英旅客機「トライデント」なぜ左に前脚がズレたのか? 超ハイスペックゆえの理由とは
1960年代、前脚が左側にずれたユニークな形の旅客機、ホーカー・シドリHS121「トライデント」が出現しました。このユニークな形は、同機の最大の強みゆえのものでした。
胴体中心より約60cm左にずれた前脚
「霧のロンドン」といった言葉があるように、ヨーロッパでは、そのどんよりとした天候の特徴から、気象条件が比較的良い空港が多いアメリカと比べ、悪天候時の視界不良に対応した「全天候型」の航空設備が先んじて発達してきたように思われます。イギリスの戦後航空史において、この最たる例といえるジェット旅客機が、ホーカー・シドリ(シドレー)社のHS121「トライデント」です。同機の外観の最大の特徴といえば、胴体中心より約60cm、左にずれた前脚です。
ホーカー・シドリレー「トライデント」2E型(画像:Hugh Llewelyn[CC BY-SA〈https://bit.ly/2Vh1bOa〉])。
「トライデント」は1962(昭和37)年に初飛行。3発のエンジンを尾部にまとめたレイアウトを持つ機体で、上空で車輪を格納したときの見た目は、ボーイング727、旧ソ連のツポレフ設計局(当時)Tu-154と類似しています。
このモデルは世界初のジェット旅客機「コメット」を製造していたデ・ハビランド社が、当時の欧州域内のエアラインであったBEA(英国欧州航空。現在のブリティッシュ・エアウェイズ)社の要望にDH.121として開発にとりかかりました。イギリスの航空機メーカーの統合により、ホーカー・シドリ社が開発を継続し、HS121「トライデント」と名称を変え、初飛行に成功します。
ただ「トライデント」は最終的には100機強の生産に留まり、ヒット作といえずに終わりました。ただ一方で、冒頭に述べた通り、“世界初”を含めた画期的なシステムを装備。ズレた前脚は、そのことゆえでした。
置き場がない! せや、脚ズラそっ
ホーカー・シドリ「トライデント」の最大の特徴は、初めて自動着陸(オート・ランド)装置を標準装備したこと。これは悪天候で視界がゼロのときに、安全に目的地に到着するための仕組みです。現にこのモデルでは、旅客機として世界初の全自動着陸が、1965(昭和40)年6月10日のBE343便(パリ ル・ブルジェ→ロンドン ヒースロー)で実施されています。
ちなみにこの機は、旅客機として最初にFDR(フライトデータレコーダー)を搭載(デジタル記録ではありませんが)した機体としても評価されています。
ただ、当時はこの自動着陸を実現するための装置も現代とは比べ物にならないくらい、大きな形をしていました。その収納場所としてはコクピット下の機首部分がベストだったのです。そのため前脚を左にずらして取り付け、右にある収納部に引き込むように。こうして、この独特の機首部分のデザインができ上がったのです。
2021年のパリのル・ブルジェ空港(乗りものニュース編集部撮影)。
ただし、「トライデント」は、旧英連邦の国で使用するためには機体のサイズが小さいことなどから、イギリス本国を除くと、中国民航で運用された程度と、海外ではほとんど採用されずに終わっています。日本国内では、中国民航が小牧空港や伊丹空港に乗り入れたことがありましたが、羽田空港や成田空港ではほとんどみかけない機体でした。
今ではイギリスのマンチェスターにある科学技術博物館の航空・宇宙ホールに機首部分を展示されているほか、中国でも見ることができるそうです。
ちなみに「トライデント」の意味は、“三又のもり”が最も広く知られています。ギリシャ神話では三又のほこ、転じて制海権となるとか。「トライデント」は、イギリスの軍艦をはじめ、SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)でも用いられています。