戦後日本の新たなる礎は、いかにして築かれたのか？ 映画『終戦のエンペラー』トーク・イベント - BLOGOS編集部PR企画
※この記事は2013年07月18日にBLOGOSで公開されたものです
戦後日本の新たなる礎は、いかにして築かれたのか？ 映画『終戦のエンペラー』トーク・イベント マッカーサーの副官として来日した軍人、ボナー・フェラーズ（1896～73）。着任後、彼はマッカーサーの命を承け、戦争遂行に責任を負っていた政府要人らとの接触を開始する。戦争責任は誰にあるのか、マッカーサーの判断にも影響を与えたと言われる、フェラーズの知られざる戦いにスポットを当てた映画『終戦のエンペラー』が、７月27日より公開される。フェラーズ准将には、人気海外ドラマシリーズ「LOST」で高い評価を得たマシュー・フォックス。マッカーサー元帥を演じるのは、『メン・イン・ブラック』シリーズで知られ、『逃亡者』でアカデミー賞助演男優賞に輝き、『リンカーン』でも同賞にノミネートされたトミー・リー・ジョーンズだ。さらに、西田敏行、羽田昌義、火野正平、中村雅俊、夏八木勲、桃井かおり、伊武雅刀、片岡孝太郎ら、豪華日本人俳優陣が共演。また、『ノルウェイの森』の初音映莉子が、物語の鍵を握る女性役に抜擢された。
監督は、『真珠の耳飾りの少女』のピーター・ウェーバー。撮影は『ピアノ・レッスン』でアカデミー賞にノミネートされたスチュアート・ドライバーグ、徹底的なリサーチで作られた衣装は『ロード・オブ・ザ・リング／王の帰還』で同賞を受賞したナイラ・ディクソン、大使館や皇居を史実に基いて再現した美術は、やはり同作で同賞を獲得したグラント・メイジャーと、一流スタッフが顔を揃えた。
実話をもとに、日本の再建というテーマを深く伝えるためのフィクションを織り交ぜた企画を立ち上げたのは、日本人女性プロデューサー・奈良橋陽子（『SAYURI』『バベル』『ラスト サムライ』キャスティング）と野村祐人・親子。
14日、本作の公開に先立ち、BLOGOSブロガー・読者を招いての試写会が行われた。上映後には、ノンフィクション作家の門田隆将氏、防衛省防衛研究所戦史研究センター主任研究官の小谷賢氏を招いてのトークショーが開かれた。【聞き手：編集部・大谷広太、写真：青柳潤】（注意：以下、ネタバレが含まれております。）
ー早速ですが、ご覧になった感想をお聞かせいただけますでしょうか。
門田：感動いたしました。それと同時に、"うらやましいな"と思って観ていました。
私はノンフィクション作家ですから、当事者の証言や日記、手記以外はほとんど使えませんし、裏が取れたものだけを積み上げていくので、ある意味で表現範囲が狭い。そんな世界で生きている私としては、史実を基本にしながら、そこに織り交ぜられるフィクションがハマっていて、こういうものを作れるといいなあと羨ましく、面白く観ておりました。
ー小谷さんは研究者でいらっしゃるので、まさにフィクションの余地は許されないないわけですよね（笑）。
小谷：いま、門田さんが「表現の幅が狭い」とおっしゃいましたが、私のような学術研究の領域だと、それがさらに狭くなってきます（笑）。日々研究している者からすると、"こういう描き方もあるんだなあ"と、大変勉強になりました。見終わった時に背筋がピンとなる、そんな感じのする映画だったと思います。
ー本作はいわゆるハリウッド映画なんですけれども、プロデューサーである奈良橋陽子さんは日本人です。日本で作らずに、あえてアメリカで作ったということについては、どのようにお感じになりますか？
門田：私も子どもの頃から歴史物・戦争物をずっと見ていますが、日本で制作された映画では、天皇陛下の"顔を映す"ということさえもできない時代がずっと続いてきた。天皇という存在自身を真正面から取り上げられなかったわけです。ここのところ、そのタブーも薄れてきてはいるんですが、本作では、まさにマッカーサーとの会見のシーンで、天皇陛下を真正面から捉えている。それが感動を呼ぶんだと思いました。
日本について描いた作品の中で、日本人が関与してないものには陳腐な物が多いんですけれども、そこはやはり日本人への理解を前提にして展開してくれているので違和感がなかったです。日本人にとっての天皇がどういうものであるのか、それを尊重した上で、作っているんだなあという印象を受けました。そのために感動も大きくなったかなと思います。
