中村憲剛×佐藤寿人
第12回「日本サッカー向上委員会」@前編

 1980年生まれの中村憲剛と、1982年生まれの佐藤寿人。2020年シーズンかぎりでユニフォームを脱いだふたりのレジェンドは、現役時代から仲がいい。気の置けない関係だから、彼らが交わすトークは本音ばかりだ。ならば、ふたりに日本サッカーについて語り合ってもらえれば、もっといい未来が見えてくるのではないか。飾らない言葉が飛び交う「日本サッカー向上委員会」、第12回はふたりがピッチの外からどのようにサッカーを観ているのか、プロならではの視点について語ってもらった。

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中村憲剛氏と佐藤寿人氏に現役時代を振り返ってもらった

---- 今回は「プロはどのような視点で試合を観ているのか?」というテーマで話を聞きたいと思います。おふたりは現役時代から、サッカーの映像をよく観られていたのですか?

中村 現役の時は、まずは自分の試合の映像をしっかりと観ていましたね。やりたいサッカーに対して、チームとしてどこまでできているか。自分がどこまでできているか、ということを確認するためです。

 こうやったらもっとうまくいく、というものを自分の引き出しにして、次のトレーニングでコミュニケーションを取りながら、チームに還元して幅を広げていく。そうやってPDCA(Plan=計画、Do=実行、Check=確認、Action=改善)を回したうえで、次の試合に向けての相手のスカウティング映像を観て、今の相手チームの状態はどうなのか、システムはどうなのか、誰が出るのか、といったところを確認していました。

佐藤 ほぼ監督ですね。そこまでやるのは(笑)。

中村 そう。だから当時から言われていたよ、コーチみたいって(笑)。

---- 基本的には自チームの映像を観ていた感じですか。

中村 いや、ヨーロッパのサッカーも観るし、高校サッカーも観るし、大学サッカーも、なでしこジャパンの試合も観ていました。基本的に観られるものは、全部観ていましたね。

佐藤 僕もそうですね。J2やJ3も観ていたんで、下のカテゴリーの選手の名前もけっこう知っていましたし、その選手のキャリアまで頭に入っていましたよ。

---- どういう目線で観ていたんですか。

佐藤 点を取るためのヒントが落ちていないかなと。カテゴリーを問わず、面白いストライカーはいますから、彼らのいい部分を少しでも吸収しようという想いですね。もちろん、ヨーロッパのトップの選手のプレーが一番参考にはなりますけど、若い選手からも学べる要素はたくさんありますから。

中村 すべてが学びなんですよね。寿人が言ったように、どこにヒントが転がっているかわからないから、レベルやカテゴリーにかかわらず、すべての試合を観ていましたよ。

佐藤 僕は憲剛くんほど、対戦相手の全体のプレーまでは観ていなかったですね。極端な話、自陣ゴール前まで持ってこられた時は何もできないので、そのチームが攻めている映像は観ても意味がないんです。

 僕の場合は「対戦相手のゴール前で何ができるか」に特化していたので、そのチームの失点シーンやウイークを探すことを意識していましたよ。だから、ポジションによって視点はまったく違うんだなと。

中村 さすがはFW。

佐藤 ただ、やっぱり映像を観るのは大事で、練習でチームメイトとコミュニケーションを取る時に「何分のあのプレー」という感じで具体的な言葉があると説明しやすいので、コミュニケーションツールになるんですよ。

 でも、チームメイトがその映像を観ていなかったりすると、会話のノッキングが起きますよね。映像を観ていない選手は試合の記憶がなかなか残っていかないので、積み重ねや修正が難しいと思うんですけどね。

---- 実際のプレーと、映像で観る自分のプレーに、ギャップを感じたことはありますか。

中村 もちろんギャップもありますし、イメージどおりの時もあります。だから、映像を観るのは答え合わせをしているようなものですね。

 あの時になんでミスをしたのか。映像を見返すと、全然首を振ってなかったなとか、立ち位置が悪いなとか、身体の向きが悪かったんだなって修正箇所が見えてくる。次はそれをしないように立ち位置を変えてみようとか、身体の向きを意識してみようとする、それが自分の引き出しになっていくんですよ。

---- そうした作業を繰り返すと、ピッチ上でも映像のように俯瞰で見えるようになってくるんですか。

中村 脳内に残像として残るというか、データが入ってくるので、それがピッチ上でもぼんやり見えてくるわけです。もちろん相手を分析したうえで試合に入っているので、どこが空きやすいのかというのは、あらかじめわかっていることもあります。ただ、フロンターレ相手には引いてくるチームが多かったので、その分析があまり参考にならないこともありましたけど。

---- 相手を知ることが重要なんですね。

佐藤 僕も憲剛くんも、子どもの頃は簡単に情報が手に入らなかったじゃないですか。だから、映像を観ることに対する欲求が強いと思うんですよね。そこから得られる情報がプレーに大きな影響を与えることを実感していたので、いろんな映像を観てきたわけです。

 憲剛くんのように俯瞰で見るためには、ピッチ上だけの視点では成り立たないですよね。いろんな試合を観ながら、こういう位置にボールが入った時には、どこにスペースが生まれやすいのか。そういった情報が事前に入っていると、より確信を持ってプレーできると思うんです。とはいえ、憲剛くんほど俯瞰で見える選手は、なかなかいないですけどね。

---- 試合の映像はどのタイミングで観ていたんですか。

中村 僕は試合のあったその日に観ていましたよ。どうせ、気持ちが高ぶっていて眠れないので。負けた試合を観るとイライラが募って、さらに眠れなくなるという(苦笑)。でも、意外と負けた試合のほうがヒントがあったりするので、苦しいですが観ていましたね。

佐藤 僕も負けた試合はしっかりと観ていました。負けた試合のほうが、自分が悪かった部分が多く出ますから。こういうふうにボールを持ったから取られたんだとか、こういう角度で受けたからいい形でつながらなかったとか。どうしてもFWはミスがわかりやすく出るので、負けた時のほうがよく観ていましたね。逆に勝った試合はあまり観ませんでした。

中村 そうなんだ。俺は勝った時はウキウキで観てたけど(笑)。

佐藤 勝った試合もそうですし、自分のゴールシーンを見返すと、それで満足しちゃうじゃないですか。だから、なるべく過去のものとして、観ないようにしていました。

中村 求道者だな。

---- スーパーゴールでも?

