クライマックス・シリーズ進出どころか、最下位の可能性もある巨人。問題は山積みだが、なかでも喫緊のひとつとして坂本勇人の後継者問題が取りざたされている。

 今シーズンの坂本は、まず左内腹斜筋筋損傷で開幕一軍メンバーから外れ、5月1日には右膝内側側副靭帯損傷で1カ月以上の戦線離脱。さらに、7月7日には腰痛により3度目の登録抹消。まさに満身創痍の状態で、満足にプレーできていないのが現状だ。

 坂本と言えば、巨人打線のなかでも打力は抜きん出ており、ショートの守備でも安定感はいまだ健在だ。だが33歳という年齢を考えると、選手寿命のためにも守備にかかる負担を考慮していかないといけない。


今年12月で34歳になる巨人・坂本勇人

広岡が語る坂本勇人の新人時代

 そんな坂本の後継者問題に関して、プロ野球史上最高の遊撃手として鳴らした巨人OBの広岡達朗が吠えた。

「後継者というのは、監督やコーチがつくればいいだけの話だ。今の巨人はそれができない。『坂本にはライバルと呼べる存在がいないんですよ』ではなく、首脳陣がライバルをつくって競争させるべきなのだ。選手はライバルがいるのといないとでは大違いだ。言ってしまえば、ライバルがいないと人間は堕落してしまう。ライバルがいることで、レギュラーを張っていた選手は『アイツには負けられない』と思って一生懸命やるから、それが相乗効果となる。そういう環境をつくれないのは、監督、コーチが無能と言うしかない」

 広岡がヤクルト、西武の監督時代、レギュラーを安穏とさせないため、ライバルをつくり選手たちを競わせた。たとえば、西武黄金期の遊撃手として活躍した石毛宏典が新人王を獲った翌年、広岡が監督に就任した。初練習の時、「よくこんな下手くそで新人王が獲れたな!」と言い放ち、広岡は控えの行沢久隆を徹底的に鍛え、石毛を発奮させたことがあった。

 たしかに坂本に関しては、攻守にわたり巨人史上でも歴代トップクラスの選手のため、後釜など簡単に見つかるはずはない。

 湯浅大は打力が弱すぎるし、増田陸はバッティングこそ成長の跡を見せるが、レギュラーを張るには全体的にレベルアップが必要だ。高卒2年目の中山礼都は坂本が1カ月離脱している間スタメンを任され、守備面は及第点、あとは打撃面をどう克服するか。また一昨年、開幕前にヤクルトからトレードで移籍してきた廣岡大志は、坂本の後継者候補として期待されたが、攻守において精細を欠いている。逆に廣岡が巨人に移籍したおかげで、ヤクルトは長岡秀樹が育ったという皮肉な結果となった。

 巨人は勝利を宿命づけられたチームゆえ、使いながら育てることが非常に難しい。これまでも若手を育成しようと積極的に使用したことはあったが、結果が出なければすぐに二軍降格。これでは選手のモチベーション維持にはつながらないし、尋常じゃないプレッシャーがかかるため思いきったプレーができない。

 そう指摘する広岡は、ルーキー時代の坂本について次のように語る。

「新人の時は、いい素材の子を獲ったなと思ったものだ。いつも丁寧に打球を処理しようという姿勢があった。一度だけ教える機会があり、そのあと見てやれなかったことが悔やまれるが、その時からひとつもうまくなってない。やることすべてが雑で、手を抜くことだけを覚えてしまったようだ。

 たとえば、守備の時に捕りやすいようにグラブを叩くシーンを見たことがない。これはほかの選手も同様だが、どの選手もラクをしようとしていて、これでは上達するはずがない。今の選手は『オレはうまいから』と驕りがあるせいで、わざと手を抜いているようにしか思えない」

