ヤクルト・山田哲人が苦しんだ最大の原因は村上宗隆。「ライバル心がスイングを狂わせた」と名コーチ伊勢孝夫が指摘
ヤクルト・村上宗隆が王貞治氏に並ぶ日本選手歴代最多の55本塁打を放ち、令和初の三冠王も視野に入るなか、これまでともに打線を引っ張ってきた山田哲人が苦しんでいる。山田と言えば、史上初めて「トリプルスリー(3割、30本、30盗塁)」を3度達成した球界を代表する選手だ。それが今季ここまで(9月12日現在)、打率.249、23本塁打、10盗塁。9月に入り復調してきたとはいえ、一時期、打率はリーグワーストを争うなど、にわかに信じがたい状態が続いた。いったい、山田に何が起きたのか? 近鉄、ヤクルトなどで打撃コーチなどを歴任し、山田のルーキー時代には直接指導したこともある解説者の伊勢孝夫氏に聞いた。
今シーズン、なかなか本調子を出せずにいるヤクルト・山田哲人
山田のバッティングにはいくつかのポイントがある。たとえば、あまり幅を取らないスタンス。山田のバッティングは、左足は高く上げるがだいたい元の位置に戻し、体全体を使った軸回転でバットを振り抜く。だから内角の球をつまることなく打ち返せるのだ。
もし、上げた左足が投手寄りに降りていたら、上体が前に流れ、軸もブレるからシャープな軌道を失ってしまう。ほかにもトップの位置など細かいポイントはたくさんあるが、山田の場合、一番わかりやすいのはこのスタンスだ。近年、ステップ幅の大きい打者が多いなかで、山田のバッティングは独特と言えるかもしれない。
そうしたチェックポイントを見る限り、技術的な部分に関しては決して悪いものではない。シーズンを通しても、それほど深刻な状態に陥った時期は少なかったのではないか。
余談になるが、山田がトリプルスリーを獲得していた頃、試合前のティー打撃で30カ所ものポイントをチェックしていると話題になったことがある。だが、あれは完全に盛りすぎ(笑)。実際にはそんなにあるわけがなく、せいぜい10カ所程度のはずだ。
それでも丁寧に内外角、高低を分けて投げてもらい、一つひとつネットめがけて打つことで、その日の体の状態、スイングのわずかな狂いなどを発見し、修正することができる。山田にスランプの時期が短かったのは、こうした日々のチェックを大事に行なっていたからだ。
まだピークは過ぎていないでは今年、技術的に大きな問題がないにもかかわらず、山田本来の成績を残せていない最大の理由は精神面ではないかと思う。具体的に言えば、村上宗隆の存在だ。
ここ数年、 "ヤクルトの顔"は間違いなく山田だった。そんな山田も30歳になり、まだまだ衰える年齢ではないが、トリプルスリーを達成していた頃に比べれば、体力、気力、集中力といった部分で少し落ちているのは否定できないだろう。これは山田だけの問題ではなく、アスリートであれば誰しもが経験することである。
ちょうどそのタイミングで村上が台頭してきた。とくに今季は、三冠王も視野に入れるなど圧倒的なバッティングを見せつけている。目の前でこれだけのバッティングを見せられたら、同じチームメイトとはいえ、焦りも出てくるだろうし、面白いはずがない。昨年まで自分に集まっていた注目度が、今は村上に向けられている。山田としても、これまで勝っても負けてもチームを背負い、人知れず重圧と戦ってきた自負があるはずだ。
断言はしないが、おそらく山田のなかにそうした気持ちがあるのではないか。もちろん本人に聞けば、否定するだろう。だが今年の山田のプレーを見ていて、そう感じるところがある。
そうした気の乱れみたいなものが無意識にスイングを狂わせ、あるいは気乗りしないまま打席に向かっているのではないか。それでなくても、もともと山田は気分に左右されるところがある打者だ。よく言えばやさしい性格。悪く言えば、気弱でムラっ気が多い。
だからというわけではないが、スイング自体は悪くないのに、ヒットに仕留められるはずの甘い球を打ち損じる、普段なら手を出さないボール球を打ちにいって凡退する......。今シーズン、そんな打席を何度も見た。
誤解しないでほしいが、山田がピークを過ぎた選手と言っているわけではない。年齢的にも、野手としてこれから円熟期に入る。まだまだタイトル争いに加わっていくだろうし、チームの主力として頑張ってもらわないといけない。ただ、いつかは自分よりもすごい打者が目の前に現れるということは避けられない。
そうした現実にぶち当たった時、 "ライバル心"といったありきたりな言葉では言い表せない選手心理が働くものだ。おそらく今シーズン、村上がここまでの成績を叩き出していなかったら、山田の成績もここまで落ち込むことはなかったのではないだろうか。それほど選手のメンタルというのはデリケートなものなのだ。
いずれにしても山田と村上が揃って打たなければ、今のヤクルトは勝てない。ようやく調子を上げてきた山田が、残りのシーズン、そしてポストシーズンでどんなバッティングを見せてくれるのか。楽しみ半分、心配半分で観戦することになるだろう。