ニューヨークが、久々に"全米最高級のベースボール・シティ"と称された街らしい盛り上がりを取り戻している。ヤンキース、メッツがともに地区首位を走り、2015年以来となるプレーオフでの揃い踏みはもう確実。8月23と24日(現地時間。以下同)にヤンキースタジアムで行なわれた、通称"サブウェイ(地下鉄)シリーズ"での直接対決も2日連続で大盛況となった。


今季のオールスターに出場したジャッジ(左)と大谷

 その2試合で本塁打を放ち、千両役者ぶりをアピールしたのがヤンキースの主砲アーロン・ジャッジだった。

「いつでもサブウェイシリーズを楽しみにしているよ。ファンは盛り上がり、球場はプレーオフの雰囲気に近くなる。そんななかで力を発揮したいね」

 そんな言葉を口にしたジャッジは今季、メジャー屈指の名門球団の主砲として勝負強さをアピールしてきた。

 49本塁打(現地時間8月27日現在)でア・リーグのホームランキング争いを独走し、そのうちサヨナラ弾は3本。さらに打点、得点、四球、長打率、OPSでもリーグ1位の成績を残している。たびたび、試合中に"MVP"のコールが浴びせられるのも当然だ。現時点でファン、関係者の声を集計すれば、ジャッジが大多数のMVP票を集めるに違いない。

 そうなると、ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平の「2年連続MVP」には黄信号が灯っていることになる。大谷は8月9日のアスレチックス戦で、投手として10勝目、打者としては25号本塁打を放ち、1918年のベーブ・ルース以来104年ぶりとなる「2桁勝利&2桁本塁打」を達成。今季もMVP候補のトップに推されてしかるべきと考えるファンもいるかもしれない。

 今季の大谷は昨季と比べて、相対的に打撃成績はダウンしているが、投手としての成績はアップ。あとわずかで規定投球回数に達するが、奪三振率12.38%はリーグトップの数値である。一時は、大谷の登板日以外はチームがまったく勝てなかったことで、あらためてその飛び抜けた「価値(Value)」が証明された印象もあった。

MVP争いで重要な「WAR」

 それでも現時点で、MVP争いではトップを走るジャッジにかなり差をつけられている印象があり、今後の逆転も容易ではないだろう。そう考えられる要因のひとつとして、まずWAR(Wins Above Replacement)の数値があげられる。

 最近は日本のファンも、WARという指標をよく聞くようになったのではないか。それぞれの選手の価値を総合的に測り、控えクラスの選手に比べてどれだけの勝利数を上積みできるかを示すこの数字は、近年のMVP、サイ・ヤング賞といった個人賞制定の際に重視されてきた。

 昨季の大谷は野手で5.1、投手で3.0を記録し、合計WARはメジャーベストの8.1。野手、投手に限定すればそれぞれより優れた数字を残した選手がいたが、合計では誰も大谷に及ばなかった。ひとりで2選手分の働きを示す二刀流の価値をわかりやすく示したこの指標が、大谷の満票でのMVP受賞を大いにサポートしたことは言うまでもない。

 今季の大谷も、野手で2.7、投手として4.0、総合すると6.7という高数値ではある。ただ、投打をプラスして考えても、ジャッジの8.0という見事な数値には及ばない。この差は大きく、残りゲームのなかで急激に詰めない限りはMVP争いでの逆転は難しいはずだ(注・WARはFanGraphs算出のもの)。

 さらに、ジャッジの評価が他を圧倒し続けるだろう理由のもうひとつは、終盤戦もマイルストーン(節目)に向けて話題を独占しそうなことだ。

 ホームランのペースは"ステロイド以前"のメジャー記録だったベーブ・ルースの60本、ロジャー・マリスの61本をも上回る。バリー・ボンズ、マーク・マグワイアが薬の力を借りて粉砕したものの、「61」という数字はのちに再評価されている。それが近づいた頃には、ジャッジのすべての打席に注目が集まるだろう。

 昨季、大谷が二刀流でセンセーショナルな存在になったのと同じように、メジャー全体で打撃成績が落ちている今季に飛び抜けた成績を残しているジャッジも特別な存在感を醸し出している。ヤンキースがハイレベルなチームが揃う地区の首位を独走していることもあって、"2022年はジャッジの年"という雰囲気が少しずつできていることも事実だ。

大谷が逆転するために必要な成績は?

 今後、ヤンキースが順当に地区制覇を飾り、同時にジャッジのマイルストーンへの挑戦が続けば、圧倒的な評価を保ったままシーズン最終盤を迎えることになるのではないか。ルース、マリスのホームラン記録にあと1、2本に迫った際の地元ニューヨークの高揚ぶりは想像に難くない。もちろん絶不調に陥った場合の影響は考えられるものの、今季を通じて積み上げた、いわゆる"Narrative(ストーリー性の高さ)"によるアドバンテージは簡単には崩れないだろう。

 そう考えていくと、今後、MVP争いで大谷が逆転するためには圧倒的な成績が必要となる。ワールドシリーズが始まった1903年以降では史上初となる、規定打席(502/すでに達成)と規定投球回(162/残り34)の同時達成は必須。低迷するチームがすでに消化ゲームを戦っていることも印象的にはマイナスなため、たとえば「15勝&40本塁打」といった常軌を逸した数字が望まれるのかもしれない。

 正直なところ、残りゲームを考えれば現実的には厳しいが、大谷がそれらに近づけばMVP争いは加熱する。シーズン終盤とタイトル争いをさらに興味深いものにすべく、ジャッジが織りなす歴史的シーズンを楽しむだけでなく、大谷の"伝説的な9月"にもほのかな期待を寄せておきたいところだ。