陸上自衛隊には、あえて「敵役」となる専門部隊があります。スキルアップのために全国から来る部隊をコテンパンにいなす彼らは、外観から異なるそう。いったいどんな集団なのでしょうか。

富士山ろくがホームグラウンドの玄人集団

 自衛隊には、訓練に際して敵役を務める「アグレッサー」という専門部隊が編成されています。比較的知られているのは、航空自衛隊の飛行教導群ですが、実は陸上自衛隊にもアグレッサーとして「評価支援隊」なる部隊が存在します。

 航空自衛隊の飛行教導群は敵役として遠方からでも識別できるように特徴的なカラーリングが施されたF-15J戦闘機を運用していますが、陸上自衛隊の評価支援隊も所属隊員は一風変わった迷彩服を着用し、装備車両には一般部隊とは異なる迷彩パターンを施しています。このような特徴ある陸自版アグレッサー、評価支援隊とはどんな部隊なのでしょうか。


砲塔正面や車体に黒色が追加された評価支援隊戦車中隊の90式戦車。この迷彩の90式戦車は全国で10両もないレアな車両(武若雅哉撮影)。

 評価支援隊が主に用いる演習場は富士山の麓、山梨県南部にある北富士演習場です。ここの一角には「富士トレーニングセンター(通称FTC)」というのが設けられており、ここで全国から派遣された陸上自衛隊の各部隊が実戦的な対抗演習を行っています。

 評価支援隊は、このFTCで対抗部隊、つまり敵役を務めています。上級部隊は山梨県忍野村の北富士駐屯地に所在する「部隊訓練評価隊」です。FTCを管理・運用し、実戦に則した訓練を施す部隊として2000(平成12)年3月に創設されました。

 この部隊訓練評価隊の発足から2年後の、2002(平成14)年3月に評価支援隊は誕生しています。ただ、駐屯地の規模や車両整備の利便性などから、評価支援隊は上級部隊の部隊訓練評価隊とは別居する形で、富士山の反対側にあたる静岡県御殿場市の滝ヶ原駐屯地に所在しています。

敵役は服装も違う

 彼らが訓練時に着用する専用の迷彩服は「評価支援隊用迷彩服」と呼ばれる独特なものです。陸上自衛隊でも評価支援隊の隊員しか用いない、いわばオリジナル迷彩服で、全国で見られる陸上自衛隊の迷彩服とは異なる色調のものになっています。

 また異なる迷彩は車両にも施されていて、一般部隊の戦闘車両の迷彩が茶色と緑色の2色なのに対して、評価支援隊は黒色が追加された3色迷彩となっています。イメージとしては、陸上自衛隊のヘリコプターの迷彩パターンに近い感じです。

 このように隊員の迷彩服、そして車両の迷彩塗装を、あえて自衛隊の標準と変えることで、見ただけで対抗部隊(敵部隊)であると認識できるようにしています。


滝ヶ原駐屯地の記念行事でオリジナルの迷彩服を着て整列した評価支援隊の隊員。弾帯(ベルト)やサスペンダー、半長靴(ブーツ)などは一般部隊と同じものを使用している(武若雅哉撮影)。

 評価支援隊は隊長を筆頭に、隊本部、第1普通科中隊、第2普通科中隊、戦車中隊、施設中隊、指揮観測班が編成されています。第1と第2という、ふたつある普通科中隊がいわば敵の歩兵部隊役、そして戦車中隊がひとつと、施設中隊、すなわち工兵中隊がひとつ編成されているので、これで小さなコンバットチーム、陸上自衛隊でいうところの「戦闘団」というのに近い編成となっているのがわかります。

 ただ、ここでひとつ疑問が。それは特科、すなわち他国でいうところの砲兵役がない点です。この砲兵に代わるのが、編成の特徴ともいえる「指揮観測班」です。

 野戦用の大型火砲は射程が長大なため、北富士演習場の大きさの制限から実際に配置することはできません。とはいえ、現代戦の性格上、必須であるため、「指揮観測班」がいわゆる「砲兵」となって特科火力の要求を受け、砲弾落下の状況を付与するようになっています。

 模擬的に砲弾が落下し、指揮所の表示板や現場の隊員が携行するインジケーターなどに砲撃によってどれぐらいの被害が出たかを表示すればよいだけなので、砲兵のなかでも必要最低限のエッセンスである、「指揮」と「観測」だけが用意されているのです。

自らのレベルアップも必須

 前出のように、評価支援隊は2002(平成14)年3月に新編されて以降、ホームグラウンドといえる北富士演習場内のFTC地区に全国の陸上自衛隊部隊を招いて圧倒的な強さを誇示してきました。

 味方部隊を鍛えるための敵役なので、強いに越したことはないものの、逆にいうと日本人同士の戦いしか経験したことのない、いうなれば「井の中の蛙」になってしまう恐れがありました。そこで、発足から10年余りが経過した2014(平成26)年に、評価支援隊は初の海外遠征を行っています。

 向かったのは、アメリカ西海岸のカリフォルニア州にある、同国陸軍最大の訓練施設「ナショナル・トレーニングセンター」です。このときの訓練では、日米相互の部隊運用を向上させることと、アメリカ軍の訓練評価体制の視察がおもな目的でした。ここで、アメリカ軍が実際に行っている実戦的な訓練を体験することで、評価支援隊はよりリアルな訓練を自衛隊の部隊に提供できるようになったのです。


評価支援隊特有の迷彩パターンになっている96式装輪装甲車(武若雅哉撮影)。

 現在、聞くところによると評価支援隊の上級部隊である部隊訓練評価隊は、北富士演習場のみならず東富士演習場でも訓練できるようにしているといわれています。この話が実現した場合、評価支援隊は実際に野戦砲(特科火砲)を装備したり、いままではなかった後方支援部隊を新たに編成したりする必要が出てくるでしょう。

 そうなると、従来までは、いわゆる機械化大隊レベルの編成であったのが、さらに大きな増強機械化連隊という規模にまで生まれ変わる可能性を秘めているのです。