左からビル・スティアー、ジェフ・ウォーカー、ダニエル・ワイルディング(Photo by Ester Segarra)

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「リヴァプールの残虐王」と謳われた伝説的グラインドコア/デスメタル・バンド、カーカスが8年ぶり通算7枚目のニューアルバム『Torn Arteries』を発表。破滅的な音楽を鳴らしてきたパイオニアが、年齢を重ねて成熟に至るまでのプロセスを語る。

30年以上前にメタルバンド、カーカスが結成されたとき、メンバー全員に一つの極めてまっすぐな目的があった。

「俺たちは大騒ぎを起こしたいと願う10代のガキだった」と、1988年のデビュー作『Reek of Putrefaction』(邦題:『腐乱屍臭』)を振り返ってギタリストのビル・スティアーが言う。「とても攻撃的なアルバムを作ったことが自慢だった。すべてが不快で受け入れがたいものにしたかったのさ。音楽も、歌詞も、カバーも。その目標は達成したと思う」。

これに異論を唱えるものはいないだろう。『Reek〜』を”受け入れがたい”と呼ぶのは、ABBAの『Gold』を「控えめだがキャッチー」と呼ぶのと同じことだ。カーカスの1stアルバムは、不鮮明に聞こえる半狂乱のドラムブラスト、人間離れした低音の唸り声、低くチューニングされて聞き取れないリフが混ざり合い、腹を空かしたゾンビが組んだバンドがハードコア・パンクをプレイしているようなサウンドを作り上げていた。無慈悲なサウンドと音響を補うのが歌詞で、痛みに満ちた肉体へのあらゆる危害を歌っていた(例を挙げるなら「炭化眼電球(Carbonized Eye Sockets)」「嘔吐した肛門(Vomited Anal Tract)」など)。そして、さまざまな損傷段階の死体のコラージュがカバーを飾るという徹底ぶりだった。

「1stアルバムのとき、俺たちは『一発屋になるはず。できればこのアルバムが検閲に引っかかってくれればいい。そしたらこれはクールで本物のアンダーグラウンドなアルバムになるから』と考えていた」とベーシスト兼ヴォーカリストのジェフ・ウォーカーが言う。「でも不運だったのが、これが裏目に出てしまって、俺たちは真剣に受け止められ、バンドとしてのキャリアが始まってしまったのさ」

彼らのキャリアの進化は尊敬に値するものだった。カーカスの第一期と呼べる80年代半ばから90年代半ばまで、彼らは『Reek〜』の悪臭を放つばかりのサウンドから、非常にタイトで洗練されたサウンドへと変貌を遂げた。さらに1993年の傑作『Heartwork』でアメリカのメジャー・レーベルとの契約までも手に入れた。この作品では、彼らのトレードマークであるスピードと凶暴性をきらびやかな王道ハードロックと見事に融合させている(「ローリングストーン誌が選ぶ歴代最高のメタルアルバム100選」で51位にランクイン)。その一方で、ウォーカー、スティアー、そしてオリジナルドラマーのケン・オーウェンが示していた暴力への強い興味が単なるコンセプトだったことをファンは知る。当時、自分たちは雄弁で平和主義なベジタリアンだと、複数のインタビューで明かしたのだった。

カーカスの新作『Torn Arteries』は通算7枚目のアルバムで、ウォーカーとスティアーが2007年にバンドをリブートしてからは2枚目に当たる。この作品でカーカスはもう一段階進化を遂げた。1991年のアルバム『Necroticism - Descanting the Insalubrious』(邦題:『屍体愛好癖』)で強調していたプログレ的野心に『Heartwork』と1996年の『Swansong』で磨きをかけたミドルテンポのスワッガーをブレンドしたのである。2019年夏まで制作を続けたこのアルバムは、もともと昨年リリース予定だったが、パンデミックの影響で発売中止となり、ようやく9月17日に発売されることになった。カーカスのアルバム史上最もバラエティに富み、予測不可能な作品と言える。2013年のカムバック・アルバム『Surgical Steel』で聞かれた直球勝負なサウンドからこう来たかと思う驚きのひねり具合だ。

