待ちに待った「iPhone 13」シリーズが発表され、今回も多くの選択肢が用意された。なかでも「iPhone 13 Pro」と「iPhone Pro Max」は、高品質な動画を撮影できる映画の巨匠にも最適なモデルと位置づけられている。確かにそうかもしれない。「iPhone 13」と「iPhone 13 mini」は前モデルより大容量のバッテリーを搭載し、以前は最も高価なモデルのカメラだけに搭載されていたセンサーシフト式の手ぶれ補正機能を備えている。

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だが、すべてのモデルには共通点がある。それはノッチ(画面上部の出っ張り)だ。アップルがこの約5年前からの“遺物”を取り除き、「Super Retina XDRディスプレイ」をフルスクリーンにしてくれるのではないかと、わたしたちは毎年のように期待してきた。ちょうどサムスンのハイエンドスマートフォンの有機ELディスプレイのようなイメージである。

アップル情報サイト「9to5Mac」による最近の調査によると、アップルがノッチを維持すべきか、それとも他社のようにカメラを“穴”に収めるパンチホール型に移行すべきかについて、アップルファンの意見はほぼ均等に分かれているようだ。9to5Macの読者のなかには、ノッチがiPhoneに個性的な外観を与えていると指摘する人もいる。

ほかにも、マスクを着用するようになったこの新しい時代では、顔認証システム「Face ID」を完全に廃止すべきという意見もある。ただし、2021年9月時点の英国では、マスクをする人は少なくなっている。

だが、iPhone 13における変更点の一部は、アップルもまたノッチのことを「やむをえない妥協の産物」とみなしている事実を示している。というのも今回、ノッチの面積が20%ほど縮小されたからだ。

パンチホールには置き換わらない?

その違いは、「iPhone 12」とiPhone 13を並べてじっくり見ないと判別できないほどである。比較して初めて、ノッチの横幅が以前より明らかに狭くなったことに気づくだろう。一方で、ノッチの奥行きがわずかに太くなって画面側に食い込んだせいで、アプリやゲームに使える領域は狭くなっている。

思わず天を仰ぎたくなってしまう瞬間である。ノッチのサイズが「20%小さくなる」という謳い文句は目くらましであり、iPhoneがAndroidスマートフォンのパンチホール型ディスプレイに近づいているわけではないのだ。

問題になるのは、いずれにせよアップルはノッチをパンチホールに置き換えることができない、という事実である。というのも、ノッチにはカメラ以外にもさまざまな機能が搭載されているからだ。

ノッチのある従来のiPhoneには、次の部品が搭載されている。まず、自撮り用のフロントカメラ、環境光センサー、スピーカー、マイク、近接センサー、投光イルミネーター、ドットプロジェクター、そして赤外線カメラだ。

仮にアップルがスピーカーとマイクを画面上部の周囲に配置したとしても、パンチホールひとつでは済まないだろう。数々の部品を収めるための小さな黒いスペースを、ディスプレイ側にはみ出させる必要がある。

ノッチとFace IDの深い関係

Face IDが機能するには、これらの部品が欠かせない。投光イルミネーターは、人間の目には見えない赤外線を顔に照射する。ドットプロジェクターは、よりはっきりとした何千もの赤外線ドットを顔に投影する。そして赤外線カメラは、これらのドットがつくり出すパターン、すなわちiPhoneが学習する顔の輪郭マップを認識し、被写体が明るい場所にいるのか、暗い部屋にいるのかを判別する。

ノッチとFace IDは、いずれもその存在の是非が問われるような現状において、共依存の関係にある。Face IDは素晴らしい機能だが、本当に必要なものなのだろうか?

アップルはFace IDと競合する指紋認証システムについて、強固なセキュリティや優れたユーザーエクスペリエンスを実現する上で不十分であるとは主張できなくなっている。いまやディスプレイの下にも配置できるようになった指紋センサーは、驚くほど高速になった。

それにアップルは、「iPhone SE」や新型「iPad mini」など、ほかのデヴァイスでは指紋認証を採用している。そもそも指紋認証は、アップルが2013年に発売した「iPhone 5s」で普及させたのだ。

アップルは、Face IDのシステムが指紋認証より安全であると主張するかもしれない。この点について、セキュリティ専門家の意見は賛否両論ある。それに、もしアップルがビジネスに不可欠な機能として売り込むつもりなら、iPhoneだけでなく、MacBookやiMacにもFace IDが搭載されていたはずだろう。

ARという“どんでん返し”

実際のところ顔認証に関しては、マイクロソフトのほうがはるかに熱心に取り組んでいるようだ。

「Windows 10」で導入された生体認証対応のログイン機能「Windows Hello」は、インテルの深度カメラ技術「RealSense 」を搭載した3Dカメラに対応している。また「Surface Laptop 4」などのノートPCには、赤外線カメラが搭載されている。使われている技術はFace IDより初歩的だが、結局はFace IDと似た機能となっている。

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ノッチの存在意義は、セキュリティやスマートフォンのロックを素早く解除する機能のための手段というだけにとどまらない。現時点ではまだはっきりとしたことは何も言えないが、アップルがiPhone 13の発表会で語った中核的な機能のいくつかは、あるひとつの方向性を示唆している。アップルのロードマップには、まだM・ナイト・シャマランばりのどんでん返しが控えているかもしれないのだ。

それはすべて拡張現実(AR)次第である。いまのAR技術の大部分について、うんざりした気持ちになっている人も多いかもしれない。だが、アップルの試みは、これらとは一線を画すものだ。

アップルはARを実現するハードウェアを、まったく新しい用途に充てる方向性を模索している。それは、わたしたちがこれまでARなしで生きてきたことを、不思議に思わせるようなものになるはずである。

