南極大陸を取り囲む南氷洋の渦を巻く海域を研究してきたライア・シーゲルマンは、米航空宇宙局(NASA)の木星探査機「ジュノー」が木星の北極付近で撮影したサイクロンのポスターを偶然見かけた。「それを見たときに衝撃を受け、『うわ、まるで海の乱流みたい』と思ったんですと、彼女は言う。

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カリフォルニア大学サンディエゴ校スクリップス海洋学研究所の研究員であるシーゲルマンは、こうして木星の詳細な姿を撮影した最新の画像に目を向けるようになった。そして彼女と研究チームのメンバーたちは、地球上で見られる種類の対流現象によって、木星でサイクロンを生み出す物理的な力とエネルギー源を説明できることを初めて証明したのである。

物理学的に見れば、空気と水はどちらも「流体」である。このため、巨大なガスの惑星と地球の海には同じ原理が当てはまる、というわけだ。その研究成果をシーゲルマンたちは、科学誌『Nature Physics』で2022年1月10日(米国時間)に発表した。

地球の気象学と海洋学を応用

4ポンド(約1.8kg)の10の27乗倍もある太陽系の巨象・木星では、低気圧域の周りを回転する大きな嵐である巨大サイクロンが発生する。なかには数千マイルの横幅をもつアメリカ大陸ほどの大きさのものもあり、その突風は最大で時速250マイル(同約402km)にも達する。

最大規模のサイクロンは木星の北極で8つ、南極で5つが見つかっている。それらの発生源について科学者たちが何年にもわたって推測してきたが、シーゲルマンと仲間の研究員たちは嵐の精密な地図を作成して風速と気温を測定することで、嵐が実際に形成される仕組みを明らかにした。

その仕組みとは、シーゲルマンのよく知る海洋渦とそれほど変わらない小さな渦が乱気流の雲の間のあちこちに現れ、それが互いに合体し始めるのである。サイクロンはより小さな雲をのみ込み続け、そこからエネルギーを得て成長することで、回転し続けるのだと彼女は言う。

5億マイル(約8億キロメートル)以上も離れた惑星の極端な気象を研究するためにシーゲルマンがとった方法は、賢いやり方と言える。「この論文の執筆者たちが気象学と海洋学を応用していることは明らかです。研究者たちはその分野の豊富な知識を用いることで、わたしたちがまず触れることのできない惑星に対して洗練された方法で適用しています」と、地球上のハリケーンや竜巻の物理特性をモデル化し、その研究成果を土星に適用してきたスタンフォード大学の大気科学者のモーガン・オニールは語る。

赤外線画像から見えてきたこと

具体的には、科学者のチームは木星のサイクロンが地球上の雷雨と同じように「湿潤対流」というプロセスを通して発達する仕組みを立証しているのだと、オニールは言う。木星の大気の奥深くにある暖かく密度の低い空気は徐々に上昇し、極低温の真空付近にある冷たく密度の高い空気はゆっくりと下降する。この現象が、水分をたっぷり含んで渦を巻く木星のアンモニアの雲の中で見られる乱気流を生み出すのだ。

オニールはこの対流現象を惑星の大気シミュレーションのなかで見てきたが、シーゲルマンと仲間の科学者たちは観測を通してその証拠を示している。彼女たちが詳しく調べたのは、ジュノーが17年に高速で通過しながら撮影した木星の両極の接近写真だ。

それぞれの写真には、複雑に並ぶアンモニア雲が写っている。続けざまに撮影された画像を比較すると、それらの違いによって雲と回転する渦巻の変化が明らかになり、風の動きと、渦がかくはんされ成長する速さを追跡できた。

シーゲルマンと彼女のチームは、イタリア宇宙機関の資金提供でジュノーに搭載された計測器「赤外線オーロラマッピング装置(JIRAM)」の画像を利用した。このカメラは木星の雲を1辺約10マイルの画素に分解し、赤外線によって熱放射も詳細に調査する。

「高い所にある雲は冷たく、雲の中の穴や深い所にある雲は暖かく見えます。だから温度を上昇運動の尺度として使うことで、上昇する動きがあったのか、それとも下降する動きがあったのか判断できるのです。それが、この論文の独自性と言えるものです」と、この新しい研究論文の共同執筆者でジュノーの研究チームの一員でもあるカリフォルニア工科大学の惑星科学者、アンドリュー・インガソルは言う。

同じコインの裏表?

木星の大気は地球の大気と少し似ているが、多くの異なる姿も現す。例えば、地球には薄い層の大気しかなく、陸地と海が大地と空の間に硬いバリアをつくっている。これに対して木星は、すべて大気でできている。

このため木星では、南極で観測された五角形の構造をもつサイクロンなど、地球では決して見られないいくつかの気象パターンが形成される。それらの気象パターンについてはまだ解明を試みている最中であり、シーゲルマンは研究すべきことが間違いなくもっとたくさんあるのだと言う。

シーゲルマンはジュノーからさらに多くの画像が送られてくることを楽しみにしている。外側に伸びる3つの太陽光発電装置をもつSUVほどの大きさのこの探査機は11年に打ち上げられ、16年から木星の軌道を周回している。そのミッションのために残された時間はあと1年もなさそうだが、今後数回の飛行でより多くのデータを収集することが期待されている。

シーゲルマンは木星の巨大サイクロンの科学のほかに、もうひとつ学ぶべき教訓があると考えている。地球の気候や気象の調査と、地球以外の世界の気候や気象の調査は、同じコインの裏表であるように思えるのだ。

「地球上の動力学の知識をはるか彼方の惑星に適用できるなんて、素晴らしいことだと思います」と、シーゲルマンは言う。「そしてそれは、わたしたちの惑星をよりよく理解する助けにもなるのです」

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