警備会社「ALSOK」のジビエ事業参入が“日本の社会問題解決”につながる深いワケ
大手警備会社のALSOKがジビエ事業に参入したことが、大きな話題になった。
ジビエとは、「捕獲された野生鳥獣の肉」という意味のフランス語である。ALSOKは害獣の肉を加工し、それを発送する。オンラインショップでもALSOK加工のジビエを購入することができる(※1)。
しかしなぜ、警備会社がジビエ事業に乗り出すのか? それは「一般市民の財産を守る」という上で、極めて大きな共通点があるからだ。
30年以上前から発生していた「マタギの後継者問題」
画像:Roman Kosolapov/Shutterstock日本は環太平洋火山帯に沿った山岳国である。
どこまでも草原が広がる中央アジアの人々とは違い、日本人は常に山林と隣り合わせの生活を送る。その山林にいるのは、もちろん人間だけではない。猪や鹿、熊などの動物が生息している。 これらの動物とどう付き合うか、ということが我々日本在住者に宿命づけられた課題である。
1987年、NHKで秋田県阿仁町在住のマタギ松橋金蔵の特集番組が放送された。マタギとは、東日本から北日本に分布する猟師の総称である。この番組は当時81歳の金蔵が引退を前に、長年培った狩猟の技術を若手に伝授する--という内容だった。 1987年の時点で、マタギの「後継者問題」は深刻化していた。
それはもちろん、マタギだけではない。日本の山林を管理するべき林業従事者は年々高齢化し、若手の確保に頭を抱えている状態だ。もしもマタギや林業従事者者がいなくなれば、日本列島に広がる山々とその緑は誰が管理するのか?
たとえば、静岡県では「竹林問題」が叫ばれている。 竹は放っておけばどこまでも自生する植物である。それは他の種類の木々を駆逐してしまうほどで、林業従事者が竹林を適切に管理しなければ生態系が破壊されてしまう。するとそこに生息する猪や鹿といった動物の餌もなくなり、空腹に耐えかねて人の住む里に降りてくる--ということも起こる。また、竹林は保水力がなく、それが大規模土砂災害の原因にもなり得る。
やや飛躍した表現を敢えて使うが、「林業の消滅」とは「日本の荒廃」に他ならないのだ。
手を加えるべき自然
画像:Miruhiko/Shutterstock90年代、このような論調が存在した。「ゴルフは自然破壊を促すスポーツ」というものだ。
ゴルフ場建設により森林が切り開かれている。自然保護のためにはゴルフという競技そのものをやめさせなければならない。そのようなネガティブキャンペーンがジャーナリストや自然保護活動家と呼ばれる人々から展開されていたのは事実である。
しかし、ゴルフは森林が存在しなければ成立しない競技だ。それがなければ、OBはどのようにして規定するのか? しかもゴルフ場内には水場もあり、それらは365日人の手で細かく管理されている。従って「ゴルフ場ならではの生態系」というものも存在する。そのゴルフ場の運営会社が倒産しない限り、森林の管理放棄という事態はまず起きない。ゴルフ場の中に絶滅危惧種の動物が生息しているという例もある。
自然には「手を加えてはいけない自然」と「手を加えるべき自然」が存在する。日本の場合、後者が圧倒的に多いということをここで強調しておかなければならない。
19世紀のアメリカのように、数千万頭も生息していたアメリカバイソンを乱獲して絶滅寸前に追いやるようなことは、マタギ文化のプログラムには存在しない。西部開拓時代のアメリカのバッファローハンターと日本のマタギとでは、そのコンセプトがまったく異なるのだ。
なぜなら、日本という国で農業をやる以上、畑に隣接する山地の管理を考慮しなければならない。だからこそ林業従事者がいて、マタギがいる。皮革や食料を手に入れるために、積極的に狩猟するのではないのだ。
本来であれば、このように三者が歯車のように上手く噛み合っている。ところが、上述の通り林業もマタギも高齢化問題(言い換えれば後継者問題)に悩まされている。猪や鹿が畑を食い荒らすことによる経済的被害は、農家にとっては当然見過ごせるものではない。
そこで警備業の登場である。
SDGsの目標にも合致
画像:Karolis Kavolelis/Shutterstock「家屋を守ること」と「田畑を守ること」は、私有資産の管理という点においてまったく同一である。ALSOKグループは2016年から「認定鳥獣捕獲等事業者」の認定を受けている(※2)。
そしてALSOKのジビエ事業参入は、SDGsの目標「15.陸の豊かさも守ろう」に合致したものでもある。
ゼネコン分野に「花の建設、涙の保全」という言葉がある。道路を建設する際は、国や自治体の強力な後押しもあり非常に華やかなイベントが催される。ところがその道路を20年、30年と保全するとなると極めて地道かつ肉体的に辛い作業ばかりが待っている。さらに言えば、その作業に目を向ける者は同業者以外誰もいない。
害獣駆除を含む山林管理とは、まさに「涙の保全」である。それ自体が目立つ職種というわけでもなければ、世界的に注目される産業というわけでもない。しかし、誰かがやらなければ地域も生態系も荒廃してしまう。 本来、自然保護活動とは恐ろしく地味な行いである。
だからこそ、ALSOKのジビエ事業には大きな意味合いが含まれている。何気ない日常の安全を保証してくれる会社が存在しなければ、我々はその地域では暮らしていくことはできない。
誰しもPCやスマホを所有するようになった現代、しかしデジタル機器では解決できないことが社会問題にまで発展している。それを解決するヒントを、我々はALSOKの取り組みから見出すことができる。