「超党派で休眠口座の活用を進めよう」――ノーベル平和賞・ユヌス博士と考える「休眠口座の活用法」 - BLOGOS編集部
※この記事は2013年02月14日にBLOGOSで公開されたものです
毎年850億円も発生している銀行の「休眠口座」。長い間、取引もなく眠った状態にある口座の資金を活用して、社会的に意義のある活動ができないか。そんな問題意識から発足した休眠口座国民会議が2013年1月31日、「休眠口座が日本の未来を創る」と題するシンポジウムを開催した。マイクロファイナンス（貧困層を対象とした小口金融）をバングラデシュから世界に広めた功績でノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス博士を招き、基調講演をしてもらったうえで、国会議員や弁護士、NPO関係者がパネルディスカッションをおこなった。
ユヌス博士は講演で、休眠口座を活用している海外の事例を紹介しつつ、「ソーシャルビジネス（社会的企業）のために休眠口座を利用してみてはどうか」と提言。パネルディスカッションでは、休眠口座の使い道や実現に向けての課題について議論したあと、自民・公明・民主の国会議員が、超党派で準備を進めていくことを確認しあった。【構成：亀松太郎、三好尚紀】
ユヌス博士の基調講演「休眠口座をソーシャルビジネスに活用しよう」
ユヌス博士：休眠口座の活用として、まずあげられるのは韓国の事例です。韓国では、30億ドル以上の眠っている貯金があると聞きました。そこで、これを活用してマイクロクレジット（貧困者向けの小口融資）ができないかと考えました。韓国の大統領と話をしたところ、この考えをサポートすると言ってもらい、そこからアクションに繋がっていきました。もう一つの事例は、イギリスです。「ビッグ・ソサエティ」という社会的企業のためのファンドが作られようとしたときに、休眠口座が活用できるのではないかという話になりました。これだけのお金が眠っているのだから、ぜひ活用させてもらおうということになったのです。
休眠口座の活用法は、いろいろな方向性があります。一つは、マイクロクレジットのために活用するという方向。バングラデシュのある村から始まった試みは、いまでは世界中を巻き込んだ状態にまで発展し、いろいろな国でマイクロクレジットのプログラムが進んでいます。
もう一つの方向性として、休眠口座をソーシャルビジネスの支援に活用するという方法があります。ソーシャルビジネスの一例が、バングラデシュに作った「グラミン・エナジー」という再生可能エネルギーの促進・開発を進める会社です。
バングラデシュでは電力が不足しているため、ソーラーエネルギーを使って電気を供給することを目指しました。最初は苦労しましたが、会社の創立から16年経った今では、100万世帯以上がソーラーエネルギーで潤っています。
ユニクロは「ソーシャルビジネス」で女性用ナプキンを配った
ソーシャルビジネスの会社は、利益の追求ではなく社会問題の解決を目的としていますが、NGOやNPOとは異なり企業なので、持続可能な事業でなければいけません。最近では、国外の大手企業も関心を持つようになり、一緒にジョイントベンチャーを作ってソーシャルビジネスを立ち上げています。たとえば、フランスの大手企業「ダノン」です。バングラデシュでは、子供たちの48％が栄養不良です。そこでダノンに、栄養不足という問題を克服できる商品を作ってほしいとお願いしました。その結果、子供たちに不足しているビタミンや鉄分、亜鉛などを含んだ特別なヨーグルトを作ってもらいました。
ダノンは十分な技術で試行錯誤を繰り返して、非常においしい、栄養素の高いヨーグルトを作ってくれました。また、どうやってコストを下げられるかを考え、価格を安く設定しました。今ではバングラデシュで人気の商品となり、貧しい人たちの間でも良く売れています。
日本企業とのジョイントベンチャーもあります。たとえば、ユニクロです。地方の村に住む、衛生用品を使ったことがない女性のためのナプキンを開発してもらいました。再生可能で安価な女性用ナプキンです。非常に好評でビジネスは拡大しています。こうしたソーシャルビジネスのアイデアは多くの国で広がっています。