小谷：大変細部までよく作りこまれていて、感銘を受けました。アメリカで作られた作品の日本の姿は誇張されていたり、誤って描かれることも多いんです。21世紀になっても、「パール・ハーバー」という映画では、日本海軍が海岸で天幕を貼って、戦国時代のような軍議をしていましたね（笑）。「硫黄島からの手紙」も、大変良くはできていたんですが、細部ではおや？と思うところもありました。今回は、その点ではケチのつけようがないくらいしっかりと作りこまれておりましたし、日本人像もうまく描けていたのかなと思います。
ー今年も８月がやってきます。映画やドラマ、ドキュメンタリーがたくさん制作されたり放送されたりすると思いますが、これまで、昭和天皇そのものを扱った作品、とりわけ終戦前後のことについて、突っ込んで描いた作品は、日本ではそう多くはないと思います。
門田：この映画も、やはりハリウッドだから作ることができたのだと思います。「マッカーサー回想録」の中に、会見の時に昭和天皇が「私が全責任を…」と言ったと書いているけれども、これが史実かどうかというのは、断定はできない。会見で通訳を務めた奥村勝蔵（外交官）の報告書が明らかになっていないわけですよね？
小谷： 奥村氏が天皇の発言を報告書から削除したという話はありますが、事実かどうかは判断しかねます。
門田：けれども、会見でマッカーサーが感動したのは紛れもない事実なので、私は陛下がそうおっしゃったんだろうなと思うんですが、その発言部分をきちんと描いたことに感激しますね。
小谷：かなり踏み込んだ演出ですよね。日本で作られたら、ああはならなかなったと思います（笑）。原作になったノンフィクション「陛下をお救いなさいまし」でも、このシーンは出てこないので、映画は原作よりも踏み込んだ演出がなされていたと思います。
門田：原作も非常に素晴らしいノンフィクションなんですが、これを元に、大胆な脚本にしていると思いますね。
ーその会見シーンでの天皇の発言、日本の観客には感動する人が多いと思うんですけれども、アメリカの観客はどう受け止めるのか気になりました。
小谷：そこが当時からずっと問題になっているんですね。天皇陛下が側近やマッカーサーに対して自らの戦争責任を認めるような発言をした可能性はありますが、ただ、アメリカの価値観からすれば、「私の責任だ」と言ってしまうと、自分が全て悪かった、ということになるし、それは処罰されても構わないということにもなってしまう。そうなると、まずいわけですから、周りの側近や政治家としては非常に困る。反対に天皇が罪を全く認めないとなると、それはそれで連合国側の心象が悪くなってしまう。そこをどう軟着陸させるかで非常に苦心するわけですよ。その辺の事情に明るくない観客、例えばアメリカの方なんかがこの映画を観ると本作内での天皇の発言が、戦争責任を認めたものと誤解されてしまう可能性はあります。 ー本作の原題はまさに「Emperor」、邦題も「終戦のエンペラー」ですから、まさに昭和天皇が主題であるわけですが、昭和天皇そのものの登場は、今お話に出てきた会見の場面を除いてありませんよね。登場人物の口を通じて、あの戦争や日本人にとって天皇とは何であるのかというのが少しずつ、語られて行くと。とりわけ印象に残ったのが、西田敏行さんが演じる鹿島大将が、"本音と建前"という話を、主人公のボナー・フェラーズ准将にしますね。その"本音と建前"という価値観も含めて、では天皇とは何であるのかということは、あくまでもふわっとした描かれ方です。日本の観客であれば、わかる、となると思うのですが、この点も、アメリカの観客が見たら、どう感じるのかが気になりました。
小谷：当時の日本は、いわば全てが"本音と建前"でできているわけですよ。天皇制だけではなく、政治体制や軍部の仕組みも。それのみで映画を作ってしまうと、現代の日本人である我々でもわかりにくいところがあると思う。こういった題材で映画を作るときに、それだけで組み立てると難解になり過ぎる気がしますので、その意味でもヒューマン・ドラマを挟んでいくのは、描き方としていい選択だったと思います。
門田：おっしゃるとおり、天皇制・日本人というのは非常にわかりにくいと思います。原作にもありますが、史実では、フェラーズ准将というのは、クリスチャンの日本人たちと交友があって、その方々に天皇に対する日本人の思いについても聞いていたんですね。本来、日本人との交友関係が無ければ、日本人の天皇観などはわからなかったでしょうが、そのお蔭で、あの非常に微妙な時期に歴史が動いたことは厳然たる事実です。そこをフィクションでつなぎながらうまく見せてくれるというのは有難いですね。
ーアメリカの軍人と日本の民間人の個人的な交流が歴史を動かしたということですが、欧米、とくにアメリカが天皇の戦争責任について検討するにあたっては、日本社会や国民性への理解が欠かせなかったと思います。当時のアメリカの軍人や、政治家の理解はどのくらいの水準だったんでしょうか。