「これはオヤジロック(dad rock)だね」とリバプール訛りの強いウォーカーがお茶目に言う。彼はリバプールの自宅からSkypeでのインタビューに応えてくれた。

「イーグルス好きのロックファンには好かれないだろうけど、少しだけロックンロールの要素が入っている作品だ」と、ロンドンからSkypeインタビューに加わっているスティアーが少々真面目に答える。「でも、これ以外の音楽だったら真実味を欠いていたと思う。だってこれが今の俺たちだから。ミュージシャンは自分自身を音楽に入れ込まないといけない。もちろん、他のミュージシャンよりも強い自分なりの要素というのがあって、それも確実に入るけど、音楽はリアルじゃなきゃいけない。誠実でなきゃいけない。それが欠けるとファンはすぐに気づくんだよ」

衝撃デビューと進化の過程

10代のスティアーとオーウェンの友情から生まれたのがカーカスだった。1985年、同名のバンドを立ち上げるも、すぐに他のプロジェクトのために脱線した。1年後、二人はこのバンドを再始動させ、パンクバンド「エレクトロ・ヒッピーズ」で社会の弊害や食肉産業の悪行を激しく避難していたウォーカーを加入させた。トリオ編成となったバンドはDeathやリパルジョンなどのバンドからヒントを得たのだが、この2バンドは無慈悲なアグレッシブさとホラー映画譲りのイメージで、生まれたばかりのデスメタル・アンダーグラウンドの先鋒的な存在だった。初期の楽曲の歌詞を書いていたオーウェンは、血みどろのファンタシー系テーマがお気に入りだった。当初、政治に関心のあるウォーカーはオーウェンの方向性を訝しがっていたが、すぐにこの方向性を彼自身の中に取り入れる方法を見つけることになる。

「ライブをやっていた時、歌詞を書いた紙を見るうちにクスクス笑いだしてしまった。あまりにも不条理で、逆に面白すぎる、これは絶対に回避しなきゃダメなやつだと思ったのさ。もちろん、実際にそうしたよ」と、当時を思い出してウォーカーが述べる。

歌詞をもっと現実に近づけるために、ウォーカーは手近にあったソースに目を向けた。当時、看護師の研修中だった姉妹から借りた古い医学辞典がそれで、彼はその中から難解な専門用語を発掘したのだった(彼はSkype越しに「今、棚にあるその辞典を見ているけど、もうボロボロだし、水に濡れたせいで紙がシワになっている」と説明した)。そうして誕生した歌詞は、その時点までに書かれたどの歌詞と比較しても、最も冗漫で、最もグロテスクに飾り立てられた評伝だった。『Reek〜』収録の「Microwaved Uterogestation」は、”湿布の送風がお前の胎児の嚢を水素化する/凝固する出血と先天性のヘルニア”という一節から始まる。


カーカスの初期ラインナップ:左からビル・スティアー、ジェフ・ウォーカー、ケン・オーウェン(Courtesy of Earache)

これらの悪臭漂うテーマは、当時人気のあったナパーム・デスなどと一線を画する特徴をカーカスにもたらした。ちなみにナパーム・デスは政治寄りのメッセージを歌うバンドで、グラインドコアの分派であるカオティック・パンクメタルの生みの親とされており、80年代後期にはスティアーも2年間一緒に活動していた。カーカスが魅了したファンの中には、ガーディアン紙に『Reek〜』を1988年一番のお気に入りアルバムと語ったBBCの伝説的DJジョン・ピールや、1992年のロンドン公演でメンバーが自慢気にカーカスのTシャツを来ていたフェイス・ノー・モアがいた。そして、彼らが青写真を提示した『Reek〜』と、洗練しつつ悪臭はそのままの次作『Symphonies of Sickness』(邦題:『真・疫魔交響曲』、1989年)によって、彼らの音楽スタイルが徐々に一つのサブジャンルとして成長し、巨大化し、今でも人気の衰えない世界的なムーブメントであるゴアグラインドと呼ばれるようになったのである。

