中村憲剛×佐藤寿人
第12回「日本サッカー向上委員会」@後編

 1980年生まれの中村憲剛と、1982年生まれの佐藤寿人。2020年シーズンかぎりでユニフォームを脱いだふたりのレジェンドは、現役時代から仲がいい。気の置けない関係だから、彼らが交わすトークは本音ばかりだ。ならば、ふたりに日本サッカーについて語り合ってもらえれば、もっといい未来が見えてくるのではないか。飾らない言葉が飛び交う「日本サッカー向上委員会」、第12回はふたりがピッチの外からどのようにサッカーを観ているのか、プロならではの視点について語ってもらった。

◆第12回@前編はこちら>>「プロはどのような視点でサッカーの試合を観ているのか?」
◆第12回@中編はこちら>>「4バックと思ったら3バック...ウォームアップでだまされた」

   ※   ※   ※   ※   ※


中村憲剛氏に日本と海外の違いを聞いた

---- おふたりは海外のサッカーもよくご覧になられると思いますが、率直に日本とヨーロッパのサッカーの違いはどこにあると思いますか。

中村 パッと思い浮かぶのは、一人ひとりのプレーの幅ですね。守れる幅、攻めに行ける幅が日本とは違うのかなと。特に守備の部分で感じますね。

 あと、向こうは1対1が重視されていること。日本だと「守備は組織的に守りましょう」という感じですけど、向こうは個の力でも守りきれる。もちろん個を重視しながらも、システマティックな戦術もしっかりしているのが、ヨーロッパのサッカーだと思います。

---- 日本のサッカーには個性が足りないと?

中村 決してそんなことはないんですけど、ヨーロッパのサッカーを観ていると、いろんな選手の個性がより出やすい環境なんだと思います。「試合のなかでどうやって活躍するか」チームの戦術を遂行したうえで、みんながそれぞれ個性を出している印象です。

 チームとして戦っているんですけど、最後のところで個人の判断を変えられたり、その判断を体現できる技術が伴っているんですね。日本の選手は、まだそこまで行ききれていない。まずチームがやりたいことに沿って、プレーをしようとする意識と割合が大きいかなと。

 それは国民性でもあります。チームのやりたいことをやりつつ、個性も出すという意識は日本の選手ももちろん持っていますけど、その裁量と実践力というのが向こうのほうが大きいんだと思います。それが「存在感」だと思いますし、日本でもそういうものを持っている選手が海外に行くんだと思います。

佐藤 あと、ヨーロッパのサッカーは、ゴール前のシーンが多いですよね。ゴールに向かっているプレーが多いなと感じます。日本だと様子をうかがうようなところでも、向こうのサッカーはゴールに直結するプレーを選択する。だから自ずとゴール前のシーンが増えますし、何かが起きそうなシーンも多くなるんだと思います。

中村 前に(マンチェスター・)シティとチェルシーの解説をやった時に、リプレーをやっている間に、相手のゴール前まで行っていたからね。

佐藤 そういうのは、日本ではなかなかないですよね。

中村 あのスピード感はさすがにまだないかな。判断の速さだったり、アスリート能力がハイレベルに融合しているから、できることなんでしょう。

---- 日本のサッカーにもいいところはありますよね。

中村 もちろん、あります。日本もJリーグができて30年目ですけど、だいぶ進化したと思います。ただ、向こうは100年以上やっている国もあるわけで、歴史や文化の積み上げが違うことを認識しないといけないと思うんです。

 求めることは悪くないし、求めることで伸びていくのはたしかですけど、ただまったくの同じ土俵であると考えるのは、少し早いかなと思います。でも、追いつき、追い越さなければなりません。間違いなく、この30年でかなり近づいてきてはいます。

佐藤 ヨーロッパのサッカーは面白い、日本のサッカーはつまらない、という人もけっこういますけど、そのなかで日本のサッカーを観たことがある人はどれだけいるのか、とも思いますね。僕は日本もヨーロッパのサッカーもどちらも観ますけど、それぞれに面白さがあるわけで、比較する必要はないのかなと感じています。日本の場合は、スタジアムで観る楽しさもありますからね。

