※この記事は2013年03月16日にBLOGOSで公開されたものです

赤木智弘の眼光紙背：第263回

　岡山県のスーパーマーケットで、アイスクリームに足を取られて転倒したのは店の責任であるとして、７５歳の女性がスーパーマーケットに損害賠償を求めた訴訟の判決があった。

　岡山地裁は、当日が特売日であったことを鑑み、「アイスクリームが床に落とされ、滑りやすくなることは容易に予想できた」として、スーパーマーケットに860万円の支払いを命じたという。(*1)

　裁判に勝ち負けはあっても、訴えた女性は裁判に勝っても後遺症が残るし、訴えられたスーパーも評価を落とすしで、お互いにとって不幸な事故であった。

　とはいえ、今後の高齢化を考えると、こうした不幸な事故は徐々に増えていくのだろう。 　さらに現在の高齢者は経済的に恵まれた高齢者が多いが、今後の高齢者は格差社会の中で分断された恵まれない高齢者も増えてくる。そうした高齢者は心身に様々な問題を抱えている可能性も高く、幅広い層の人たちを相手にするスーパーマーケットのリスクは、徐々に大きくなっていくはずだ。

　また、今回の判決で「清掃の委託時間を閉店まで延ばしたり、売り場の巡回を強化したりする義務があった」と裁判所側が論じているが、そうした現場での労働を担うのはパートタイムで働く非正規労働者である。

　つまり、高齢者の怪我などによるリスクがスーパーマーケットに押し付けられるのであれば、そのワリを食うのは間違いなく非正規労働者であるということだ。スーパー側は雇う人間を増やすよりも、非正規の仕事を増やすことを選ぶだろう。

　この、多くの人にとっては平凡であろうニュースを見るまで、僕は単純に「個人の健康までが国家によって管理される社会は嫌だ」と考えていた。つまり「我々には不健康である権利がある。その権利は社会がリスクを負担することで守られるべきだ」そう考えていた。

　しかし、そうした不健康のリスクを負うのは、「社会」という概念のようなものではなく、実際にそうした心身にある程度のリスクを負う人たちが多くいる場所で働いている現実の人間なのだと考えると、単純に不健康である権利を、単純には主張することはできないのではないかと、少し考えなおす必要があることに気がついた。

　アベノミクスによる景気回復に煽られる現状において、今更ながら明確にしておくが、格差問題の根本は「弱い立場にある人間が不利益を真っ先に被る一方で、強い立場の人間が利益を真っ先に手にする」ことである。

　景気回復効果が「高級家具の購入増加」や「正社員のベースアップ」という強者の利益増大として語られる一方で、こうしたリスクに非正規労働者が晒されている状況は、まさに格差社会がその性質のままに機能してしまっていることを意味ししているのではないだろうか。

*1：アイスで滑って転倒「店の責任」　８６０万円賠償命令（朝日新聞）http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130314-00000048-asahi-soci

プロフィール
赤木智弘（あかぎ・ともひろ）
 1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「若者を見殺しにする国 (朝日文庫)」など。

・@T_akagi - Twitter