佐藤 あまり見返さなかったですね。ハイライト映像とかで自然と目に入ることはありましたけど。やっぱり、ゴールはうれしいじゃないですか。その気持ちが強すぎると、そっちに振れていっちゃうんですよね。達成感が大きくなりすぎると、成長できない気がして。

中村 真面目か!

佐藤 ストライカーは点を取り続けないといけないですから。

中村 そうなんだよな、FWって。僕は中盤の選手なので、ビルドアップも含め、どの道筋でゴールまで行けたのかを毎回見返していました。

 相手の前線の守備との兼ね合いでどこに立てばよかったのかとか、中盤から先に行ったあとはどうやって崩したかとか、その時に相手の守備がどうだったのかも全部観て、設計図みたいなものを増やすという作業をずっと繰り返していましたね。そうすると再現性が高くなるから、ある程度オートマティックにやれるようになるんです。

---- 先ほど、いろんなところにヒントが転がっていると言っていましたが、特に参考にしていたチームや選手を挙げるとすれば?

中村 バルサや(マンチェスター・)シティ、リバプールなど基本的にはボールを握って攻めるチームを観ていましたね。自分たちがそうだったので、カウンターがメインのチームよりも主導権を握るチームの試合をよく観ていました。

佐藤 僕はチームよりも個人にフォーカスして観ていました。ただ、テレビだと全体が観られないじゃないですか。画面に映ってない時にどういうふうに動いているのか、どれくらいの距離感でボールに対してプレーしているかを知りたいのに、わからないことがけっこう多かったので、そこはジレンマでしたね。

中村 なるほどね。FWは映らないこともあるか。

佐藤 カメラワークはどうしてもボール中心ですからね。引きの映像をもっと増やしてほしいなと(笑)。でも、ピッポ(フィリッポ・インザーギ)の動き出しの駆け引きだったり、背丈が同じくらいのセルヒオ・アグエロがフィニッシュワークする空間を作るための動きとかは参考にしていました。

 自分のプレースタイルとかけ離れた選手を観ることは、あまりなかったですね。日本だと、ゴンさん(中山雅史)やヤナギさん(柳沢敦)のプレーを観て、真似事ばかりしていました。

中村 「どうやって点を取るか」という引き出しは、いろんな人のプレーや動きが参考になるんだろうね。サイズだったり、スピード感はみんな違うんだけど、点を取る要素は組織的な部分だけではなく、個に依存するところもかなりあるので、意外と似通っているところがあると思う。そう考えると、ボールの動かし方はチーム戦術なところもあるので、中盤はその比率がFWほど高くないと思います。

 だから、特定の選手を参考にすることはなかったです。僕の場合はプレーや技術的なところよりも、自分がどうプレーしようとしているのか。その意志や姿勢みたいなものを感じ取るようにしていました。だから同じポジションだけじゃなくて、サイドバックやセンターバックの動きまで観ていましたよ。

佐藤 やっぱり、観ることは成長につながるんですよ。僕は広島にいた時、青山敏弘に、憲剛くんや俊さん(中村俊輔)のプレーを観てほしいとリクエストしていたんですね。どういうボールの持ち方、置き方をすると、より前へのプレーの選択をしやすくなるのか。それを彼なりに考えて、トレーニングのなかでトライして、結果的に青山は日本でも指折りのパサーになったんです。

 それは、ふたりのプレーを観たことが大きかったと思います。ピッチの上で対峙しただけでは、気づけないことはたくさんある。いい選手の特徴を観ることで自分のプレーに反映させ、成長を遂げた後輩を間近で見てきたので、今の若い選手にもいろんな映像を観てほしいなと思いますね。

◆第12回@中編につづく>>「4バックと思ったら3バック...ウォームアップでだまされた」


【profile】
中村憲剛(なかむら・けんご)
1980年10月31日生まれ、東京都小平市出身。久留米高校から中央大学に進学し、2003年にテスト生として参加していた川崎フロンターレに入団。2020年に現役を引退するまで移籍することなく18年間チームひと筋でプレーし、川崎に3度のJ1優勝(2017年、2018年、2020年)をもたらすなど黄金時代を築く。2016年にはJリーグ最優秀選手賞を受賞。日本代表・通算68試合6得点。ポジション=MF。身長175cm、体重65kg。

佐藤寿人(さとう・ひさと)
1982年3月12日生まれ、埼玉県春日部市出身。兄・勇人とそろってジェフユナイテッド市原(現・千葉)ジュニアユースに入団し、ユースを経て2000年にトップ昇格。その後、セレッソ大阪→ベガルタ仙台でプレーし、2005年から12年間サンフレッチェ広島に在籍。2012年にはJリーグMVPに輝く。2017年に名古屋グランパス、2019年に古巣のジェフ千葉に移籍し、2020年に現役を引退。Jリーグ通算220得点は歴代1位。日本代表・通算31試合4得点。ポジション=FW。身長170cm、体重71kg。