日本で休眠口座を有効利用するときには、ソーシャルビジネス基金を作ったらいかがでしょうか。休眠口座の資金を活用してソーシャルビジネスに投資するというものです。日本の創造力・技術力で世界の社会問題を解決できると思います。それは、すばらしい貢献になるでしょう。
人間は創造性を持っています。無限の創造力を持っているのですが、ほとんどそれを使えていません。なぜなら、利益追求型の企業のやり方が方向性を間違えさせてしまうからです。しかしソーシャルビジネスでは、企業の力や個人の力で世界の問題を解決することができます。人間の創造力をうまく生かすことができれば、社会の問題を克服することができるのです。
休眠口座は、そのようなソーシャルビジネスを推進するために、強力なツールになりえます。 ユヌス博士の基調講演に続いて催されたパネルディスカッションには、自民党の坂井学・衆議院議員、公明党の谷合正明・参議院議員、民主党の鈴木寛・参議院議員、NPO法人ETIC代表理事の宮城治男氏、そして弁護士の大毅（だい・つよし）氏が参加した。進行役のファシリテーターをつとめたのは、休眠口座国民会議呼びかけ人でもあるNPO法人フローレンス代表理事の駒崎弘樹氏だ。
提供：日本財団 写真一覧
どのような分野に対して「休眠口座」は使われるべきか
駒崎：休眠口座をどのように活用していくのか。社会のために、どのような使い方をしていけばいいのでしょうか。大：休眠口座の使い道については、貧困と教育はどうでしょうか。奨学金は成績などの要件が限られており、そこのハードルを下げられないかと感じています。休眠口座の資金を元手に設立したイギリスの「ビッグ・ソサエティ・キャピタル」は貧困層の教育に力を入れており、ロンドン市内の学生のうち、成績が悪いほうの10％の学生をコーチングすることにお金を使っているそうです。
谷合：ユヌス博士は、ソーシャルビジネスということで企業をイメージしていましたが、日本では対象を拡大して、NPO法人や公益法人などに広げていくことも大事です。東日本大震災が起きて、この1年半の間にたくさんのNPOができました。しかし、最初のシードマネー（元手資金）がないという声をよく耳にします。休眠口座は本来、金融機関が融資できないところに融資できることが特徴なので、口座を活用してもらいたい団体をどう線引きするかを議論しなければいけません。そういう仕組み作りを政治家だけではなく、専門家を交えながら議論していくことが大切です。
鈴木：やっぱり教育と貧困ですね。日本の現状を見ると、大学進学率が非常に低い。韓国が70％、オーストラリアが90％なのに対して、日本は50％。1990年のときは3カ国とも35％だったのが、この20年間で差がついてしまった。その結果、新しい産業に従事する人材を輩出することができず、産業構造・就業構造が1990年代のまま。日本が21世紀型の社会になれなかった理由の一つがここにあります。
さらに分析すると、47都道府県中17道県は大学進学率30％台です。これはアジア諸国と比べても低い。一方、東京の大学進学率は60％台後半。学習権の格差がここまで広がっています。この問題は貧困率に直結しています。また、学力の格差も広がっています。ここに対するソーシャルビジネスを立ち上げ、資金的な面も含めて支えることができれば、日本の社会はポジティブに回っていきます。そこを実現したいと思います。
坂井：子育ても新しいフェーズが出てきていますし、支えあう家族の在り方を模索することが必要という声もあります。また、福祉の分野の方々からも国の制度が追い付いてないという話を耳にします。社会貢献という方向で、総論はみな賛成だと思いますが、実際どこに使うべきかという各論になると、なかなか難しいです。
時代や社会が変わることで新たに生じてきたニーズに対して、国がこれまでの延長線上でやるべきなのか、休眠口座の資金を使って、民間のみなさんの知恵を使ってやっていくことが必要なのかを考えなければなりません。大変難しいですが、話がまとまらなければ、いいきっかけを先延ばしにすることになりますので、そこの知恵を出していかなければいけません。