小谷：それは大変お粗末であったとしか言いようがないですね。知らないと言うよりは、無関心に近い状況だったでしょうね。ごく一部の人たちが、日本の文化に関心を持っていて、軍人なら日本軍の能力や、せいぜい武士道あたりまでしか関心がなかったような時代でした。ですので先ほどの本音と建前のような概念や、具体的な日本の社会性、国民性がどういうものであったのかということが、アメリカ人、あるいは連合国の中でよく知られていたということはなかったと思います。
ですからフェラーズ准将みたいな人は、非常に例外的でして、彼が居なかったら、歴史はかなり違った方向に動いていったと思いますし、その意味で、彼の視点からこういう映画が作られるのは意義のあることではないでしょうか。
門田：マッカーサーが厚木に降り立つ、最初の場面で、"狙撃をされるかもしれない"という台詞があったけれども、まさに当時、日本国内ではなお250万の兵力があって、本土決戦を闘い抜く決意をしていたわけですよね。それを天皇が“耐え難きを耐え…”という言葉でピタリと止めた、というところから始まっているんですよ。つまり、天皇が逮捕されたり、裁判にかけられたりしたら、どんなことになるだろうか。その重大性が、日本通の人間にはすぐわかる始まり方をしていた。天皇を訴追するのか、それとも占領政策のために力を貸してもらうのか、非常に微妙なバランスの中で進んでいたということがわかるわけです。
小谷：マッカーサーが厚木に降り立ったのは1945年の8月30日、昭和天皇と初めて面会したのは9月27日ですよね。この映画は、その１ヶ月の間を描いているんですよ。つまり、占領のごく初期の段階ですから、天皇をどうするかという本格的な議論は、映画で描かれた時期よりもあとの話なんですよね。
映画の中でもそうですが、マッカーサーは、帰国したら大統領選に出るんだとか、政治的野心に溢れた人物でした。ですから、日本のことは早く片を付けて帰国したい。天皇を訴追するにしても、無罪放免にするにしても、とにかく帰国して政治活動を行うという考えでした。
そうなるとあの１ヶ月はなんだったのか。この映画の解釈に立ちますと、いかにマッカーサーに天皇への関心を持ってもらうか、さらに言えば良い印象を持ってもらうかというあたりがポイントになるかと。フェラーズ准将をはじめ、フェラーズに協力した日本人たちがものすごく苦労をして、会見の実現まで持っていった１ヶ月だったんだと。こういう歴史の捉え方もあるのかなと思いました。
ー最後にお二人から見て、改めてこの作品の意義はどのようなところにありますか。
門田：今日の日本が、どういう人たちの犠牲や頑張りの上に成り立っているのか、それを知る機会があるのが望みですので、私もそのために戦場から帰ってきた方を全国に訪ね歩いて本を書かせていただいていますが、答えを知った状態で過去を振り返っていくのではなく、その場に身を置いてみて考えられるように観客を放り込んでくれるような映画だと思います。こういった作品をもっともっと作って欲しいと思いますね。とくに若い人に見てほしいと思います。
小谷：歴史の重要な節目の部分はちゃんと合っているんですよね。要はその間をどう埋めるか、どう描くか、という話になるのでしょうが、史実通りに淡々と描いてしまうと、見る方は退屈になってしまうと思うんですけれども（笑）、そこで恋愛の要素も挟みこむことで、歴史に興味のない方にも、歴史エンターテインメントとして観られる上質な作品に仕上がったのではないかと思います。
ー今日はありがとうございました。
プロフィール
門田隆将（かどた りゅうしょう）1958年高知県生まれ。中央大学法学部卒。雑誌メディアを中心に、政治、経済、司法、事件、歴史、スポーツなどの幅広いジャンルで活躍している。著書に、「この命、義に捧ぐ~台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡~」（第19回山本七平賞受賞）、「太平洋戦争 最後の証言」、「蒼海に消ゆ 祖国アメリカへ特攻した海軍少尉「松藤大治」の生涯」など。
小谷賢（こたに けん）
1973年京都生まれ。立命館大学卒業後、ロンドン大学キングスカレッジ大学院修士課程、京都大学大学院博士課程修了。2004年に防衛庁防衛研究所(当時)に入所し、英国王立安全保障問題研究所(RUSI)客員研究員、防衛大学校講師などを兼任。現在、防衛省防衛研究所戦史研究センター主任研究官。専門はイギリス政治外交史、インテリジェンス研究。著書に、「インテリジェンス (ちくま学芸文庫)」、「日本軍のインテリジェンス(講談社選書メチエ)」など。
関連情報
・映画『終戦のエンペラー』公式サイト
