ティム・クックが語ったジョブズから誘われた日
アップルのティム・クックCEOが自身のキャリアと人生を語りました(写真:David Paul Morris/Bloomberg)
投資会社カーライル・グループ創業者のデイヴィッド・ルーベンシュタインが経営者、政治家、スポーツ選手、アーティストなど業界のトップの人材にインタビューをする番組『The David Rubenstein Show』。
ブルームバーグTVで配信中で、ジェフ・ベゾス、ジャック・ニクラウス、ビル・クリントンなどあらゆる分野の著名人が自身のキャリアと人生について語っている。これを書籍化した『世界を変えた31人の人生の講義』が日本上陸。その中から、アップルCEO、ティム・クック氏の対談の一部を抜粋、再構成してお届けする。
アップルに入るまで、業界トップの会社で経験を積んだ
デイヴィッド・ルーベンシュタイン(以下、ルーベンシュタイン):今日の立場を得るまでの来し方について、お伺いしたいと思います。アラバマ州で育ちましたね。
ティム・クック(以下、クック):その通りです。メキシコ湾に面したモービルと、フロリダ州ペンサコーラの間にある、とても小さな田舎町です。
ルーベンシュタイン:高校時代はスポーツで鳴らした学生でしたか? それとも勉学に秀でていましたか? あるいはテクノロジーおたく?
クック:人に知られるほど何かに秀でていたかどうか、定かではありません。努力はしましたよ。成績もまずまずでした。幼いころ恵まれていたのは、愛情に満ちた家族に囲まれ、優れた公立高校制度のなかで育ったことでしょうか。これは大きな恩恵でした。正直に言って、今ではこれだけの恩恵が受けられる子どもたちはそういないと思います。
ルーベンシュタイン:その後、オーバーン大学に進みました。大学生活はどうでしたか?
クック:なかなか良い学生生活でした。本格的にエンジニアリングにのめり込みました。いわゆるインダストリアル・エンジニアリングですね。
ルーベンシュタイン:そしてIBMに入社します。
クック:ええ、まず生産ラインの設計を担当するプロダクション・エンジニアからスタートしました。当時はロボット工学が大きく成長し始めたころで、私たちも自動化に着目していました。必ずしもうまくいったとは言えませんが、ロボット工学から多くを学んだのは事実です。
ルーベンシュタイン:そこに12年在籍し、次に移った会社がコンパックです。当時コンパックは、パーソナルコンピュータの製造分野では大手企業の一角を占めていました。
クック:業界トップでした。
ジョブズと数分話しただけで一緒にやりたくなった
ルーベンシュタイン:そこで6カ月ほど経ったころ、スティーブ・ジョブズ本人から、あるいは彼に頼まれた人物から電話があって、こう言われるわけですね。『アップルに来ないか』と。コンパックに比べれば、アップルはまだまだ小さな会社でした。なぜ面接を受けてアップルに移ったのでしょう?
クック:良い質問です。当時スティーブはアップルに復帰し、どうにか経営陣を入れ替えようとしているときでした。私は、『これは業界の先駆者と話ができる絶好の機会だ』と考えたのです。
スティーブと会ったのは土曜日で、数分話をしただけで『一緒にやりたい』という気持ちが湧きあがってきました。衝撃的でしたね。彼には、それまで会ったどんなCEOにもない目の輝きがありました。みなが右に曲がっていくのに自分は左に曲がろうとする---彼はそんな人物でした。話を聞くと、彼がやっているのは誰もが考える一般的通念とはまったく異なることばかりです。
多くの経営者が、無駄に経費ばかりかかる消費者マーケットから手を引こうとしていました。でもスティーブはまったく逆です。消費者に対するサービスをより強化しようとしたのです。彼の話だけでなく、彼の問いかけも普通の質問とは異なるものでした。面談を終えて帰るころには、私の気持ちは決まっていました。『本当にこの会社で働きたい。なんとか採用してくれないだろうか』ってね。
ルーベンシュタイン:友人たちは、考え直すべきだと言いませんでしたか?
クック:頭がおかしいと思われました。たいていの人はこう考えます。『世界でもナンバーワンのパーソナルコンピュータメーカーにいるのに、なぜやめようとするんだ? 将来は約束されたようなものなのに』と。きちんと腰を落ち着けて、エンジニアリング解析のようにこれはプラス、これはマイナスと判断したうえでの結論ではないわけですからね。そうした分析が導き出す答えは、たいてい『現状維持』です。ところが私の頭のなかで鳴り響いていたのはこんな言葉でした。『西を目指すんだ、ティム。君はまだ若い、西を目指せ』とね。
ルーベンシュタイン:あとから考えれば、それこそあなたがプロフェッショナルとして自らの人生に下したベストの判断でした。少なくとも私はそう思います。
クック:おそらく人生におけるベストの判断だったのでしょう。そこに『プロフェッショナル』という言葉を付け加えるべきかどうか、確信はありませんが。
うまくいかないなら、会社でなく自分に問題がある
ルーベンシュタイン:アップルに入り、スティーブと働き始めるわけですが、思ったよりやりやすったですか? やりにくかったですか? それとも想像していたより困難だけれど、やりがいのある仕事だったでしょうか?
