求められるのは“ボトムアップ”のルール作り～逗子海水浴場の規制を考える～ - BLOGOS編集部
※この記事は2015年09月04日にBLOGOSで公開されたものです
「まだまだ時間はかかりますが、“理想の海水浴場”を目指して、いろいろと模索しているところです」こう語るのは、逗子海岸営業協同組合の理事を務める粟津氏だ。昨年（2014年）、逗子海水浴場は“日本一厳しい海水浴場”として様々なメディアに取り上げられた。これは、逗子市長・平井竜一氏が海水浴場に関する条例の内容を大きく改正し、厳しいルールを敷いたことに端を発している。
浜での飲酒禁止、音楽禁止。客足を大きく落とす一因に
かつては海水浴場として絶大な人気を誇った逗子海岸だったが、十数年前から客足は遠のき、衰退の一途を辿っていた。歴史があることがむしろ仇になり、多様なレジャーに慣れた目には、時代遅れな存在になりつつあったのだ。
こうした状況の中で出てきたのが、音楽イベントを中心とする海の家の営業形態である。
逗子出身のミュージシャンなどが音楽の力で再び活気のある地元を取り戻そうと、自身が主催する音楽イベントをスタート。こうしたイベントが、年々規模を拡大しながら、夏の風物詩として定着していった。他の事業者も音楽イベントをやれば集客が見込めると踏み、右にならえとばかりに音楽をベースにした海の家が急増する。その結果、ライブイベントならではのトラブルも増加していくことになる。
「こうした動きが始まった当初から騒音問題はありました。海の家は音楽イベントを想定したつくりになっていないので、どうしても大音量が外に流れてしまう。近隣住民からの苦情もあり、その時点から反対派の萌芽があったことは事実です」（前出、粟津氏）
きちんと運営会社が入るイベントもあったが、素人が運営するものも少なくなく、責任の所在が曖昧だったことも問題を山積させた原因だったという。もともと海岸の風紀を問題視していた議員や、音楽イベント反対派住民の声が高まった結果、14年3月3日、「安全で快適な逗子海水浴場の確保に関する条例」は改正される運びとなった。
影響の大きかった変更点は以下になる。
・飲酒できる場所を海の家に限定する。
・タトゥーの露出禁止（服を羽織るなどして隠す）。
・スピーカーを通して音楽を流すことは事業者・利用者ともに禁止。
・海の家の閉店時間が20時30分から18時30分に早める。
「ファミリービーチ」を打ち出した、この条例の適用によって、逗子海岸の景色は様変わりした。まず、若い海水浴客が極端に減り、メインの客層が家族連れになった。さらに悪天候が続いたことも、客足が減る大きな一因となった。結果、昨年の海の家の売上は半分程度に落ち込み、ひどいところでは7割減という店もあったという。
安全第一という観点に立てば、市長が大鉈を振るったのもやむを得なかったのかもしれない。しかし、現場の人間へのヒアリングが一切ないまま、いわばトップダウン式に決まったのが14年の条例改正なのである。当然、海岸組合からは不満が上がり、最終的には、営業時間や音楽を規制する逗子市の条例改正差し止めを求める裁判にまで発展してしまう（後に訴えは取り下げられている）。
現実的でないルールに、違反者続出？ 必要なのはボトムアップのルール作り
そこで気になるのは、14年にスタートした新ルールが、海水浴客にどのように受け止められているかだが、現場を無視したルールの常として、やはり現実にそぐわない点が多々出てきているようだ。例えば、改正後の条例では、飲酒できる場所は海の家に限られるが、いまだに浜で飲酒する海水浴客も散見される。
もっともこうした事態は予想内でもあり、市は昨年から「海水浴場警備委託費」の予算を組み、民間の警備会社の警備員を雇っている。そして、違反する客には警備員が注意し、ルールを周知させるビラも配った。しかし残念なことに、いくら注意しても、警備員がその場を去るやいないや、再び飲酒し始めるケースも見受けられる。現に筆者も、取材時に、浜でビール缶を手にした客の姿を何人も見かけている。
また、こうした現状を受けて、海岸組合には日々「入れ墨の人がいる」「今でも浜でお酒飲んでいるではないか」といった苦情メールが届くという。これに対して、事業者の1人は苦しい胸の内をこう明かす。
「こうしたトラブルの矛先は、現場にいる海岸組合に向かいます。この条例は基本的には逗子市が作ったものです。もちろん私たちも協力はしますが、できるのは気付いた時に注意することだけです。でも、しつこく注意し続けた結果、その客が怒り出すことだってある。むしろトラブルに発展しかねません。こうしたルールは1，2年で利用者に行き渡らせることは難しいので、今後も様々な方法でPRしていく必要があると思います。」
とはいえ、よい面もあることは事実だ。前述の逗子海岸営業協同組合・粟津氏はこう語る。
「以前は散見された、問題を起こしそうな人の姿は確実になくなりました。ルールが厳しくなったことで『面白くない』と思う人がいる反面、本当に平和なビーチになったことは間違いありません。逗子市が『ファミリービーチ』を打ち出すのであれば、それには協力していきたい。ただ、ここで『平和になった、よかった』で終わってしまうと、レジャーとして利用する場所としては、若干息苦しさが残るのではないでしょうか。利用者のニーズも時代によって変化していくと思うので、市と協力しながら、可能な範囲でそれに応えつつ、海岸の有効活用を進めていきたいと考えています。」
一時は裁判にまで発展し、関係が悪化した海岸組合と行政だが、現在は手を取り合い、逗子海岸をよくしていこうという見解で一致し、良好な関係が築けているという。その表れか、今年は観光協会や商工会を中心とした実行委員会によって海上に巨大アスレッチクパークが作られ、家族連れを喜ばせている。また海の家の営業時間も、平日は昨年と変わらず18時30分までだが、土日および一部の平日は20時まで試行的に延長されるなど、様々な試みがなされている。
海岸組合も、海岸中央にゴミステーションを作り、利用者にゴミの分別を呼びかけ、来場者とコミュニケーションを図ることでマナー向上に努めている。これによって、駅と海を繋ぐシンボルロードのゴミ問題が大きく改善され、地元でも評価されているという。
そもそもの話、海水浴客の大半は、海に日々の仕事や勉強の疲れを癒しにくるのである。前提として、海水浴場が「解放される場所」である以上、そこに厳しい規制を持ち込むのはやはり矛盾があるし、無理がある。かといって、誰もが好き勝手な振る舞いをすれば、それはそれで気持ちよい海岸の雰囲気は失われてしまう。ここに大きなジレンマがある。
禁止事項を並べれば即解決するような問題ではない以上、結局のところ、バランスを取っていくしかない。そのために必要なのは、1人ひとりのモラルの向上を促す、ボトムアップのルール作りということになる。海という公共の場をめぐる試行錯誤は、まだ始まったばかりだ。（取材･執筆：辻本力、BLOGOS編集部）