その用途をアップルはまだ見つけてはいないが、そこにかける同社の執念は明らかだ。独自チップの「A15 Bionic」は、主にニューラルネットワークの機能に焦点が当られている。だが、iPhone 13を購入する可能性のある人で、こうした技術に関心のある人はごく少数だろう。16コアのニューラルエンジンが搭載されていると聞いても、一般の人は「それで?」と思うはずである。

シネマティックモードが導入された意味

それでもアップルは、目的の達成に近づきつつあるかもしれない。例えば、iPhone 13シリーズの動画撮影機能「シネマティックモード」について、iPhone 13 Proではレーザー光を用いたセンサー「LiDAR(ライダー)」を利用して深度マップを作成する前提だと仮定しよう。これはARハードウェアの適用事例であると考えていい。

シネマティックモードは、動画を撮影したあとで背景のぼけを合成したり変更したりできるようにした機能で、専用のヴィデオカメラや一眼カメラのような表現を可能にする。この機能には細かな深度マップをその場で作成する必要があるが、LiDARならそれが可能だ。

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動画撮影時に背景をぼかす機能は、すでに2018年の時点でファーウェイの「HUAWEI Mate 20 Pro」などのAndroidスマートフォンに実装されていた。しかし、これらはあまり本格的なものではなく、ときに不安定でもあった。それをアップルは本格的でそれらしく見えるシネマティックモードに仕上げたのである。

PHOTOGRAPH BY APPLE

アップルはシネマティックモードを訴求すべく、アカデミー賞を受賞した映画監督のキャスリン・ビグローと、エミー賞を受賞した撮影監督のグレイグ・フレイザーを雇うことまでしている。アップルはこれが見かけ倒しの技術ではなく、実用的で重要な技術であることを強調しているわけだ。

こうしたAR技術へのアップルのこだわりは、いまに始まったものではない。2018年の「ミー文字」を覚えているだろうか。あれもARである。2017年の「ARKit」のデモを見ただろうか。アップルがモバイルゲームに少しでも興味を示したように見えた数少ない機会のひとつだったが、あれも間違いなくARである。

ここにはある方向性が見てとれる。アップルは、流行に乗っただけのARの表層的な部分を、はがしにかかっているのだ。理論上は素晴らしくても現実には大して面白くないゲームやミー文字のようなものはさておき、AR技術の中心には何か素晴らしいものがあると信じているか、あるいは期待しているからである。

アップルがグーグルを見習うべきこと

だが、アップルはノッチとLiDAR(またはそれらに代わるもの)がなければ、そこに到達することはできない。これらは将来のiPhoneの成長を確かなものにするべく、アップルが進歩していくためのツールなのだ。

ライヴァルたちがこの分野にほとんど手を出していないことも助けになっている。2019年には、多くのAndroidスマートフォンに搭載された深度センサー付きのToF(Time of Flight)カメラが注目されたが、その後ほとんど何の役にも立っていない。そしてほとんど忘れ去られてしまったことを覚えているだろうか。

グーグルのARに対する関心は気まぐれなので、いまのところARはアップルの独壇場となっている。だが、アップルがもう少しグーグルを見習ってくれればいいのに、と思ってしまうところもある。

見習うべきはグーグルのプライヴァシーに対するアプローチではない。親しみやすさの裏で、おびただしい数の広告やアルゴリズムで世界を飲み込もうとしている点でもない。見習うべきは、グーグルの最も重要なソフトウェア機能の数々が、スマートフォンに搭載されるよりずっと前から同社の「Google AI Blog」で詳細にわたって公開されていることだ。これに対してアップルの開発は水面下で進められている。

ほかの分野でもアップルは何か計画しているのではないかと、誰もが推測している。例えば、健康関連のデータを連係させる「HealthKit」を活用する一環として、ARカメラ技術と機械学習を利用して、お腹の気になる発疹や首のしこりを分析しようとしているのではないだろうか。

医療情報サイト「WebMD」に似ているが、ユーザーは単にオンライン掲示板「Reddit」や「Mumsnet」に不安を書き込むだけでなく、実際に医師とのアポイントメントもとれようになる。さらにノッチとLiDARを使うことで、医療従事者がいてもいなくても、リモートで理学療法を受けたりもできるようになるかもしれない。

もしかしたら、「アップルカー」の実現はすぐそこまで来ているのもしれない。わたしたちが目にしているAR対応の機器は、アップルのエンジニアが自律走行車用のインテリジェントカメラに注いできた努力の副産物なのかもしれないのだ。

アップルの長期的な視点

だが、企業やそのトップが常に最善の道のりを理解していると考えるべきではない。わたしたちはイーロン・マスクのファンではないのだ。

ここで、目からうろこが落ちるような話をしよう。スティーブ・ジョブズは、iPhoneにサードパーティ製のアプリを入れることさえ躊躇し、幹部に説得されてようやく受け入れたことをご存知だろうか。もともとは携帯電話をつくることさえ乗り気ではなかった、ということもだ。

巨大テック企業の成功は、100万個の失敗した試作品や行き詰まった無数のアイデア、タイミング、運、そして多額の資金によってもたらされる。こうしたなかアップルは、ARに長期的な視点から取り組んでいる。この2021年にわたしたちがARについて話すトーンでさえ、じきに古めかしいと見られる時代が来ることを期待しているのだ。

その点では、インターネットの黎明期にウェブサイトのアドレスを伝える際に、URLの先頭の「https://www」をわざわざ声に出して読んでいたときと同じような感覚かもしれない。そして実際に、そうなる日がやってくるかもしれないのだ。

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