緊張してエラーするのは下手な証拠

 広岡の現役時代は、とくに守備に関しては高い意識を持っていたと語る。

「オレが現役の時は、どこに打球が来ようが『絶対に捕る』という強い意志を持って構えていた。阪神の吉田義男、三宅秀史の三遊間コンビは、シートノックから試合さながらのスピードで捕球し送球していた。オレも長嶋茂雄と三遊間コンビを組み、一生懸命やった。片手で捕るようなことはせず、両手で捕って電光石火のごとく早く投げることを心がけた。シートノックは遊びじゃない。今の選手はシートノックを疎かにしている」

 運動量が多いショートのポジションは、生半可な覚悟では務まらないとでも言いたげに、広岡はいつにも増して熱く語る。

「止まっているボールを捕りなさいと言われれば、誰だってできるし、捕り方自体に差なんて出ない。だが動いているボールは、ただ捕りにいくのと、それに対応して準備して捕るのとでは全然違う。簡単な打球ならラクして、難しい打球は緊張する......この気持ちのムラというのはもってのほか。どんな打球が来ようが、常に万全の状態で捕るということが大切だ」

 広岡に言わせれば、解説者が「試合が始まってひとつ打球を処理したらリラックスできる」というのは大間違い。プレーボール前の練習から緊張感を持って打球を処理していれば、同じようにプレーできるはず、というのが広岡の持論である。すべては試合のための練習であって、ただ体を動かすためではない。緊張してエラーをするのは、「下手くそな証拠」と広岡は断言する。

 ヤクルト、西武の監督時代、広岡は基本を叩き込ませるため、キャンプ中はもちろん、シーズン中も絨毯のうえでボールをゆっくり転がし、捕球の練習を毎日させた。レギュラーも控えも関係なく、コイツはと思った選手には手取り足取り教えた。

 指導者として、レギュラー選手のライバルをつくることがチームの活性化につながり、ゆくゆくは後継者も育てることにもなると、広岡は信じる。そのためにも指導法は大事だと言いたいのだ。

 ところが、今の巨人はそうしたことがまったくないと広岡は嘆く。

「監督の原(辰徳)は、スター性があって、ホームランを打てる選手を優遇する傾向がある。自分の好きな選手と、チームのために必要不可欠な選手との見極めができていない」

吉田義男との切磋琢磨

 そして自身の経験を踏まえ、こんなことを口にした。

「オレが早稲田(大学)の時に、監督の森(茂雄/初代阪神監督)さんが『おまえよりうまい遊撃手がいるぞ』と言うので、『オレよりうまいヤツって誰ですか?』と、当時は天狗になっていたから、にわかに信じられないと思いつつ聞き返した。『吉田(義男)っていうのはうまいぞ』と。立命館大を中退して阪神に入ったという。見ると、『こんな小さいヤツがこんなプレーをするんだ』と驚いた。おそらく、人が真似できないことを考え、努力したのだろう。

 ライバルとして一緒に戦ったけど、吉田は捕ったと同時に送球するくらい、一連の動作が早かった。でもプレーを見ているうちに、『晩年は苦労するだろう』と思うようになった。要は、基本を無視して我流でやっていた。若いうちは身体が動くけど、歳をとると動かなくなる。吉田の晩年、『広岡さん、お願いします』と言うので、3年間教えたことがある」

 巨人の広岡と阪神の吉田と言えば、プロ野球史に残る名遊撃手として名を馳せ、どっちがうまいのかと論争が起こったものだ。ライバルの名勝負列伝は、選手自身の寿命も延ばし、プロ野球は繁栄していた。

 とにかく今の巨人はチーム内でライバルを育てるよりも、手っ取り早く他球団から引き抜くやり方がベストだと思っている。坂本がいつまでも全盛期のようなプレーができないということは、何年も前からわかっていたことなのに、後釜の育成を怠ったツケがいま頃になってきている。

「坂本の選手寿命を考えながら、玉突き的なコンバートだけは絶対にしてはいけない。過渡期を最小限に短くするのも指導者の役割。そんなことも考えられない指導者はすぐにチームを去るべきだ」

 采配を振るうだけでなく、チームを中・長期的に見て、戦力を整えていくのが首脳陣の仕事であると、広岡は強く思っている。だからこそ、今の巨人には怒りしかないのだ。

(文中敬称略)