クック:ひと言で言うなら、自由がありました。何か大きな構想があれば、それをスティーブに話すことができます。もし彼がそれに共感すれば、『オーケー』と口にします。あとは自分で取り組めば良いのです。企業のシステムを麻痺させてしまう組織の階層や官僚的体質、あるいは必ずしなければならなかった事前調査などにどっぷりつかっていた私には、企業がこんな形で成り立つなんて信じられませんでした。アップルはその点、まったく異なった会社です。もし自分がその構想に対してうまく事が運べなければ、近くの鏡をのぞき込めば良いんです。うまくいかないのは会社のせいではありません。その鏡に映っている人物に問題があるんです。
ルーベンシュタイン:スティーブの健康状態は、これ以上CEOは続けられないほど悪化していました。彼が取締役会にそう告げると、2011年8月には、あなたがCEOに着任すると発表されましたね。あなたがCEOになったとき、スティーブは『私がやりたいと思っていたのはこういうことで、この目標を達成してほしい』と言ってくるだろうと思っていましたか? あるいは自分が何をすべきか、自分なりの見解を持っていましたか? このふたつのバランスをどう取りましたか? 何しろあなたは、伝説的人物の後を引き継いでいたわけですからね。
クック:物事はそんなふうに、ひとつひとつ順序だててやって来るわけではありません。アップルはとてもオープンな会社です。相手の意見に反対だったとしても、誰もが途中で遮らず、最後まで話を聞こうとします。たとえスティーブが腹の内に抱えていた秘密の考えがあったとしても、私は気にしませんでした。彼はいつも自分の考えは包み隠さず話してくれましたから。そのときの私には、彼が会長に収まり、永遠に会社を担ってくれるのだと思い込んでいました。私たちの関係は変わらずに続いていくのだと。しかし残念ながら、そうはいきませんでした。
iPhoneは世界を一変させるほどの力が備わっていた
ルーベンシュタイン:あなたがたは、人類の歴史のなかで最も成功した消費者製品をお持ちです。すなわちiPhoneですね。
クック:iPhoneは非常によく考え抜かれた奥深い製品で、世界を一変させるほどの力が備わっているという実感がありました。当時、スティーブが行ったプレゼンテーションをもう一度見てもらえば、製品は言うまでもなく、その説明の仕方にも、彼がiPhoneに注ぎ込んだ大いなる情熱が実感できるでしょう。私には、まるで昨日のことのように思い出されます。
ルーベンシュタイン:これまで何台くらい売れましたか?
クック:優に10億台は超えています。
ルーベンシュタイン:あなたが大切にしてこられた価値観についてお話ししましょう。まずひとつはプライバシーです。
クック:プライバシーは基本的人権であり、私たちがアメリカ人でいるためには、その他の市民的自由と同じくらい大切なものだと考えています。私たちはそれによってアメリカ人たり得るのです。これは誰にとっても、ますます大きな問題になりつつあります。私たちはお客様からデータをお預かりします。----優れたサービスを提供するのに必要な最低限の情報です。あとはそれを保護するためにデータを暗号化するなどして、最大限の努力をもって対応していきます。
平等でないことから多くの問題が生じている
ルーベンシュタイン:あなたは平等の重要性についても話をされています。なぜあなたにとって重要なのでしょう?
クック:世界を見渡すと、問題の多くは、平等でないことが原因で生じるとわかります。これは事実ですが、ある一定の郵便番号でくくられた地域に生まれる子どもたちは、たまたまそこに生まれたために、良い教育が受けられません。
レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クエスチョニング---いわゆるLGBTQのいずれかのコミュニティに属していると、それを理由に解雇される人がいます。多くの人とは異なる宗教を信仰しているために、何らかのかたちで仲間外れになる人がいます。もしあなたが魔法の杖を振り、世界中の誰もが互いに尊重し合い敬意を持って接し合うようになれば、きっと多くの問題は消えてなくなることでしょう。
ルーベンシュタイン:あなたはご自身の個人的な生活について公表し、誰もが享受すべきだと主張した、まさにそのプライバシーの一部を放棄されましたね。なぜそうなさったのですか?
クック:個人ではなく、より大きな目的のためにそうしました。私はだんだんわかってきたのです。自分の家族からでさえ正当な扱いを受けていない子どもたちがたくさんいるのだと。彼らには、『なるほど、しっかり人生を歩んでいるじゃないか。あの人たちはゲイだが、だからと言って一生涯、それが負い目になるような世の中であってはならないんだな』と語ってくれるような誰かが必要なのです。
子どもたちは、そういうメッセージを発信し続けていて、私にはそれが見過ごせなくなりました。『自分にとって居心地がいいようにプライベートを保ってきたが、実はそれは誤った選択だったのではないか』、そう思うようになった私は、より大きな目的のために何かすべきだと考えたのです。
ルーベンシュタイン:後悔はありませんか?
クック:ありません。
前回:ジェフ・ベゾスが無謀に思えたプライム進めた訳(5月12日配信)
(デイヴィッド・M・ルーベンシュタイン : カーライル・グループ共同創設者兼共同会長)