を数値化したデータベースを導入した。背景には当時の球団社長の理解もあった。

 吉村が整備したフロント主導の方針が功を奏し、05年以降の12年間で日本ハムは5度のリーグ優勝、2度の日本一に輝く。その間、監督を務めたトレイ・ヒルマン、梨田昌孝、栗山英樹の3人がすべてチームを優勝に導いている。そのうち12年にリーグ優勝、16年に優勝と日本一を成し遂げた栗山は、吉村が自ら招聘した指揮官だった。

「日本ハムでの実績を考えると、よく日本球界で優秀なGMになったなと思います。吉村くんは元選手でもなく、野球経験さえないんですよ。にもかかわらず、フロントで真のプロフェッショナルとして結果を出したんですから。日本のプロ野球の歴史を変えた人物だと言えますね」

メジャーリーグの名GM

 加えて、GM就任後の吉村は編成トップのみならず、経営面の才覚も発揮。選手の総年俸などチームに関わる年間予算を一度も超過せず、球団を運営したという。限られた資金で効率的かつ継続的にチームを強化し、維持する手腕を発揮したあたり、まさにアメリカのGMに近いと福島は言う。つまり編成トップに留まらないところが、日米の決定的な違いということか。

「それは近年、メジャーリーグのGMの仕事がとくに難しくなっていることに関係しますが、代理人との交渉があるんです。ここが日本のプロ野球と一番違うところなんですけども、アメリカには辣腕の代理人が多くて、彼らと対等に交渉を行なわないといけない。そのためには野球の経験と知識だけでなく、金融とか法律にも精通していないと仕事ができません。

 また、IT化によってセイバーメトリクス、野球データの統計学的な分析がどんどん進んで、それらを活用する力も必要になっています。必然的に激務になり、1年間ほとんど休みなしで働かなくては務まりません。となるとGMは高齢者では務まりにくくなり、若年化が顕著になって、そのなかで野球経験以上に高学歴が重視されています。GMも進化していますね」

 その「進化」は、野球とベースボールの違いが増幅していることを感じさせる。それでも、本場のGMに匹敵する人材が日本球界にも存在したことはたしかで、福島はその吉村を「根本さんに次ぐGM」と評した。となれば、ここでひとつの興味が湧いてくる。根本陸夫のようなGM、メジャーリーグにもいたのだろうか。

「イメージが重なるのはパット・ギリックです。選手としては大成できなかったという球歴もそうですし、トロント・ブルージェイズをはじめ4球団でGMを歴任し、すべてのチームを最低でも地区優勝に導いた功績も根本さんを思わせます。ただ、もっと共通しているのは、ブルージェイズ時代、中南米を中心にスカウティングを充実させたことです。

 それはもう、いち早く世界的にスカウト網を広げましたから。しかも、野球以外の陸上競技など、ほかのスポーツにもスカウトを派遣して、野球経験のまったくない選手も獲得したんです。実際、陸上競技場で獲った選手が大リーガーになっているんですよ。そのあたりも、根本さんと共通していますね」

 西武時代の1987年オフ、根本は陸上選手の日月鉄二(関東高/現・聖徳学園高)をドラフト外で獲得している。もとは野球部所属で陸上に転向したとはいえ、日月は国体のやり投げ競技で入賞するほどの結果を出していたから、まず球団のスカウトは動かない。そこを動かし、野球経験以上に身体能力に着目したところが根本らしさだろう。

 投手として入団した日月は外野手に転向。結局、一軍出場がないまま92年限りで引退したが、根本が身体能力を優先したのは初めてではなかった。円盤投げの選手にアンダースローの可能性を見出した一方、柔道の選手をドラフト候補として調査し、指名寸前まで行ったケースもあった。根本自身、何も特別なこととは考えていなかったようだ。

「そんな根本さんのことを思うと、もうひとり、ぜひ挙げておきたくなるGMがブランチ・リッキーです。1947年、当時のブルックリン・ドジャース時代に、黒人大リーガー第一号のジャッキー・ロビンソンを登用した人物として有名ですけども、やはり、根本さんと同じく選手としては大成できなかった。引退後に監督を務めたことも共通しています。

 なおかつ、カージナルスでGMになった1920年代、初めてマイナー組織を確立した人物なんです。のちに他球団も追随したことが現在のファームシステムにつながったのですが、根本さんも何よりファームを大事に考えておられましたから。ブランチ・リッキーは100年も前の時代の人ですけど、長い歴史を振り返る時には絶対に外せないGMですね」

 福島が「真のGM」について語るほどに、野球界におけるスカウティングと育成の重要性が浮き彫りになる。そのなかで注目すべきは、メジャーリーグのファームシステムも初めから確立していたわけではなく、ひとつの球団が発端だったことだ。

 翻って、日本のプロ野球。一部球団が三軍制度を導入しているなか、さらに四軍創設を目指す球団もある。しかしながら、なかなか他球団に広がっていかない。もちろん日米で規模の違いはあるし、球団ごとに方針と事情があるわけだが、この現状を福島はメジャーリーグ評論家としてどう見ているのか。

「三軍制度はもちろんいいことですけど、本来、全球団が確立すべきものでしょう。根本さんもおっしゃっていましたが、やはり、日本のプロ野球も可能な限り選手層を厚くし、競争力を高めることが大事だと思います。そして、球団のバックボーンは、チーム強化の第一歩であるスカウティングと育成なんです。それに携わるフロントの組織力を高めてもらいたいですね」

つづく

(=敬称略)