しかし、すぐに衝撃度の大きさよりも楽曲と歌詞の進化に軸足が移動した。続く『Necroticism』は、のちにアーチ・エネミーの創始者の一人となるマイケル・アモットとスティアーの驚異的なツインギターがフィーチャーされたアルバム2枚のうちの1枚。このアルバムで初期のサウンドの重要な要素が違和感なく統合された。スティアーの腹の底から出てくるような唸り声が、ウォーカーの敵意むき出しの耳障りな声を強調し、大胆で頭脳的なアレンジが施され、語呂合わせの早口言葉で構成されている。身元確認のためにバラバラ死体を元に戻す内容の曲は、その仕事を「人体ジグソー・パズル」(Corporal Jigsore Quandary)と命名している。そして、『Heartwork』とバンド解散後にリリースされた『Swansong』の2枚では、合理的でカーカスらしいサウンドを打ち出しつつ、ある種の究極の上品さすら孕んでいる。

「人というのは20代半ばになる頃には、若い頃の勢いが消えてしまう」とスティアー。デビュー盤『Reek〜』の獰猛な攻撃性は、メンバーが成長した90年代半ばには収まっていたことを思い出しながら「その頃になると世界に対してそれほど怒りを感じないんだと思う」と続けた。

「何をやってもカーカスになる」

2007年の再結成以来、カーカスは興味深いもう一つの時間軸を探求してきた。80〜90年代の楽曲を演奏するツアーを2年半行ったあとでリリースされたアルバム『Surgical Steel』では、『Reek〜』と『Symphonies〜』時代の首が折れるほどのスピードと不安定なデュアル・ヴォーカルを復活させ、『Heatwork』時代の成功の輝きもしっかりと入れ込んだ(1999年に脳内出血でプレイできなくなったオーウェンの後釜ドラマー、ダニエル・ワイルディングはこのアルバムが初参加作となった。ちなみにウィルディングは『Symphonies〜』が出た1989年生まれ)。

ニューアルバム『Torn Arteries』は自信満々で、カーカスという音楽パレットの上を縦横無尽に動き回っており、そこに最新の要素を入れ込んでいる。手に汗握るスラッシュ・ミーツ・デスメタル的獰猛さを歌ったタイトルトラック(邦題:ド・ク・ド・ク動脈)や、レフトフィールドな展開を見せる「Under the Scalpel Blade」(邦題:鬼メスの刃)に加えて、このアルバムの中心を担う「Flesh Ripping Sonic Torment Limited」(邦題:人肉引き裂き音速拷問、制限あり)は雰囲気のあるアコースティックなイントロで始まり、パワーバラッドのようなスティアーのソロがフィーチャーされた、ゆったりした魅力的な10分強の長尺曲となっている。「Wake Up and Smell the Carcass / Caveat Emptor」(邦題:めざましカーカス)は意図的にスウィングする、意味ありげなメインリフが核となって構築されている。「In God We Trust」(邦題:神を信じる)はハンドクラップが印象的で、すぐにでもラジオで流せる軽快なブリッジが特徴的だ。

「前作そっくりのアルバムを作るなんて選択肢は絶対になかった」とスティアーは語る。「このグループでは常にそうならないようにする傾向があったんだ。新しくてフレッシュな楽曲を作り出すのがとても重要だと感じていたし、カーカスの音楽をずっと見ていると、ジェフと俺が関わって、ダンのドラミングのアプローチが加わると、何をやってもカーカスになるって俺は思うから。それは要するに、カーカスのスタイルに不可欠な要素を入れようなんて神経質になる必要がないってことだ」。

そして、彼はこう付け加えた。「俺個人としては理想を言うなら、それまでのカーカスの楽曲では聞いたことのない要素が必ず入っているようにしたかったね」。

その好例はこんなところに見られる。70年代ロックの大ファンであるスティアーは、カーカスの休眠中にレトロスタイルのパワートリオ「ファイヤーバード 」を結成した。スティアーは『Torn Arteries』収録のアンセム「The Devil Rides Out」(邦題:悪魔よ、去れ!)における勢いの良いミドルテンポのリズムは、1975年のラジオで大流行したナザレスの「Hair to the Dog」に対する憧れから生まれたと言う。

皮肉なことに、現時点でのカーカスにとって、エクストリームのその先を極めることこそ最も魅力のないチャレンジとなっている。「ブラストビート以外に何もなくて、すべてが無調で、安全圏内に留まる楽曲だけのレコードを出すなんて恥ずべきことだと思うよ」と、スティアーは述べる。