ポイントは「透明性」「低コスト」「使いやすさ」の3つ
宮城：どの領域にお金を使うかという議論は大切だが、上手く機能するようにどういう使い方をするのかという議論も大切です。これまで政府のお金の使い方として着目されてこなかった手法が取れるということが、休眠口座の面白みだと思います。ユヌス博士がソーシャルビジネスという「ビジネス」にこだわっている意図は、起業家精神や自立性・創造性を最大限に発揮していくメカニズムをどう入れ込むかということにあるのだと思います。ビジネスであれば、自立性や継続性がある程度、担保されるからです。休眠口座のお金がビジネスのみに使われるべきとは思いませんが、ユヌス博士がおっしゃるような、創造性や自立性が発揮されるような使われ方をしなければならないと思います。上手く機能する中間支援組織が入ることによって、現場のビジネスが自立的に発展していくような「新たな構造」というものが必要です。
鈴木：政府は形式的な平等主義を貫こうとするので、その融資や補助金の基準はみな定量化できる形式的・客観的なものに準拠することになりがちです。「正義にかなう不平等」というのはあるでしょうが、政府では「正義にかなう不平等」はできません。しかしソーシャルファンドであれば、「正義にかなう不平等」を堂々とやれます。休眠口座をベースとしたソーシャルファンドであれば、それができるわけです。
大：休眠口座を活用する仕組みについて、１年間かけて、政府や大手コンサルファーム、弁護士などで議論してきましたが、ポイントは3つあります。１つは「透明性」。ガバナンスをきちんとするということです。もう１つが「低コスト」で、簡素な形でやるということ。システム費用がかかるという報道もありましたが、そこは専門のコンサルティング会社のシミュレーションによって、そんなに費用をかけなくてもできるだろうという検証もできてきています。3つ目はユーザーに「使いやすい」かたちにする。この3つに気をつけながら、進めていこうという形になっています。
休眠口座の払い戻しについては、現状と変わらず、最寄りの銀行で払い戻しを受けるだけです。ただ、休眠口座の基金を管理する機構を作るにあたって、ユーザーの方が自分に休眠預金があるのかを確認したいというニーズがあるので、ゆくゆくはワンストップの照会窓口をウェブサービスで提供できればと思っています。
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「休眠口座」ファンド実現のためのハードルは？
駒崎：こういったラフなアイデアがあって、検証も進んでいるわけですが、現実的に進めようとすると、いろいろなハードルがあるんだと思います。これまで党内で議論してきて、どんなハードルがあったでしょうか。鈴木：実は、ハードルはあまりありません。韓国でもイギリスでもやったわけですから。ただ、いくつかの誤解があります。一つは、休眠口座の預金が取られてしまうのではないかといった懸念です。しかし、そんなことは全くありません。いつでも預金は返ってきます。それと、本人の同意なく、休眠口座の預金を金融機関以外のところに送金することが、金融システムに対する信頼を損なうという批判が、当初は全国銀行協会から出されました。しかし休眠口座国民会議ができて、銀行関係者との対話が進み、そこの溝も劇的に解消されつつあります。
あとは、細部のテクニカルな話を一つ一つ詰めていく作業チームができればいいのではないでしょうか。どういう団体を中間的な組織にしていくのか、どう選ぶのか、問題があるときにはどう外していくのかを考えなくてはいけません。一方で、硬直的な基準を作ると、役所のようになってしまいます。どこまで法律にして、どこからは法律ではないという線引きは難しいのですが、制度設計上、非常に重要なところです。
谷合：やると決めればできるはずですが、新しいことですから国民の理解が必要です。まだまだ周知できていません。私自身も、自分の休眠口座の預金が国に召し取られると誤解していたくらいですから、そのへんの誤解を解かないといけません。また、たとえ払い戻しができるとしても、貯金を強制的に移管することについては、憲法上の財産権の整理が必要なため、法制度が必要だというやりとりを国会議事録で読みました。この点もしっかりと説明できるようにしなければいけないと思います。