---- 映像で観るのとスタジアムで観戦するのとでは、また全然違いますからね。

中村 僕が現役を引退した2020年は、一時期、コロナの影響で無観客試合になったじゃないですか。あの時にやっぱり観に来てくれる人の力はすごいんだなと、改めて感じましたね。

佐藤 あの(無観客の)空気感はヤバかったですからね。練習試合かと。

中村 本当に味気なかった。もちろん、無観客試合は望んでなかったことでしたけど、サッカーは選手だけでするものではなく、ファン・サポーターも含めてみんなが作っているんだなと改めて感じられたという意味では、すごく大きかったですよ。

 選手はみんな、言うじゃないですか。「ファン・サポーターのおかげです」って。でも、あれは本当なんですよ。感謝しかないんです。無観客の試合を経験したら、その想いはより強くなりました。

佐藤 極端は話、無観客ではプロ選手は成り立たないですよ。たくさんの人が来てくれて、大声援が響き渡るあのスタジアムの空気感が、僕たちをプロでいさせてくれたんです。ふだんできないようなプレーができたり、苦しくてもあと一歩が出せるのは、ファン・サポーターの方がいてくれたおかげですね。

中村 非日常の空間ですからね。ふだん、あんなに感情を出せる場所ってないですから。ひとつのプレーに感動したり、喜んだり、悔しがったり。90分間であれだけ一喜一憂できることなんて、なかなかないことですよ。

佐藤 僕も憲剛くんも、今は解説とかでスタンドから観ることが多いじゃないですか。上から見ながら、あのピッチの上が一番楽しかったなって、今でも思いますね。この間も豊田スタジアムで久しぶりに声出し応援を聞いた時は感動しましたし、選手がうらやましかったですね。

中村 戻りたいなあ(苦笑)。

佐藤 自分で辞めるって言ったのに(笑)。

中村 ピッチの上で自分の存在意義を示すために身体を削ってやってきたことを考えると、今のピッチ上にはない平穏無事な空気感に物足りなさを感じることはあります(苦笑)。

佐藤 当たり前ですけど、ふだん、人とぶつかることってないじゃないですか。ぶつかり合いながら、アドレナリンを出しまくっていた日々を思い出すと、たしかに今は穏やかですよね。たまにOB戦とかでプレーしますけど、ちょっとぶつかっちゃいけないなという感じもありますから(笑)。

---- 観衆の前でプレーするのを一度味わってしまうと、なかなかそれに変わるものには出会えないですよね。

中村 本当、そうなんですよ。

佐藤 これから味わえるとしたら、監督になるしかないでしょうね。

中村 そうなんだよね。だから今、指導者として動く割合が昨年よりも増えているんだと思う。

佐藤 絶対そうだと思いますよ。ヒリヒリ感とか、プレッシャーとか、達成感もそうですし、自然とそういう刺激を求めてしまっているんですよ。

◆第13回につづく>>


【profile】
中村憲剛(なかむら・けんご)
1980年10月31日生まれ、東京都小平市出身。久留米高校から中央大学に進学し、2003年にテスト生として参加していた川崎フロンターレに入団。2020年に現役を引退するまで移籍することなく18年間チームひと筋でプレーし、川崎に3度のJ1優勝(2017年、2018年、2020年)をもたらすなど黄金時代を築く。2016年にはJリーグ最優秀選手賞を受賞。日本代表・通算68試合6得点。ポジション=MF。身長175cm、体重65kg。

佐藤寿人(さとう・ひさと)
1982年3月12日生まれ、埼玉県春日部市出身。兄・勇人とそろってジェフユナイテッド市原(現・千葉)ジュニアユースに入団し、ユースを経て2000年にトップ昇格。その後、セレッソ大阪→ベガルタ仙台でプレーし、2005年から12年間サンフレッチェ広島に在籍。2012年にはJリーグMVPに輝く。2017年に名古屋グランパス、2019年に古巣のジェフ千葉に移籍し、2020年に現役を引退。Jリーグ通算220得点は歴代1位。日本代表・通算31試合4得点。ポジション=FW。身長170cm、体重71kg。