ニューアルバムで辿り着いた「成熟」

歌詞の面では、ウォーカーはテーマに対する視野を広げながらも、カーカスの歴史を受け入れる方法を見つけた。所々で「カーカス神話」と彼が呼ぶ要素を次のように説明する。アルバムのタイトル『Torn Arteries』は、オーウェンが80年代に始めた宅録ワンマンプロジェクトに由来するもの。「Flesh Ripping Sonic Torment Limited」はカーカスの最初のデモを召喚しているし、「Wake Up and Smell the Carcass」は1996年のレアなコンピレーション・アルバムのタイトルを拝借したものだ。

その一方で、最新作の楽曲における歌詞の多くは、ケガや切り口の状況を記録するスタイルから、より隠喩的なものへと派生している。「Dance of Ixtab (Psychopomp and Circumstance March No. 1 in B)」(邦題:イシュタムの舞)はここで初めて登場するタイトルだが、首吊り自殺を司るマヤの女神(訳注:イシュタム)から名付けられており、リフは言葉遊びの「ハングマン」と絞首台ユーモアがモチーフだ。「In God We Trust」は環境破壊についての曲(”地球が叫び声をあげながら死んでいく/そして血が出てくる……”)。さらに、時の翁と父親にまつわる問題を見事に捉えた「The Scythes Remorseless Swing」(邦題:揺れる死神の鎌)を含む多くの曲で、年齢を重ねることの非情さを表現している。

「あの曲は俺がこの年になったおかげで生まれたんだ」とウォーカーが「The Scythes〜」について語る。「つまり、このアルバムをレコーディングし始めた時、俺は49歳で、今は52歳だ。年を取ると時間の経過が早くなるし、距離が短くなるし、地球が小さくなる。それって本当に馬鹿げている」。

このアルバムのカバーアートは、白い背景の真ん中に野菜で作られた心臓があるだけだ。カーカスがあからさまなゴア的表現を少なくして、もっと示唆に富んだ表現方法に移ってきたことを表している。ウォーカーはこの心臓と似たかたちの小さな彫刻を以前に見ており、そこからアイデアを得た。その彫刻はカナダの病院で行われたコンテストのために作られたもので、ポーランド人アーティストZbigniew Bielakによる作品だった。「野菜で作られているから、人々は『彼らは血まみれの菜食主義の聖戦デモしているのね』とうめき声を挙げていたよ。でも俺がこの彫刻で気に入っているのは、俺たちはこれまで死体のコラージュばかりしてきただろう? 今回のようにシンボリックなのがナイスなんだ」とウォーカー。

そう言ってから少し無言になり、生真面目な口調で「もしかしたら、ウィーンと彼らのアルバム『White Pepper』に対するオマージュかも。俺がハイになると必ず聴く一枚だからさ」と続けた。



カーカス結成から約35年が経過して、ウォーカーとスティアーの二人は、鼓膜や眼球、常識的配慮という概念をも攻撃するという初期のミッションを除外したことに満足しているようだ。そして、あとはコアグラインドの看板を牽引する何百もの若手バンドに任せると言う。「今はエクストリームな音楽をやっているバンドが本当に多い。求めるものがカーカスのアルバムになかったら、他で簡単に見つかるはずだ」とスティアー。

カーカスが『Torn Arteries』にたどり着くまでの数十年の進化の過程と、予期せず歩むことになったバンドとしてのキャリアを考えた時、ウォーカーの受け答えは謙虚で、メタルにおけるエクストリームの基準を何度も押し上げてきた男とは思えないほどチャーミングで控えめだ。現時点で彼が最も興味をかきたてられるのが古典的なソングクラフトにあることは明白だろう。あるいは、カーカスが奏でてきた「病気のシンフォニー」が、耳にこびりついて離れないデスメタルという方向性を示したとも言える。

「俺たちの場合、AからBに進むみたいな簡単な進行の曲は作っていないが、必ず途中にフックを入れるようにしているし、記憶に残る何かや、聴いた人が喜ぶ何かを入れるようにしている」と、ウォーカーが最新作について説明する。「みんなに聴いてもらいたいし、一度聴いたら繰り返し聴いてもらいたい。このレコードにはずっと聴くことのできる価値があるからね」と。

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From Rolling Stone US.