大：その問題は、このプロジェクトができた当初から、弁護士が集まって議論しています。法律家によって意見が違うところもあるのですが、重要なポイントについては全国銀行協会と継続的に話をして、銀行と預金者との契約を見直すなどして、どの法律家が見ても問題がないようにしなければいけないと思います。
鈴木：銀行が休眠口座の預金を雑収入として計上することは、財産権の侵害にならないとされていますが、それはなぜなのか。そういう約款ということですが、我々が預金するときに知っているわけではなくて、行政通達・税務通達上でそういう処理をされているわけです。金融機関が雑収入にするときは憲法論が出てこなくて、休眠口座の活用になると憲法論が出てくるというのであれば、議論のバランスを欠いています。
大：こうすれば憲法上問題ないという道筋は、法律家の間では出来つつあります。それも政府にフィードバックしたいと思います。
坂井：休眠口座について役所の方にも話を聞きましたが、法律の話は、役所側は乗り越えているように感じました。また、休眠口座の管理スキームでは、集中型と分散型に分けて整理をしていましたが、金融機関に窓口になってもらうという形でコンセンサスも取れるのではないかというニュアンスも感じています。まずは、いろんな方の知恵を拝借しながら、法律をしっかり作るという方向で進めていくのが大事だと思います。
超党派の議連を作り、「休眠口座の活用」に向けた法整備を進めていく
駒崎：では、そのような流れを進めていくために、次の一歩は、何をするべきでしょうか。坂井：私は休眠口座の専門家ではありませんが、ここに来ている以上、私の役割は自民党内や超党派での議論を進め、結果を出すということです。ここへ来る前に官房長官にも話したのは、超党派で議連を作り、この話を国会議員の中でしていきたいということです。私の立場でできるのはそこが一番です。細かな内容はそれぞれ専門家がいるので、知恵をしっかり借りて、進めていくことをやっていきたいと思います。
駒崎：素晴らしい。憲政史上初の休眠口座議連を作ろうという爆弾発言を、自民党さんからいただいたんですが、公明党さんはどうですか？
谷合：これまで公明党では、休眠口座についてのコンセンサスを得た結論はありませんが、私は新しい公共を担当する部会の者で、実務者としては前に進めるという考えです。自民党がそこまで言われるのであれば、公明党がその後ろにいるわけにはいかないので、しっかりと進んでいきたいと思います。公明党の国会議員は少ないが、本日この会議に参加していない他の政党も含め接着剤の役割を果たしていきたいと思います。議連もしっかりやっていきたいと考えています。
鈴木：民主党政権では昨年7月に、休眠口座の活用を閣議決定しましたが、その後、選挙モードになってしまいました。超党派議連を作りたいという思いもありましたが、解散モードになってしまった。政権が変わり、多くのことがリセットされる中で、2人の与党の有力者から今のような確約をいただいたことは、政権交代を乗り越えて、このアジェンダを引き継げたと、ほっとしています。テクニカルな部分では我々もサポートしていきたい。今は野党ですから、与党のリーダーシップを支えたいと思います。
宮城：我々もしっかりと取り組んでいかなければならないと思っています。東日本大震災を契機に、社会にどう向き合うべきかという潜在的な意識の変化が大きく加速しました。しかし、それが実際のアクションに反映されるまでの加速には、まだ至っていません。この休眠口座の資金は、その引き金になると思っています。
大：一年近く休眠預金の話に関わってきて感じたのは、休眠預金は高齢者の方が非常に多いということです。ユヌス博士が若者のためにという話を強調していましたが、日本の場合、マクロで考えると「世代間格差の解消」という側面が大きいと思いました。産業としても金額が非常に大きいので、雇用の創出などの可能性があると思います。
